カラクリピエロ

火薬委員会(17)



「――……ては……ど、兵助……」
「それは……で、今……無理」
「あー…、まぁ……普通……ては」
「……うん」
「で、感想は?」
「あ?」
「ここは察するところ」
「………………誰が言うか。名前
「は、はい!」

振り向きざまに呼ばれ、足を止めると同時に姿勢を正した。いつバレたんだろう。
じゃあ始めようか、と立ち上がって移動しようとする久々知くんを慌てて呼び止める。

「せめて“男の子の事情”についてだけでも!」
「ばっ…、言えるわけないだろ!」

なんとなく赤いかなと思ってた久々知くんの顔が、一気に真っ赤になった。
そのまま口元に手をやって俯くと、気まずそうに「ごめん」と溢す久々知くん。

「その、怒鳴るつもりはなかったんだけど、」
「……なんか、久々知くん可愛いね」
「…………」
「あ!ごめん、つい!」

昨日も同じことを口にして複雑そうな顔をされたんだった。
……でも、そう思っちゃったんだから仕方ないと思う。
せめて今度から口に出さないように気をつけよう。

「っていうか気にしなくていいのに。慣れてるっていうのも変だけど…久々知くんのは照れてるからだってすぐわかったし、全然――」
「……頼むから、それ以上言わないでくれ」

私の言葉を遮るように手のひらで制止をかける久々知くんの声に被さって、勘右衛門の笑い声が響いた。

「あははははははっ、さ、最高…!へ…へ、すけ、押されっぱなしじゃん!」
「うるさい」
「やば、これ、おれ独り占めはもったいなさすぎる」

何が勘右衛門のツボに嵌ったのか。笑い転げる彼を静かに見ていた久々知くんはいつの間にか苦無を手にしていた。
なんだかこの雰囲気、前にも体験したことがあるような。
――と思い出を振り返っている場合じゃない。

「ちょ、ちょっと待って!」
「止めるな名前
「ででで、でも、ここで投げたら瓦が壊れちゃうよ!」

勘右衛門を睨みつけていた久々知くんは驚いたように私を見て、何度も瞬きを繰り返した。

「うわ……名前…今のでおれすごい傷ついた…」
「え。ごめん…?」
「いいけどさ……兵助の怒りも治まったみたいだし」
「……さすがにな」

笑いから一転して消沈していたらしい勘右衛門の起伏に反応しきれず、適当に返事をしてしまった。
どうせ勘右衛門は避けるだろうと思いながら止めたのがまずかっただろうか。
戸惑ったものの、苦無を納めた久々知くんに安心する。

「さぁて、」

勘右衛門は掛け声と共に反動をつけて立ち上がり、身軽に屋根の上を移動して縁に立った。

「邪魔したね二人とも。あ、兵助、おれちょっと行くところあるから名前の見張りよろしくね」

にっこり笑顔で言い残し、勘右衛門はこっちを向いたまま――後ろに倒れるみたいに落下した。
一瞬肝が冷えたけど勘右衛門なら大丈夫だろう。下を見れば、案の定軽快な足取りで(しかも鼻歌混じり)どこかへ移動するのが見える。

「しまっ――、待て、勘右衛門!」
「…残念、気づくのが遅いよ兵助。二人とも活動頑張ってね!」

また後で、と手を振る勘右衛門を見送る久々知くんはだいぶ身を乗り出していてハラハラする。
久々知くんに限ってうっかり落ちるなんてないだろうけど。

振り返った久々知くんと目が合う。
ふと、私がいるから勘右衛門を追いかけられないのかなと思った。

「私、ここ動かないからいってきていいよ?」
「……ありがとう。でもいいんだ」
「絶対無茶しないって約束する!」
「うん。大丈夫、わかってるよ」

久々知くんは一度目を閉じてから、優しく、少しだけ困ったように笑った。

「俺が名前に弱いって広まるのも、そんなに悪くないかなって思ってさ」
「…っ、」
「あー…でも夕飯の時がうるさそうだ」

小さく息を吐きながらの呟きよりも、さらっと落とされた言葉の方につっこみたい。
もう一度聞きたいけど実際に言われたら息ができなくなるかもしれない。既に軽く苦しいくらいだし。

「とりあえず点検を…名前?どうした?」
「…なんでも、ない…」
「…………、そうか?」
「ん」

そうやって、ふっと笑う久々知くんは大好きだけど…なぜだろう。今のは微妙に含みを感じる。

「…たまには仕返しだ…」

風に乗って聞こえた台詞がものすごく気になったけど、なんとなく聞き返すことはできなかった。

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