カラクリピエロ

生物委員会(3)



久々知くんと一緒に五年い組に戻ったら、教室には誰も残っていなかった。
勘右衛門の席に残されていた“先に部屋戻る”という簡単な書き置きを読むと、久々知くんは「あー…」と納得したように頷いた。

聞けば忍たま五年生の今後の予定は校外実習、忍務やお使いなど色々理由はあるようだけど、共通しているのは座学がないことらしい。

「久々知くんは?」
「俺は空きだ。先生が何人か出張されてるから…それも関係してるんだろうな」
「じゃあゆっくりできていいね」

笑って言えば久々知くんは頷きながら私の手を取って優しく握った。
照れくさいけど嬉しくて、ドキドキしながらやんわり握り返す。久々知くんが笑顔で私を見るから、直視できずにそっと視線を外した。

「おかえりー」
「兵助、ろ組まで騒ぎ伝わってたよ」
「文武両道、真面目な久々知兵助が、まさかの足元不注意で転んだあげくにくのたまと逢い引きに消えた――らしいが、真相は?」
「あれ、転んだのはくのたまの罠のせいじゃなかった?」
「連れ出したのは折檻のため、なんてのもあったよな」

部屋には勘右衛門だけじゃなく『ろ組』の三人も一緒にいた。
呼び集める手間がなくて丁度よかった、と思った直後にわいわいと囃したてられて、口を挟む暇がない。

(忍たまの噂にも尾ひれってつくんだ…)

てっきりくのたま(というか女の子)特有のものみたいに思ってたから、少し意外だ。

どこかずれたことを考えながら、そっと久々知くんの様子を伺う。
久々知くんは大きな溜息を吐き出して眉間に皺を寄せると、三郎の、と短く言った。

三郎のってことは足元不注意で――

「――久々知くん転んだの?怪我しなかった?」
「…気にするのそこなんだ」
「仕方ないよ。名前だしさ」

苦笑気味の不破くんに、勘右衛門が呆れ交じりで答える。
これは褒められてるのか馬鹿にされてるのか、どっちなんだろう。

ともかく久々知くんの返事を聞こうと見上げれば、彼は「大丈夫」と言いながら柔らかく微笑んでくれた。
なんだか嬉しくなって笑い返すと、ごほん、と大きな咳払い。

「それで、名前は結局何しに来たんだよ。あ、そうだ…お前さ、先に菜園の水遣り体験する気ないか?」
「……さりげなく何言ってんの。やりません」

竹谷に言いたい文句を我慢して、私はようやく自分の目的――立花先輩からの伝言――を達成した。
しんと静まる五人を思わず見回す。

「…なるほど…」
「さすが立花先輩だ。抜かりないな」

頷く久々知くんと、感心してるのか皮肉なのか(たぶん後者)意見を溢す三郎。

「そういえば、久々知くんは土井先生に呼ばれてたんだっけ」
「うん。今日は委員会が休みだって連絡を…立花先輩の方が先に情報持ってたみたいだけどな」
「じゃあ、ほんとなんだ…」

万が一、火薬委員会も活動があったなら、それを理由になんとしても日程をずらしてもらおうと思ったのに。どうやらそれは無理らしい。
委員会の時間ということは、竹谷はもちろん三人の手も借りられないということになる。

不破くんが言ってたように、久々知くんなら一人でも大丈夫だって思うけど。
それでも、私は――

「……八左ヱ門、今日は名前に何をさせるつもりだ?水遣りか?」
「あー…それは単に俺が当番なだけ。名前には、そうだな。とりあえず世話の仕方一通りってとこだ」

ふうん、と相槌を打った三郎は顎に手をやり、私を見ながら軽く溜息をついた。

名前、私と指きりをしないか」
「……指きり?嘘ついたら~ってあれ?」
「今回は約束を破ったら針千本だ。のるか?」

ずいっと突き出された三郎の小指につい寄り目がちになって、少し身を引く。
三郎は薄く笑みを浮かべると、一瞬だけ久々知くんを見た。

「――のる」

ピンと閃いた約束に確信はなかったけれど、答えながら指を立てる。
満足そうに笑った三郎は「成立だ」と言いながら、私と指を絡めて軽く上下に振った。

「絶対に無茶はしないと誓え」

代わりに、三郎は学級委員長委員会の活動(私の監視)よりも“お助け鉢屋”を優先してくれる――これは、そういう約束。

元から無茶する気の無い私にとっては、あまり重みのない誓い。
だけど、三郎には必要なんだろうと思ったから素直に頷いた。

「それと、八左ヱ門の言うことをちゃんと聞くこと」
「…はい」

まるで低学年の子にでも言い聞かせるような口調に戸惑って返事をしたら、横で不破くんと勘右衛門が笑いを堪えているのが目に入る。
思わず眉間に皺を寄せたところで横から手首を捕まれて、口から心臓が飛びでるかと思った。

「…もういいだろ」
「余裕がないな兵助」
「………言われなくてもわかってる」
「心配するだけ無駄だろう。色っぽい感情なんてこれっぽっちも芽生えてないんだから」
「関係ないんだよ」

久々知くんは私の手をやんわり包みながら、三郎から引き離す。
ドキドキしているのは驚いたからなのか、照れくさいからなのか、よくわからなくなってしまった。

溜息混じりに肩を竦めた三郎が竹谷に何か言っているのが見える。
でも久々知くんに呼ばれたから。吸い寄せられるように、自然と目は久々知くんの方を向いた。

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