カラクリピエロ

生物委員会(2)



派手な音の発生者は久々知くんだったらしい。
周りの騒ぎを全部無視して、一直線に自分の席に向かってくるのを見て、慌てて立ち上がる。

座っているのを見られたのが恥ずかしいというか、居た堪れないというか、勝手に机の上も触ってしまったし、何故か悪いことをしたときのような気分になってきた。

「あ、あの、久々知くん」
「――こっち」
「え!?あ、ちょ、あれ!?」

席に座るんじゃないの?
ぐいっと手を引かれて教室から連れ出されて混乱する。
振り返れば、勘右衛門がひらひら手を振って見送っていた。

「久々知くん?ご、ごめんね、勝手に」
「…………、」

ちらっとこっちを向いた久々知くんが何か呟いたけど、上手く聞き取れなかった。
聞き返そうと思うのに、上手く言葉が出てこない。
怒ってるのかを聞くのも違う気がする。
だって、私の見間違いじゃなければ――

(……久々知くん、顔、真っ赤だった)

見ちゃいけないものを見たようで、ドキドキする。

無言のまま階段を昇って降りてを繰り返し、いつの間にかひと気のない廊下に出ていた。
ここはどこだろう、と辺りを見渡そうとしたところで肩が重くなる。
原因が久々知くんの頭だとわかって、心臓が大きく跳ねた。
気づけば両手を握られている上に背中は壁についている。

(――な、何か言わないと!何か、なんでもいいから!)

自分の心臓の音がうるさくて、全然思い浮かばない。
開閉を繰り返すばかりの口を閉じる。軽く唇を噛むと、ゆっくり頭を上げた久々知くんと目が合った。

「……本当、調子狂う……」

ふっと困ったように笑いながら、久々知くんが呟く。
私のせい?って聞こうかと思ったのに、じっと見つめられて、顔の横に手をつかれたことに驚いて言葉が引っ込んでしまった。

名前、」

呼ばれてハッとすれば、額がぶつかりそうなくらい近い。
近すぎる距離に緊張して、上手く呼吸ができない。

雰囲気も相まって口付けされるのかと思ったら、頭は真っ白。酸欠状態で苦しくて、わけもわからず声を出していた。

「あ、の…話!が、ある、ん、です」

段々萎んでいく自分の声に泣きそうになる。
雰囲気ぶち壊しもいいところだ。
俯いて制服を握ると、額よりも少し上。ちょうど頭巾と髪の境目辺りにそっと口付けられた。

反射的に顔を上げようとしたのに、抱き締められて身動きがとれない。

「久々知、く」
「ごめん…焦りすぎた」
「い、今のは、私が、」

言うと、久々知くんが笑ってるのが振動で伝わってくる。
どうして笑われてるのかわからずに身じろぐと、腕を少し緩めてくれた。

「その気はあるんだってわかったから、いいよ」
「……、……っ!」

意味を理解して顔が熱くなる。
でも、間違ってないから何も言い返せずに見上げるしかない。
目が合うと、久々知くんは笑うのをやめて視線を泳がせた後に口元を覆った。

「あー…っと、話…あるんだよな?」
「う、うん。あの、みんなも一緒がいいんだけど」
「じゃあ教室で……そうだ、名前

自然と手を握られたことにドキッとしていたら、急に低い声で名前を呼ばれて驚く。
何度か瞬きをして見返せば、久々知くんは僅かに眉根を寄せた。

「これは俺のわがままなんだけど」
「うん」
「…俺がいないときは、あまり教室に来ないでくれないか」
「……うん、わかった」

やっぱり迷惑だったんだなぁ、と反省しながら頷くと久々知くんは気まずそうに「違う」と言って私の手を握りなおした。

「迷惑とかじゃなくて……その……名前だって言ってただろ」
「私?」
「だから…見せたくないんだ。俺がいるときならともかく…大体名前は無防備すぎる。あっさりあんな表情見せて、百歩譲ってあいつらならまだしも、話の内容だって…」

途中から独り言に移行したのか、上手く聞き取れなくなってしまったけれど、最初の一言だけでも充分すぎるほどに私の心拍数を上げる。
引かれる力に任せて足を進めながら、手を握り返した。

気づいてくれたのか、速度を緩めた久々知くんを見て、うれしい、と口にした。

自分の顔が赤くなるのがわかったけど、久々知くんが笑顔を返してくれたから…言ってよかったんだと思う。

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