カラクリピエロ

生物委員会(10)



ここはもう説明する必要ないよな。
竹谷の笑い交じりの言葉にワンワンキャンキャン賑やかな声が被さる。
中でも囲いに向かって突進する勢いで近づいてきたのは私の可愛い愛犬で、思わず顔が緩んだ。

「あ、おい名前!」

竹谷が止めるのも聞かずにひょいと柵を飛び越えると、影丸は前足を上げて体当たりしてくる。
それは予想できていたから両手を広げて受け止めたけど、直後に別の子から追撃されるなんて考えてもいなかった。

「わああああ!!?」

小さいのから大きいのまで一気に来られ、勢い負けした私はその場に転び、彼らにもみくちゃにされた。

「はははっ、お前モテモテじゃねぇか」

のんきに囲いに肘をついている竹谷は笑いながらそんなことを言う。
歓迎されるのは嬉しいけどさすがに苦しいし、なにより重い。

「竹谷!見てないで、助け、わっ」

影丸が構えと言いたげに頬を舐めてくる。
要求どおり頭を撫でたら竹谷から「飼い主バカ」と呆れたような呟きが飛んできた。きっと私の表情は崩れまくってたんだろう。
愛犬とのやり取りに和む間もなく足がズシリと重くなり、ぐいぐい背中を押され、地面についたままの手がくすぐったい。

「た、竹谷!」

必死さが伝わったのか竹谷は苦笑しながら柵を越え、犬笛を吹いてくれた。
今のはたぶん集合の合図だろう。

「…………名前
「あ、うん。ありがとう」

ものすごく微妙な顔をして、彼は自分の周りに集まった犬と依然として私の傍を離れない数匹を交互に見下ろした。

私の愛犬は耳をピクリと動かしただけで、他の子は笛の音をただの雑音として捉えたような雰囲気だった。

とりあえず身動きは取れるようになったから、立ち上がって土を払う。
それに合わせるように、お座りの姿勢をやめた影丸がパタリとしっぽを振った。

「竹谷が悪いんじゃないと思うよ」
「じゃあお前やってみろよ」

不満そうな竹谷に笑いながら言えば、間髪入れずに犬笛を突き出される。
私はちらりと影丸を見下ろしてから竹谷の笛を押し返し、自分のを取り出した。

「――影丸、“待て”」

ぺたんとお座りをする愛犬から少し距離を取る。
それから“集合”の合図。反応したのはやっぱりさっきと同じ子だけで、納得した?と竹谷を見た。
彼はいまだお座り姿勢の影丸に首をかしげ、曖昧に頷く。

「影丸は…なんでだよ」
「すごいでしょ!」
「は!?」
「……あれ、言ってなかったっけ。やっぱり一緒ってどうかなーと思ったから、これ」

見せたのは色の違う犬笛。
私にはよくわからないけど、職人によれば微妙に周波数とやらが違うらしい。
吹けば影丸が駆け寄ってきて、キラキラした目で私を見上げた。

「うん、えらいえらい!お利口!!」

思いっきり褒めちぎりながら撫で、首に抱きつく。
眉間に皺を寄せている竹谷に自慢するみたいに向き直ったら、「だからどういうことだ」と不機嫌そうに言われた。

「影丸用の特別仕様ってこと!やっと成功するようになってきたんだよ」

今まで慣れ親しんだ音に反応することの方が多いから、今のところ成功率は十回に一回くらいだけど。
その一回を今見られたのがとても嬉しくて、もう一度抱き締める。散歩中に個別特訓した甲斐があった。

「……それって、教え直してんのか?」
「そうだよ。あ、でも別に竹谷のせいとかじゃないからね。私が影丸を特別にしたいの」

最終的にどっちの音でも動けたら最高。
ぐっと拳を握り締めて野望(って言うんだろうか)を語ったら何故か笑われてしまった。

飼育小屋の生き物は全部見て(ただし毒虫は除く)ここが最後だったから、そのまま竹谷と忍犬の世話をする。
さすがに竹谷は手際がよくて、二人でやれば結構あっさり片付いた。

他の場所で生き物の世話をしていた下級生たちも、それぞれの分担が終わったのか集まってくる。
軽い情報交換から委員会の終わりを感じ取ってそわそわする私に、竹谷は釘を刺すように「名前はまだ残れ」と無情な一言を発した。

「なんで!」
「木下先生んとこ行くからだよ」
「…………それ私も行かないと駄目なの?」
「悪いな。こればっかりは諦めてくれ」

全然悪いと思ってない顔でケロリと言い放つ竹谷が解散を告げる。

「一応確認がてら見回りしてくるから待ってろ」

そう言い置いて、竹谷は私に背を向けた。
こんなにあっさり放置するなんて、私が逃げだすかもって思わないんだろうか。

「――苗字先輩」

久々知くんの様子を見て戻ってくるからちょっとくらい抜けてもいいかな、と振り返った途端、孫兵が目の前で私を呼んだ。

「ままま孫兵!気配消して近づくのやめてよ!!」
「そんなことしてません。さ、ジュンコ」
「ちょっと待った!」

きょとんとした顔で目を瞬かせる孫兵は“どうしました”とでも言いたげだ。
彼らから距離を置けばいいのに、私の足は持ち主の思考とは裏腹に固まったまま動いてくれない。

「遊んでくれるんですよね?」
「それは孫兵が勝手に言ってただけで、第一遊び方なんてわからな…ジュンコ近い!!」

孫兵の首に巻きついたまま、体を伸ばして近づいてきたジュンコの舌が頬に触れる。
背中を伝う冷や汗を感じながら硬直する私に構いもせず、孫兵はポンと手を打った。

「えさやりでもしますか?」
「すっごくいい笑顔してるけど、ジュンコの主食って」
「ジュンコはカエルが好きです。あとネズミなんかも――」
「ごめんなさい無理です無理!!竹谷早く戻ってきてーーー!!」

私の悲痛な叫びは届いてくれず、私に絡みつつも孫兵とイチャイチャするジュンコを至近距離で眺めるはめになっていた。

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