カラクリピエロ

火薬委員会(2)



委員を集めて活動内容(蔵の大掃除)を告げた土井先生は生徒の文句――主に二年と四年の――を爽やかな笑顔で流し、出席簿で自らの肩をたたきながら空を見た。

「…兵助、あと任せていいか?私は山田先生と打ち合わせに行ってくる」
「はい、大丈夫です」
「頼む。終了時間になっても戻らなかったら終わりにしていいからな」

そう言いながら去ろうとする土井先生を見送りかけ、その背中を慌てて引きとめた。

「土井先生、評価の件は!?」
「忘れてないさ。そっちも兵助に聞くからちゃんとやるんだぞ?脅迫や改ざんは考えないように」
「……私の成績知っててそういう事言いますか」

忍たま五年、しかも久々知くんに敵うとは思えない。たとえ出来たとしても久々知くん相手にはやらないだろうけど。
土井先生が笑顔で言うからつい声を低くしてそう返してしまった。

「筆記は悪くないのになぁ…」

私の頭を一撫でして、頑張りなさい、と残して去る土井先生。
先生はときどき私を下級生扱いしているような気がする。

名前、そろそろ始めるぞ」
「あ。はい、よろしくお願いします」
「こちらこそ」

久々知くんは笑顔で言って、私たちに指示を飛ばし始めた。

「火薬壷は重いから俺とタカ丸さんで運ぶ。三郎次は名前と一緒に掃除用具を借りてきてくれ、伊助は水汲みな」

はーい、と伊助と斉藤さんの声が重なる。
近場にある井戸の方へ走っていく伊助を見送って、聞こえなかった声の主をチラ見すると、困惑した表情の三郎次が目に入った。

「…久々知先輩」
「どうした?」
「僕、」
「…大丈夫だよ、名前は」

三郎次を見る久々知くんは目も声音も優しい。しかも私のことを話してくれるのが嬉しくて、心拍数が少し上がった。

「――三郎次、名前のこと任せたぞ」
「……、はい!」

頷きながら返す三郎次はどことなく嬉しそうだ。
久々知くんにはすごく懐いてるなぁと思いながら見ていると、私の前まできて腰に手をあてた。

苗字先輩、ぼけっとしてないで行きますよ」
「は、はい!」
「いいですか、久々知先輩の頼みだからであって、先輩に気を許したわけじゃありませんからね!」

ぷいと横を向いて歩きだしながらそんなことを言う三郎次の後ろをついていく。
正直、生意気だとは思う。でもこういう子ほど懐いてくると可愛いのを知っている身としては、ちょっとだけ久々知くんが羨ましい。

ふと振り返ると、久々知くんは苦笑気味に私たちを見送ってくれている。
いってきますの代わりに手を振ると、久々知くんは少し驚いたようにきょとんとして、それから目を細めて軽く振り返してくれた。

「――苗字先輩、聞いてますか?」
「あ、うんうん聞いてる。どこ行くの?」
「聞いてないじゃないですか!用具倉庫です、蔵の床は土ですから――」

要りそうなものを挙げていく三郎次に頷き、不足は無さそうだと相槌を打つ。
会話はそこで途切れ、無言のまま三郎次の背中を追った。

そういうものだとは聞いていたけど、面と向かって“近づくな”と言われたのは初めてかもしれない。

三郎次と同じ二年生を思い浮かべてみる。
先日知り合った四郎兵衛はほわほわした癒し系統だった。比較的会う機会の多い左近は「またですか…」と怒ってるのか呆れてるのか諦めてるのかわからないけど、とりあえず優しい。たまに会う久作なんかは自ら寄ってくることもあるくらいだ(私が本の返却を延滞したのが原因だけど)。

考えながら、拒絶されるほど自分から積極的に近づいたりしてなかったというのを思い出した。
変わったのは――

「…………あの!」
「ん?」
「……なんで、なにもしてこないんですか!」
「――――は?」

黙々と歩いていた三郎次が意を決したようにこちらを振り返るから、何事かと思ったら。

「僕と二人きりなんですよ!?」
「……うん、そう…え?」

いきなりなに言い出すのこの子は。

愛でろってこと?
いやでもまさか。さっきまで警戒しまくりだったんだから、それは無いはず。

――先生、私は彼に何を要求されてるのかわかりません。

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