カラクリピエロ

生物委員会(閑話:久々知)



土井先生から受けた連絡(委員会が休みだということ)を委員に連絡し終わった後、い組に戻った俺が見たのは、緊張した面持ちで自分の席に座っている名前だった。

彼女が『い組』に居るのはそんなに珍しいことじゃないけれど、心なしかクラスがひっそりしているように感じた。まるで彼女の動向を見守るように。

俺が勘右衛門に呼びかけようとするのと、あいつが名前に呆れ交じりで話しかけるのが同時で――俺は名前の表情が変化していく瞬間を目の当たりにした。
わずかに緊張していた表情を緩ませて、嬉しそうに笑う名前が、

「うん、すき」

――なんて言いながら頬を桃色に染める。
反則だ。可愛すぎるだろう。

思うと同時に脛をぶつけて転んだことでクラスの注目を集めてしまったけど、みんなが名前をじっくり見なくて済んだんだから…この際そんな失敗には目を瞑る。
幸い名前には見られてなかったみたいだし。

色々かけられた声には適度に返し、名前を連れ出しながら――彼女を振り回してるなと思う。

「でも……俺だって、振り回されてる……」

思わずもれてしまった呟きは、運良く聞かれなかったらしい。
名前が戸惑っているのもわかったけれど、それに答える余裕が作れない。
絶対赤いだろう顔を見られたくなかったのと、少しでも早く教室から離れたかったから。

こんな風に焦る意味がないことくらいわかっている。
なのに、思考とは裏腹に。俺はひと気のない廊下で…名前が逃げられないように、彼女を自分の手で閉じこめていた。

驚いた顔の名前が何か言いたそうに口を開いて、結局なにも言わずに閉じる。
せわしなく動く視線が逃げるように足元に落とされるのを見降ろしながら、このまま触れたい衝動に襲われた。

俺の呼びかけに応じる名前が大きく目を見開く。

(…零れ落ちそうだ)

あり得ないことを考えつつ、頬にそっと触れる。
サッと勢いよく色づいて熱を持つ頬と、開閉を繰り返す口と、瞬きの回数が多くなる瞳。
それを間近で見て、自分の箍が外れそうになっていたことを自覚した。このまま、触れてもいいだろうか――

「あ、の…話!が、ある、ん、です」

静止をかけるような彼女の声は羞恥を大量に含んでいて、語尾が震えている。
名前に気づかれないように、そっと息を吐いた。先走りすぎだ。
少しずつと思っているのに、全然守れていないことに自嘲しながら彼女の頭に口づける。

(これくらいなら許されるだろ)

自制しようとしてるのに、名前の反応や返答はあっさり俺の箍を吹っ飛ばしてしまいそうだ。

赤い顔で見上げてくる表情はいつだって俺を煽るし、からかったときに見せるようになった不満そうな顔も、もっと見たいと思う。
なにより、照れ顔や笑顔は特に危険だ。
くのたまの印象とはかけ離れた柔らかさを持っているし、最近特に可愛らしさが上がっていると思う。

『あー…それは、うん。一理ある。可愛いよ』
『見てるとなんか嬉しくなるしね』
『感情がダダ漏れだからだ』
『幸せ~ってか?』

頭の隅では欲目だと一蹴されると思っていたら、思いのほか同意が得られたそれをむやみに振りまかないでほしい。
無理だとわかっているが、せめて目の届く範囲でと思ってしまう。

(…本当に、呆れるくらい余裕がないな…)

気づいたのはここ最近のくせに、独占欲は人一倍だ。

「なにか言った?」
「……名前が好きだって言ったんだ」
「え!?あ、うん、わ、私も!……大好き」

つないだ手をきゅっと握りしめて、頬を染めながら微笑む名前は、やっぱり俺の箍を(それこそ宝禄火矢を使う勢いで)吹っ飛ばす気満々だと思わずにいられない。

(…耐えろ俺…)
「あ、久々知くん照れてる」
「……名前だって。こうやって溜まった分は後で清算してもらうからな…」
「なにを!?」

ぎょっと目を見開く名前に笑うと、彼女は色々な可能性について考えだしたらしかった。
きっと見当はずれな予想を立ててるんだろうなと思いつつ、特に訂正したりはしない。

このまま、せめて教室につくまでは。ずっと俺のことを考えていればいい。

俺だって名前で思考が占められてるんだから、と自分勝手なことを考えながら、わずかに緩んだ手を握り直した。




-閑話・了-

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