カラクリピエロ

火薬委員会(5)



持ち上げた火薬壷が予想より重くて腕がぷるぷる震えたものの、気づいた久々知くんが早々に引き取ってくれたからそれは一瞬で済んだ。
ほっとしてお礼を言った私に、久々知くんはやけにあっさりと「わかった」と頷いて、焔硝蔵へ向かってくれた。

それを見送って伊助に向き直ると、伊助はおろおろした様子で久々知くんに視線をやっていた。

「すすすすみません、久々知先輩…!」
「この場合って伊助じゃなくて私が久々知くんに謝るべきだと思うんだけど…とりあえず聞かせてくれる?」
「……はい」

伊助の質問を聞き終わった私は、がっくりと項垂れてその場に両手をついていた。心配して何度も「大丈夫ですか?」を繰り返す伊助にろくな返事も返せない。

「あ!久々知先輩!」
「伊助。話はでき……どうした名前!」

穏やかな声が急に鋭くなったと思ったら、目の前に久々知くんがしゃがんでいる。
途端に現実感が戻ってきて、思わず久々知くんに詰め寄った。

「違うの!」
「え?いや、ちょ…ちょっと、待っ、名前!?」
「久々知くんとなら嬉しいけど三郎じゃ嬉しくない!」
「は…?伊助、名前はどうしたんだ?」

錯乱してちゃんとした言葉になっていない。
久々知くんは宥めるように私の肩に手を置いて、泣きそうな顔をしていた伊助を振り返った。

「ぼ、ぼくが悪いんです、庄左ヱ門が“鉢屋先輩とお付き合いしてるのかも”って言ってたから、誤解なら解こうかと思って」
「――そうだよ誤解だよ、私にとっては友達だしあっちからしたら私は悪戯対象でしかないっていうか庄左ヱ門はどうしてそんな勘違いしてるのかわかんない。この前?この前のお使いが原因?もうほんとそれだけは無いです!」
「わ、わかったから落ち着け。な、伊助?」
「は、はい!誤解ならしっかり解いておきますから!」

言っているうちに段々と俯いて、終いには顔を覆ってしまっていた私は、顔をあげようとして途中で固まった。
少し汚れが目立つ装束がすぐ傍にある。この色は五年生の色で、背中というか肩というかがあったかいのは久々知くんの腕が置かれているせいで、つまり――肩を抱かれている状態、な、わけで。

名前?」
「あの、か、か、肩、肩を、ですね…!」
「あ、ごめん!」
「い、いいえ……」

顔から湯気がでるってこういう感覚なんだろうか。
パッと離れた久々知くんを横目にゆっくり深呼吸を繰り返す。立ち上がると足元がフワフワしているような気がした。

「伊助、庄左ヱ門と同室って言ってたよね」
「はい」
「よし、私直接行くから部屋教えて。っていうか今夜暇?」
「え、ええ!!?ちょっと待ってください!」

じりじり下がる伊助を追い詰める。本当は今すぐにでも学級委員長委員会に乗り込んで誤解を解きたいくらいだ。

「……全然落ち着けてないな……名前、その役目、三郎に任せないか?」
「え?」

言うなり懐から手裏剣を取り出した久々知くんは、それを近くの樹に向かって力強く打った。

「――こ、この馬鹿!兵助、お前友人を殺す気か!」
「出た」
「話を聞け!呼び出すなら声をかけるとか、矢羽根でも事足りただろうが!」
「若干腹立たしかったんだ」
「…八つ当たりと言うんだぞ、そういうのは」
「知ってるよ」

三郎が近くにいるのは知ってたけど、正確な場所なんて全然わからなかった。
すごいなぁと感心する私は伊助に装束を引かれてハッとする。つい見惚れていたらしい。

「すみませんでした、苗字先輩…」
「なんで?誤解されたままのほうが困ってたよ」

伊助の頭をなでると、下がりっぱなしだった眉が緩んでホッとする。
そうしている間に、久々知くんは三郎に事情を掻い摘んで説明してくれたらしい。
ものすごく不機嫌そうに、三郎は「冗談じゃない」と呟いて片手で顔を覆った。

名前、庄左ヱ門のことは私に任せろ。勘右衛門もいたほうがいいだろうから今から行ってくるが、いいか、くれぐれも無理・無茶・無謀は禁止だ。迷惑をこうむるのは私たち学級委員長委員会だということを忘れるな」
「わ、わかってるよ!これでも私だって懲りてるんだから」
「兵助もこいつをちゃんと見張ってろ」

三郎は私に指を突きつけながら言い残し、学級委員長委員会が活動している場所へ向かった(らしい)。
戻ってきた三郎次と斉藤さんを交えて火薬壷をしまう作業に戻る。
伊助と三郎次が在庫のチェック。私と久々知くん、斉藤さんは運搬だ。久々知くんは休憩してていいと言ってくれたけど、どうしても何か手伝いたかった。

「…………わかった」
「やった!」
「でも名前が運ぶのはこっちの小さい壷だけだからな」
「うん」
「タカ丸さんはこっちをお願いします」
「りょーかい!」

グッと親指を立てた斉藤さんはこれから重いものを運搬するとは思えない程うきうきしている。理由を聞くと「甘酒がぼくを待ってるから」とよくわからない返事をされた。
甘酒ってそんなに楽しみにするものだっただろうか…

壷を腕に抱えて焔硝蔵へ。久々知くんが持っているものよりも二周りほど小さい壷は、私が持ってもフラフラしたり腕が痺れたりしない。軽くはないけど運べる重さだ。
久々知くんが「大丈夫か」「ゆっくりでいいから」とこまめに声をかけてくれるたびに疲れが回復する気がする。

隣を歩く久々知くんをちら見すると、思いっきり目が合ってびっくりした。
落とさないようにと壷を抱き締める。久々知くんは私の持っている火薬壷に視線を落として、また私を見た。

「…三郎が居たのって、名前のためか?」
「え。勘右衛門か三郎から聞いてないかな、学級委員長委員会の仕事なんだって」

ふいに聞かれたことに驚く。みんなは仲良しだから、情報共有も当たり前だと思っていた。
詳しく説明しながら、私のせいで委員会が一つ動いているのはなんとも複雑だと改めて思う。

「――だから、交代制の監視役みたいなものかも」
「……羨ましいな」
「そういうもの?楽だから?」
名前のいろんな面が見られるから」
「…………そ、そんなに面白い動きはしてないはず…です、よ?」

(…び、びっくりした…)

――微笑みながらそういうこと言うのは反則だと思います。

焔硝蔵に到着したあとは再び久々知くんの指示で壷を置く。やっぱり棚ごとに場所が決まってるんだなぁと蔵の中をぐるりと見回した。

「タカ丸さん、それはあっちの棚です」
「はーい」
「前に教えたでしょう……」

肩を落として嘆く久々知くんは案外新鮮だ。
ここぞとばかりに見ていたら、私の方にも指示が飛んできたので慌ててそれに従った。

それを何度か繰り返しているうちに、久々知くんは壷を置いた後、棚に触るようになった。

「…何してるのか聞いてもいい?」
「ちょっとガタが来てると思って。用具委員会に直してもらえるといいんだけど……」
「直してもらえない場合は?」
「そのときは自分たちでやるしかないだろうな。名前、この棚は危ないから近づかないこと」
「は、はい。ちょっと待って…えっと左から三番目…には、近づかない」

私からしたらどの棚も同じで見分けなんてつかない。
メモの束を取り出して書きつけたあと、久々知くんに許可をもらって“×”印を書いた紙を棚に貼り付けた。念のため。

まじまじと私がメモを取るのを見ていた久々知くんに首を傾げる。
何も変なことは書いてないと思うんだけど。

「あ、いや悪い。ちゃんとメモ取ってるのが新鮮に感じるなんて……」

どんよりする久々知くんの溜息が重い。

「メモって大事だよね~、ほらほらぼくも!」

言いながらひょこっと顔を出した斉藤さんの手にも私と同じ、綴じられた紙束があった。

「斉藤さん、相変わらずですか」
「なにが?名前ちゃんと会ったときのもちゃんと残してあるよ。“名前ちゃんのネズミは可愛い”、“懐かない子が好き”で、“乙女な先輩”!」
「…………暗号文のようですね」
「全部名前ちゃんのことなのに」
「!?」

ネズミ可愛いはわかるけど、他も?
ものすごく誤解を生みそうな内容じゃないだろうか…

「もっと聞く?」
「まだあるんですか!?」
「喜八郎くんがいっぱい話してくれるから。兵助くんも気になるでしょ?」
「…………」
「いやいやちょっと、喜八郎情報ってどういうことですか!」
「甘味に目が無いとか、お化粧は苦手とか…あと喜八郎くんの罠に嵌った回数とかあるよ?」
(ものすごくどうでもいい…!)

そんなものを書き留めてもなんの役にも立たないと思う。
ぱらぱらメモをめくる斉藤さんは、途中で手を止めて「あ」と声をあげた。

「そういえばね、名前ちゃん泣かせちゃったこと、すごく気にしてたみたい。実際泣かれて吃驚したって言ってた」
「え……」

それはまさか、いつぞやのあれですか。
私には全然そういう話をしてくれないくせに…というか今更すぎてどうにもできないけど、一応気にはしてくれてたのか……まったく、全然、ちっともわからなかった。

「斉藤さんて四年の相談役なんですか?」
「え!?そんなことないよ?」
「あの不思議思考の喜八郎からそういう話聞けるんだからそうなのかなーって」
「そ、そっかな……そうなれたら、嬉しいなぁ」

斉藤さんはいつもの柔和な笑みを浮かべながら照れくさそうに頬を掻いた。
つられて頬を緩めながらそっと久々知くんを見る。何か考え込んでいる様子の久々知くんは微動だにしない。

かっこよくて綺麗で、ずっと見てても飽きないだろうなと思いながら――あの日が始まりだったんだなぁ、なんて大して時間も経ってないのに懐かしんでしまった。

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