カラクリピエロ

火薬委員会(閑話:尾浜)



「――あいつは本当に馬鹿だよな」

兵助と名前を医務室に置いて食堂へ向かう道すがら、三郎が頭の後ろで手を組みながら独り言のように言った。

「あいつって誰だよ」

すぐ後ろを歩いていた八左ヱ門が反応する。
つられるように顔を上げると、早速A定食かB定食か悩み始めていた雷蔵も同じように顔を上げていた。

名前に決まってるだろ」
「それ改めて言うことか?」

さりげなく失礼なことを言っている八は置いといて、三郎の声色は言葉と違ってどことなく優しい。それを指摘したところで絶対認めないだろうけど。

「考えてもみろ。この私を行使できる権利をあっさり兵助のために使うんだぞ」
「…三郎、褒めたいなら素直に褒めてあげなよ」
「だ、誰が…!別に褒めてない!」

雷蔵がさらりとつっこむと勢いよく振り返って眉間に皺を寄せたけど、焦ってる時点で三郎の負けだと思う。

名前らしいじゃねーか」
「…聞きたかったんだけどさ、八左ヱ門は知ってたの?」
「何を?」
名前が兵助のこと好きってこと。兵助曰く八と名前は前々から仲良しだったんでしょ?」

満面の笑みで彼女を肯定する八左ヱ門に、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
八左ヱ門が女の子の恋愛相談に乗る図が想像できなかったのもある。
すると、八は「んー」と唸りながら鼻の頭を掻いて視線を泳がせた。

「知らなかった。から、兵助が告白されたっつって相手の名前聞いたときはすげーびっくりしたな」
「気づかなかっただけじゃないのか」
「かもなー」

三郎の言葉に対してやけに明るく答える八に、雷蔵が「少しも?」と質問を重ねる。

「……兵助の名前を聞かれたことはあった気がするけど、それだけだ」
「それなら気づけないかもね」

うんうんと頷くおれに同意するように雷蔵が苦笑する。

「まぁ相手は八だしな」
「三郎、喧嘩売ってんのか!」

肩を竦めながら平然と「お前に言ったらバラされそうだ」って言っちゃう辺り三郎は正直すぎるというかなんというか…おれは別にそんなこと思ってないよ。ちょっとしか。

「俺だってその気になれば協力工作ぐらいできるっつーの!」
「僕らにも気づかれず?」
「…………任せろって」
「不安しかないよ」

雷蔵の言葉はときどき刃物のようだと思う。本人は思ったことを言っただけなんだろうけど。
うっかり笑いそうになったのを我慢したおれ偉い。
我慢しないで笑った三郎を八がどつくのを見て余計にそう思った。

食堂に着いて、二人を待つ間(そういえばいつから皆揃ってから食べるようになったんだっけ)、立花先輩を出し抜くにはどうするって話をしていたら兵助がおぼつかない足取りで戸をくぐるのが見えた。

「兵助、こっち」

呼びかけに一つ頷いて寄ってきた兵助は空いている席についたけど、どことなく上の空だ。

「どうしたの、木下先生なんて?」
「うん?ああ…なんか、褒められた」
「それにしちゃあ、嬉しそうじゃねーな」
「嬉しいよ」

……それ平坦な声で言われてもなぁ。
手持ち無沙汰に白湯の入った湯のみをいじる兵助に、おれたちは顔を見合わせる。
何かあったのは確実で、でもそれは木下先生じゃないらしい。
となれば、原因は一つしかないわけで。

名前と何かあったのか?」

三郎が口にした途端、ゴト、と湯飲みが倒れてテーブルが水浸しに…

「何してんの兵助!」
「わ、悪い!」
「おばちゃん布巾貸してくれ!」
「うわぁああ私の装束!兵助ーーーー!」
「あーあ……大丈夫、今日は天気いいからすぐ乾くよ」
「なら雷蔵が変わってくれ!」

また無茶言う、と零す雷蔵を横目に、三郎は立ち上がりながら装束をバタバタ扇いで少しでも早く乾かそうとしていた。
真正面に座ってた三郎は運がなかったね。

お茶じゃなくてよかったよねとか、冷めてて助かったねと言おうかと思ったけど、矛先がおれに向きそうだったからやめた。

食堂のおばちゃんが「あらあら」と苦笑しながら持ってきてくれた布巾で八左ヱ門がテーブルを拭く。
騒動の原因である兵助はといえば、顔を覆うようにして呻いていた。

「…兵助、何してきたの?」
「…………言わない」
「やらしーことか」
「ああもう…俺は…最低だ…」

八のからかう気満々だった発言に、兵助は益々うつむいてどんよりした空気をかもし出してしまった。
慰めようと思うよりも先に、おれは驚きと感心とで思わず兵助の肩に手を置いていた。

「兵助も男だったんだね」
「…勘右衛門…」

わあ。これは予想以上に弱ってるな。
どうしようかと友人を見回すと、予想外のカウンターを食らっていた八左ヱ門がいち早く復活して「大丈夫だって!」と根拠もなく言い放った。

「ほらあれだ、恋仲になったんなら別に何しようが」
「八左ヱ門、声がでかい」
「いてぇ!」

パンと思い切り八の口を塞ぎ(勢いがつきすぎた気もするけど)、兵助に視線を戻す。
兵助は依然どよんとしたまま、小さく「一方的でもか」と呟いた。

(真面目だなぁ…)

何したのかは知らないけど、考え込みすぎだと思うんだけど。
だってさ、見るからに兵助のこと大好きな名前だよ?
よっぽどのことじゃない限り……あー、なんかもう面倒になってきたなぁ。

「直接聞いてみたら?“いやだった?”ってさ」

おれの提案に皆して“それはいくらなんでも”って顔するのやめてほしい。
これじゃまるでおれの思考が特殊みたいじゃん。

「――おばちゃん、今日のお昼いつもより少なめでお願いします」
「おや名前ちゃん、具合でも悪いのかい?」
「そうじゃないんですけど…」
「駄目だよ、怪我した分ちゃんと食べないと!治るものも治らないよ!」

飛んで火にいるなんとやら…っていうのはちょっと違うか。
おばちゃんに気圧されてる名前に近づこうとして、兵助に止められた。
余計なことはするなって?
ついついお節介焼きたくなるんだけど、ここは我慢かな。

「…俺が行く」

――うん、やっぱりそうこなくちゃね。
名前の方へ行く兵助を笑顔で見送りながら席に着く。
珍しく静かにしていた三郎は、おれに向かって「苦労人体質だな」と呟いた。

「そんなことないと思うけど」
「勘右衛門は優しいから」
「うーん…それもちょっと違うよ雷蔵。好きでやってることだし」
「世話焼きをかぁ?」
「そ。おれは二人が大好きだからね!」

はっきりとそう言えば、みんなは苦笑と呆れ混じりでおれを見る。

「……ま、程々にしとけ」
「そうするよ」

じゃあ飯にするか、という流れになって席を立つ。
今日はA定食の気分だなぁ、と思いながら名前に話しかけている兵助の方へ近づいた。

「久々知くん、私、頑張るから!」
「え…何を…」
「その、さっきみたいに、ならないように」
「……誰かに何か言われた?」
「ううん、そういうわけじゃないよ」
「…………」
「信じてない!」
「だってさ」
「私なりに憧れてる、こ、恋人像というのがあって」
「どんな?」
「……だ、だから……もっと、こう、自然に……ね?」
「それ禁止!」
「え!?何、どれ?」

……うん。
聞くんじゃなかったなって、ちょっと思った。
初々しいといえば聞こえがいいけど、赤くなって互いをちらちら見ながら会話してる二人は周りが見えていないようで、第三者の方が居たたまれない気分になる。

「…勘右衛門、あのアホ二人を呼び戻して来い」
「あいつら、ここが食堂だって忘れてるよな」
「なんでおれ!?」
「頑張って勘右衛門」

お節介焼きたくなるとは思ったけど、これは絶対違う。

――よし、あとで兵助からかおう。

笑顔で厄介ごとを押し付けてくる『ろ組』三人に見送られながら、大きな溜息をついて一歩を踏み出した。





-閑話・了-

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