カラクリピエロ

火薬委員会(閑話:久々知・後編)



「……兵助がどうしてもって言うなら、おれはいいよ」

ポツリと聞こえた声に振り向くと、勘右衛門はいつものようにへらりと笑った。
自然と三郎の装束から手が離れる。
三郎はそれを整えながら、軽く息をついて呆れたように言った。

「勘右衛門、甘やかすな」
「別にそんなんじゃないよ。おれだって名前のこと心配だもん、様子見に行きたいし…っていうか、それ言うだけなら二人と一緒に戻ってきてもよかったんじゃないの?」

他に用があったんじゃないかと首を傾げる勘右衛門に、三郎が目を見開いて小さく舌打った。

「――……私も大概おかしいな。先生と善法寺先輩のところへ行ってくる。兵助、」
「出るよ」

答えを急かそうとしたのか、俺を見る三郎に向かって端的に言う。
本当は抜け出したい。今すぐ自分の目で、無事を確かめたい。
だけど、三郎に言われたとおり、俺が授業を放り出して医務室に行けば名前はきっと自分を責める。うぬぼれが過ぎるのかもしれないけど、そう思った。

「いいの?」
「ああ、ちゃんと出る。二人ともありがとうな」

礼を言うと二人は面食らったように動きを止めて、仕方ないとでも言いたげに笑った。
詳細は雷蔵と八左ヱ門に聞けと言い残し、三郎は先生への連絡に向かった。
善法寺先輩のところへも行くということは、新野先生は外出されるんだろうか。

三郎と入れ替わるように戻ってきた雷蔵と八左ヱ門の話によれば、名前は浦風を庇ったことで怪我をしたとのことだ。

知っていたのに、対処を怠ったせいだ。まだ大丈夫だろうと思い込んでしまった。

「そういや兵助、土井先生が謝ってたぞ」
「……? 俺に?」
「ああ。授業抜けてきたっぽくて…たぶん三郎が連絡したからだろうけどな。ちょっと顔出してまた出ていっちまったんだけどさ、“任せっきりにしててすまなかった、自分を責めるな”って。ありゃ後で学園長先生に怒られると見た」
「土井先生顔色悪かったもんね」

心配そうに呟く雷蔵は、忍たまの教室の方を見た後、俺を見て眉尻を下げた。

土井先生からの伝言は受け止めたけれど、どうしても後悔と自責の念が浮かぶ。

雷蔵は俺の内情に気づいているのか、何も言わずにぽんと肩に手を置いた。
顔をあげると、慰めるように緩く笑う。

名前なら大丈夫。倒れてるのを見つけたときはびっくりしたけど周りに落ちてた壷も割れてなかったし、先生も目立った傷は無いっておっしゃってた。頭も打ってないからすぐ目を覚ますだろうって……えーと、だから……そうだ、授業早く終わらせればいいんじゃない?」
「んなこと言っても、他のチーム全部潰すとかしねぇと無理だろ」

雷蔵の報告にひとまずほっとする。
加えて俺を気遣ったのか、ぽんと手を打つ動作と共に出された提案と、八左ヱ門の言葉を反芻した。

「……全部潰せば、終わる、か」
「でもまぁ、さすがにそれは…………兵助?」
「三郎はまだ戻ってこないか?」
「私ならここだ。……ったく、名前は毒か薬かわからんな」

溜息をつきながらガリガリ頭を掻く三郎はいち早く俺の考えを汲み取ったらしい。
毒なら全力で排除するのに、と悪態をつきながらもニヤリと笑う辺り天邪鬼だと思わずにいられない。

「――力を貸してほしい」

みんなの顔を順に見て言うと、それぞれ思い思いの笑顔が返された。
それに感謝してありがとうと口にしたら、肩や背中や腕を思い切り叩かれてよろけてしまった。皆して容赦がない。

「では、多少遅れての参戦といくか」
「不利な状況からって逆に燃えねぇ?」
「いやー、おれは別に。でもま、今回は特別かな」
「兵助、作戦は?」

+++

みんなの協力の下、今までで一番いい成績を残せた。
さすがに無茶が過ぎたのか途中で出た文句を聞き流したりもしたが、そんなの些細なことだと思う。
全チーム分の得点代わりの木札を先生に提出して、一人先に下山した。

そうして無事だった名前を見て、安心して、再び湧いた後悔を口にしたのに。
名前は俺のおかげだなんて逆のことを言う。どうしてそんなに俺に甘いんだと言いそうになって、俺は責められたかったんだと気づいた。責められて、自分が楽になりたかっただけだ。

「久々知くんどうしたの?」
「――え?」

具合悪い?と言いながら名前が不安そうに覗き込んでくる。
考え込みすぎていたせいか、現実味がない。
もう布団から抜け出していいのか、立花先輩たちとの応酬は決着がついたのか――

「あ、勘右衛門がお昼食べる前に木下先生のところ寄ってって……大丈夫?善法寺先輩何言ったんですか?」
「うわ、僕が悪いっていうのは決定か。名前が医務室の常連なんだって話をしただけなんだけど」
「善法寺先輩まで私の恥をさらけ出すつもりですか!」
「あはは、話題に事欠かなくていいよね」
「笑いごとじゃありません!かっこ悪いとこばっかり知られていく……」

いつの間にか室内には俺と名前と善法寺先輩しかいなくて、先輩は道具の片づけをしているところだった。
俺の横に座したまま、善法寺先輩の背に向かって文句を言う名前の手に触れると、驚いた後照れくさそうに笑った。頬を染めた彼女が俺を見て問うように首を傾げてくれる。それを見て、ようやくこれが現実だと実感できた。

「いちゃつくなら出てってね」
「い!?先輩、なんでそういうこと言――」
「わかりました」
「……ええ!?く、久々知くん!?」

名前の手を引いて立ち上がる。
戸惑いながらも善法寺先輩に礼を言う名前に感心しながら、自分も習って頭を下げた。





-閑話・了-

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