カラクリピエロ

火薬委員会(1)



火薬委員会への参加初日、私は報告用巻物を手に忍たま長屋の廊下を歩いていた。
活動場所は焔硝蔵だと聞いているし、久々知くんから『待ってる』と微笑みつきで言って貰って舞い上がったことまでしっかり覚えてる。だから早く向かいたいんだけど――

「こらこら名前、そっちは違う」
「土井先生」

戸の隙間から顔を覗かせる土井先生に引き止められる。開けようとしていた部屋の名札を見ると、斜堂先生の名前があった。
せっかくだし巻物を一時提出しようか。
土井先生に断りを入れようとしたら、「斜堂先生なら外出中だ」と部屋に顔を引っ込めながら言われた。

(仕方ないか…)

先日の体育委員会の分まではきちんとまとめ終わった。そこで初めて気づいたのだけど、七松先輩の一筆が添えられてて(“よく奮闘した!”と達筆で)入学したてのころもらった花丸を思い出した。
それを見て、苦手だけど憎めない先輩でもあるなあと苦笑してしまった。

「――失礼します」
名前、それ持っていくのか?」
「メモ代わりにもなるかなと思ったんですが、邪魔になりますか?」
「綴じてあるならともかく巻物だからなぁ……こっちを持っていきなさい」

土井先生は戸棚から紙の束を出して(裏側は不思議な図形が躍っている)、私の手から巻物を引き抜くと代わりにそれを置いた。

「団蔵に字を練習させるのに使った余りだ。それなら手軽だろう、これは私が預かっておくから委員会が終わったら取りに来るといい」
「あ、ありがとうございます」
「では行こうか」
「はい。それにしても、なぜわざわざ先生の引率で?」
「今日はちょっと指示が必要だからついでにな」
「…………え」

言いながら私の肩を押して、自分も部屋から出る土井先生。
にこやかに「こんな機会でもないとなかなか」とか「名前は掃除得意か?」など言われて、嫌な予感を覚えながら横を歩く先生を見上げる。

「先生、まさか…」
「天気が良くてよかったなぁ」
「……土井先生?」
「頑張ってくれた分だけきちんと評価してやるからなー」
「やっぱり掃除なんですか!?」
「大事なことを言い忘れていたが焔硝蔵は火気厳禁だ、仙蔵から土産を持たされてないか?」

ないです、と力なく答える私をよそに火薬委員会の活動内容を教えてくれる土井先生。
上手くはぐらかしましたねと思いつつ、当たっているからこそかと諦めが混じった。

火薬委員会の活動は火薬在庫の管理、蔵の管理(特に雨漏り要注意、とのこと)が主で普段は地味めな活動らしい。
今日もそれでよくないですか。
メモを取りながら言えば「四人より五人だろう」といまいち納得できない答えが返ってきた。

「あ!兵助くーん、土井先生来たよ~」
「タカ丸さん、まだこっちの棚の説明が終わって――それを早く言ってください!」
「り、りふじん~!!」

道すがら、口頭レベルで開催されていたプチテスト(土井先生がにこやかな鬼だった)に耐えているうちに目的地に着いたらしい。
久々知くんの声が聞こえたと思ったらあわただしい空気が伝わってくる。
やれやれ、と苦笑する土井先生の横で、委員会の久々知くんを見るのは初めてだなぁとぼんやり思った。
大抵私は室内から出ないし、久々知くんも焔硝蔵で遭遇事態が無い――この場合誰に感謝したらいいんだろう。余計な思いつきをしてくれた学園長先生だろうか。それともきっかけをつくった三郎?

「ほらお前たち、手を休めてこっちだ。前もって話してあったかと思うが、今日から火薬委員会に参加するくの一教室の苗字名前だ。みんな仲良くするように」

なんだか中途編入してきたみたいだ。
……似たようなものかもしれないけど。

私は土井先生の紹介にあわせて、笑顔で「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。

「では兵助から自己紹介をしてもらうか」
「え、俺…私も、ですか!?」
「先輩として見本を見せないとな」

満面の笑みを浮かべる土井先生。
戸惑う久々知くんにも気づいていると思うけど、それ以上に久々知くんに興味津々な眼差しを向ける下級生二人と斉藤さんを優先したんじゃないかって思った。

(知り合いに自己紹介って結構恥ずかしいよね)

学園長先生の庵で同じ目にあったので、一人うんうんと頷く。
久々知くんは「……わかりました」と呟いて私の方を見た。

「五年い組、久々知兵助です。火薬委員会では委員長代理を務めています。わからないことがあれば何でも聞いてください」

淡々と、あらかじめ用意されていた台詞を言うように流れていた声は、途中で少し速度を緩め、最後に照れたような笑顔で締められた。丁寧語の久々知くんプラス照れ笑いはすごく可愛い。できればもう一回聞きたい。

「兵助くん模範っぽ~い」
「うるさい。次はタカ丸さんでしょう」
名前、ちゃんと聞いてるか?」
「全力で!聞き逃すはずないじゃないですか!」
「そ、そうか」

土井先生の問いに反射で答えると、斉藤さんがこっちをじっと見てふにゃりと顔を緩ませた。
不思議に思って首をかしげると、「あとでね~」とのんびり言われてしまった。

名前ちゃんに言うのは二度目かな。改めて、四年は組の斉藤タカ丸です。ぼくもまだまだわからないことだらけだから、一緒に頑張ろうね」

前にも思ったけれど、斉藤さんの笑顔は和むというか、つられる何かがあると思う。

五年生、15歳の四年生ときたからか、次の二年生がやけに可愛らしく見えた。
私よりも低い背丈、斜めというか振り返り姿勢というか、とにかく腕を組んで私を見上げる二年生は開口一番「僕にはあまり近づかないでください」とつっけんどんに言った。

「どうした三郎次、名前とは初対面だよな?」
「…久々知先輩のお友達ですか?」
「ああ」

頷く久々知くんに少し躊躇った様子を見せた二年生は、私と久々知くんを交互に見て何かを振り払うように首を振った。

「でも!僕は、くのたまを信用しないことに決めたんです!」
「……そうか、そういう時期か……」
「な、なんですか!」
「いや、俺にも覚えがあるなと思ってさ」

苦笑交じりにしみじみ言って、久々知くんは優しく彼の頭をなでた。
羨ましい…じゃなくて。

私は二年生――三郎次の言葉に強烈な既視感を覚えていた。

「…………さぶろー?」
「僕は三郎次です!二年い組、池田三郎次!」

思わず呟いた私に、三郎次はすぐさま切り返してきた。
ついでに「間違えないでください」と付け加え、そっぽを向いてしまう。
怒りながらもちゃんと名前を教えてくれる辺り、律儀なのかもしれない。

「……名前、悪い」
「ん?全然気にしてないよ。二年生にはそういう子多いって聞いてたから、やっぱりそうなんだって感じかな」
「やっぱり?」
「……くのたまの子は好奇心旺盛な時期といいますか……その、同学年とか年下だと実験台にしやすいでしょ?」
「…………名前もくのたまだったな」
「え」

それは今更というか。
“今実感した”と言いそうな久々知くんの様子にどう反応したらいいか困る。それを感じさせないほど、らしさがないと?
――――残念ながら否定できないけど!

「……三郎次のやつ、普段はいい子なんだ。真面目で、一生懸命でさ、俺の言うこともよく聞いてくれるし」
「うん」

三郎次のことを話してくれる久々知くんに相槌を打っていると自然と顔が緩む。
話しているときの雰囲気につられているのかもしれない。

「……名前は、」
「ん?」
「――……いや、嬉しそうだなって」
「久々知くんが嬉しそうだから」

思ったことを返すと久々知くんは僅かに目を見開いた。
自分がどういう顔で後輩自慢してたのか気づいてなかったらしい。
ぎこちなく私から顔を逸らして「そうか」と溢すと軽く頭を振った。

それから少し離れたところで三郎次と言い合いをしていた一年生を手招きで呼ぶ。
土井先生は斉藤さんに髪を掴まれているところで、それをうっかり目撃した私は斉藤さんへの認識をちょっと改めた。

「なんですか、久々知先輩」
「伊助は自己紹介まだだったろ?」
「…そういえばそうでした。すみません苗字先輩。僕、一年は組の二郭伊助です。先輩のことは庄左ヱ門からも聞いてました」
「……庄左ヱ門て噂好き?」
「どうでしょう、でも知ってること色々話してくれますよ。僕は同室ですから余計かもしれないですね」

にこにこしながら庄左ヱ門のことを話す伊助を見ていると、仲良しなのが伝わってくる。微笑ましく感じつつも、金吾に続いて伊助からも庄左ヱ門の名前を聞くとは思わなかった。
委員長として熱心なのか一年は組がすごく仲良しなのか――というか。

「あ、あの…伊助、兵太夫は?私のこと何か言ってたりしない?」
「兵太夫ですか?あいつはあまり委員会のことは……すみません」
「ううん、いいの。ありがと」

兵太夫といえばカラクリだって知ってたけど!
少しくらい先輩を話題にしてくれたって……今度会ったら庄左ヱ門のことを引き合いにだしてやろう。

「久々知くん、伊助は自慢の後輩その二?」
名前、」
「あれ、言っちゃ駄目だった?」
「……駄目じゃないけど……恥ずかしいだろ、後輩馬鹿みたいで」

私がぽふぽふと伊助の頭に手を置きながら久々知くんに問いかけると、久々知くんは視線を彷徨わせたあと片手で口元を押さえた。
いまいちわかっていないらしい伊助がきょとんと見上げてくるのをきっかけに、微かに笑いが漏れてしまった。

「ほら、やっぱり笑う」
「だって久々知くん可愛いから。それに私も後輩大好きだから一緒だよ」
「…………でも可愛いは無い」
「伊助、どう思う?」
「い、いきなり僕に振らないでください!」

困って慌てる伊助も可愛いなぁと思いながら笑うと、後ろから土井先生に声をかけられた。
心なしか疲れているように見えるのは、さっきチラッと見た斉藤さんとのやりとりのせいだろうか。

「土井先生、顔色悪いですよ」
「…気にするな」
名前ちゃんはちゃんとお手入れしてる?」
「っ、き、急に背後に立たないでください!」
「触ってもいい?」
「駄目です」
「冷たっ!?ちょっとだけでもいいんだけどなぁ」
「いやです。というか今から掃除するんですよ。どうせ埃と土まみれになるんですから無意味です」
「うぇえ!?ぼく聞いてない!」





「……伊助」
「はい」
「可愛いっていうのは俺じゃなくて名前みたいのを言うんだからな」
「は、はい。でも僕じゃなくて苗字先輩に言ったほうが…」
「…………うん、だよな」

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