カラクリピエロ

火薬委員会(11)



「よかった……」

戸惑いながら名を呼ぶと、返ってきたのは小さな呟きだった。
久々知くんの胸に押し付けられた自分の頭をゆっくり動かして、何度か呼吸を繰り返す。

(…ええと、善法寺先輩に診てもらってたら久々知くんが来て…なんでか抱き締められて…る……)

状況を整理する途中でハッと気づいて久々知くんを押し返そうと動く。
反動でズキリと背中が痛んだせいで変なうめき声が漏れてしまった。恥ずかしい。

名前?」
「…ご、ごめん、離れてください」
「なんで?」
「だって私、今臭うから!」

私にとってはとても重要なことだったのに、久々知くんはきょとんとした目で私を見て「なんだそんなことか」と呟いた。

「だ、大事だよ!」
「別に気にならないよ」
「嘘!っていうか私が嫌なの!」

離れてくれないばかりか私の頭を撫ではじめる久々知くんの胸を押す。
嬉しいし、その優しい手付きは気持ちいいけど、今だけは嫌だ。
誘惑に負けそうになるのを叱咤して力をこめる。

「っ、」
「ほら、無理に動くなって」
「く、くちくん、の、せい」
「…………わかった」

はぁ、と大きな溜息を吐き出して(なんだか私が悪いみたいだ)距離を置いてくれた久々知くんに手をとられる。
ぴくりと勝手に反応してしまった手を、そのまま握られた。

「俺だって我慢してるんだから、これくらいいいだろ?」
「は、はい…」

ぎこちなく答えながら、心配して来てくれたのかなと思い至ってそっと見あげる。
久々知くんは自分が痛いみたいな顔で、私の手を強く握りなおした後「ごめん」と呟いた。

「…なんで?」
「火薬委員の……いや、俺の管理が悪かったせいだ」
「? 久々知くんがちゃんと管理してたから私は藤内を助けられたし、私だって打撲で済んだんじゃないかな」

倒れてきた棚には火薬壷があまり入ってなかった。
久々知くんの指示で“どうしても”って物以外別のところに移動してあったからだし、上段の方はほとんど空だったと記憶してる。

そう伝えると、今度は難しそうな顔で何か言いたそうにしていたけれど、乱入してきた四人のせいで聞くことは出来なかった。

名前!よかった、目さめたんだね」
「浦風はどうした?ちゃんと宥めてやったか?」
「だから言っただろう、こいつは無駄に頑丈だって」
「兵助、あとで木下先生が来いってさ」

久々知くんはどやどやと騒ぎながら入ってくる彼らを見やり、小さく舌打ちを漏らした。
軽く驚いて久々知くんの方へ顔を向けた瞬間、繋いだままだった手の指先をくすぐられてそっちに意識を持っていかれる。これ、なんだか、すごく恥ずかしい。

「あの、なんかみんなボロボロだね」
名前もでしょ。っていうかこれ兵助のせいだから」

恥ずかしさの誤魔化しも兼ねて、泥だらけで傷だらけ状態のみんなに思わず言うと、すぐに返してきた勘右衛門がジト目で久々知くんを見た。
確かに久々知くんもだいぶ汚れてるけど(今気づいた)目立った傷は無いようだ。

「――課題はクリアしたんだからいいだろ」
「確かに一番だったな!」
「兵助が敵じゃなくてよかったよね」

あはは、と笑い合う竹谷と不破くんは思いのほか楽しそうだけど、勘右衛門と三郎は疲れた様子で溜息をつく。
三郎はちらと私を見た後、お前のせいでもあるなと溢した。

「私?」

どういう意味か図りかねて久々知くんに視線をやると、なんだか気まずそうに逸らされてしまった。
なんの気なしに緩く手を握ったら、今度はビクッと震えて口元を押さえる。

それを見たら段々顔に熱が集まってくるのがわかって落ち着かない。
たまらずそっと外した手を自分の胸元に寄せて、空いていた手で覆った。

「……帰るか」
「だね」
「ちょ、ちょっと!?」

まだ何も聞いてないんですけど。
立ち上がる三郎にならって膝を立てる勘右衛門を引き止めると、同時に医務室の戸が開いた。

「――なんだ、やけに騒がしいな」
「……う、」

このタイミングで戻ってくるなんて。
戸口に立つ立花先輩と、彼の後ろで控えめに中を覗き込む藤内。それと室内にいる五年生…嫌な予感しかしない。
善法寺先輩がいれば全員退室を命じてくれそうなのに。
姿の見えない医務室の主を思い浮かべ、早く戻ってきてください、と心の中で助けを求めてしまった。

バチッと思い切り目が合った立花先輩がゆっくり口元に弧を描く。
心なしか血色もよくなったように見えるけれど、それを見た私は逆に血の気が引いた。

立花先輩、あからさまに活き活きしだすのやめてください。

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