カラクリピエロ

生物委員会(6)



落ち着かなくて視線を泳がせる私の腕を久々知くんは放さない。
久々知くんの手は大きいなあ、と関係ないことをぐるぐる考えていたら、下がり眉の不破くんが「兵助」って吐息混じりに呟くのを聞いた。
それを合図に久々知くんを見れば、なんだか苦い表情をしている。

「あ、あのね、久々知くん、作法委員会は確かに罠仕掛けて楽しんでるイメージ強いけど、藤内はそうでもないんだよ。予習復習でちょっとやりすぎて周り巻き込んじゃうときもあるんだけど、いつも私と一緒に苦労してくれるし。だから藤内の申し出は嬉しかったんだけど、それは――んむ、」

藤内がいい子なのは間違いなくて、無害なんだという訴えは途中で久々知くんの手で塞がれた。

驚きで瞬きを繰り返す私が見たのは、同じように驚いている久々知くんの顔。
ぱっと私から手を引いて、ついでに掴まれたままだった腕も解放される。

「…俺、」

何故か後ずさって行く久々知くんに声をかけようとしたら、私よりも先に竹谷がバシッと久々知くんの背中を叩いた。

「いっ……!?」
「その行動したくなる気持ちわかるぜ兵助。でもな、名前にははっきり言わないと伝わんねーぞ!」
「八左ヱ門の応援はなんでそう力技なの…」

呆れる不破くんが、私にそっと「妬き餅だよ」と耳打ちして立ち上がる。
勢いよく見上げたら、ふふ、と優しく笑って竹谷と勘右衛門を促して部屋から出て行ってしまった。

「やきもち…?」

久々知くんと二人。
残された部屋で不破くんから聞いた台詞をそのまま口にしたら、背中をさすっていた久々知くんがびくりと震えた。
気まずそうに視線をそらしていた久々知くんが、大きな溜息をついて私の隣に座り直す。

「…名前は、下級生を格別可愛がってるよな」

私は一・二年生と藤内贔屓だから、久々知くんの台詞は間違ってない。
ぴたりとくっついた肩と、近くから聞こえる声にどぎまぎしながら頷けば、久々知くんが小さく笑った。

「わかってたのに……いや、わかってたから、こんな風に妬くなんて思ってなかったんだ。……俺、自分で思ってるよりずっと……」

その先が気になって、期待と緊張でドキドキしながら息を呑む。
軽く体重をかけてくる久々知くんを意識したら、またのぼせてしまうんじゃないかと浅く呼吸を繰り返した。

名前

久々知くんの手が私の腕を絡めとり、私の手を外側へ引っ張り出す。
肩に掛かっていた重さがなくなったかと思ったら、私の手を押さえるように、久々知くんの手のひらが被さっていた。

(やっぱり、大きい)

反射的に握りこんだせいもありそうだけど、久々知くんの手は私の手を全部隠してしまっている。
それをどこか感動しながらじっと見ていたら、久々知くんが身を乗り出して私の頬に口付けを落とした。

「!?」

口付けられた頬に触れようと思ったのに、手が動かない。
近いほうの手は久々知くんが覆っていて動かせないんだと気づいた瞬間、もう一度。今度はちゅ、と軽い音が鳴って一気に顔に熱が集中した。

「へ、あ…、え、あの、」

意味のない言葉の断片が口から勝手にこぼれる。
久々知くんは小さく笑って、逆側の頬に口付けると(私はまた固まった)、精神安定、と言いながらにっこり笑った。

「ぜ、全然、わかんない…」
名前の口から他の男の話は聞きたくなかったんだ」
「…………藤内、でも?」
「浦風でも、一年生でも…俺以外は全部」

無理だってわかってるけど、と続ける久々知くんの声が甘い。
今にも顔から湯気が出そうで、恥ずかしくて聞きながら俯いたのに、久々知くんはそれを許してくれなかった。
私の頬を撫で、両手で私の顔を挟む。
ぎゅっと目を瞑ったら、目尻に口付けられたあとゆっくり抱き締められた。

「妬き餅って疲れるものなんだな」

苦笑気味に呟かれた言葉を耳にしながら、きつく目を瞑って必死で久々知くんの装束を握った。
――油断したらまたのぼせると思ったから。

Powered by てがろぐ Ver 4.2.4.