カラクリピエロ

体育委員会(5)



目が覚めて、伸びをして、顔を洗って、制服を着て。微妙に疲れの残る身体に少し気が重くなる。
自分の限界は知っておかないと、かえって周りに迷惑を――

「…………あれ?」

昨夜は報告がてら立花先輩と作法室に寄って、お菓子をもらってお風呂に入って…そうしたらもの凄く眠くなったけど、どうしても久々知くんに会いたくて食堂を目指していた、はず。
そうそう、途中で竹谷と一緒になった。

(それから…不破くんと『今日はどうだった?』的な話をした…気が……する、んだけど……)

どうも記憶がおぼろげで確信がもてない。
不破くんと話をした後夕飯を食べた記憶もないし…久々知くんにも会えてない…?

――別に初めてじゃないし。

ふっ、と浮かんできたのは久々知くんの声だけどそれを直接言われた覚えがない。
でもものすごく近くで聞いた気もする。なんの話題かはわからないけれど。
うんうん唸っていると、ぐぅ、とおなかが鳴った。とりあえず、朝ご飯を食べに行こうかな。
考えるのが面倒になってさっさと髪を結い上げる。私はあまり朝に強くないのだ。
食堂へ向かおうと長屋の廊下を歩いていたら、前方から来た友人に笑顔で肩を叩かれた。

「今度豆大福三個ね」
「え?」
「ゆうべ、あんたを部屋まで連れてって布団敷いて寝かせたの誰だと思ってんの」

当然の報酬、と手を振って去ろうとする友人を慌てて引き止めた。

「眠気に負けてダウンしたんだって忍たまの五年共が連れてきたのよ。借りは早めに返しとくに限るよ~?」

弱みになりかねないし、と言いながら笑う顔はなんだか楽しそうにも見える。
それよりも。

「五年て、五人?」
「そうそう。名前が最近よくつるんでる…なんていったっけ。同じ顔の二人とぼさぼさ頭と黒髪二人」
「…………わかった、ありがとう」

名前を覚える気皆無なのがいっそ清々しい。でも、少し前までの私もこんな感じだったかもしれない。
大福を奢ることを念押しされて、授業の準備をするという友人を見送った。

朝食の席で会えたら彼らに詳しく聞こうと思う。
朝は忙しいせいか(くのたまだけかもしれないけど)、前もって約束でもしない限りあまり同席する機会はない。
自分がぼんやりしがちなのもあって、昼や夜ほど積極的にもなれなかった。

+++

結局朝は時間が合わず、昼はくの一教室の雑務に追われ、会う機会に恵まれないまま委員会の時間になってしまった。

目の前には鬼コーチ…もとい常識はずれの体育委員会委員長様。

名前いくぞー!レシーブだ!」
「ひっ!」
「避けるなー!」
「むむむ無茶言わないでください先輩のはアタックなんてもんじゃないです大砲です!いけどん砲とでも名付けたほうがうわっ!ちょっと!なんで私ばっかり狙うんですか!私の横には狙いやすい的があるの、に!」

言いながら飛んでくるボールをしゃがんで避ける。

苗字先輩、確かに私の内からあふれ出るオーラは目を惹きますが」

私の言葉に答えるように、隣にいた滝夜叉丸は言いながら前髪をさらりとかきあげ、途中で砲弾のようないけどんアタック(って名前らしい)にその髪を掠めとられていた。
今まさに膝をついて私の美しい髪が、と落ち込んでいる。

因みに金吾は私の避けたボールに当たったせいで早々に脱落。四郎兵衛は奮闘したものの七松先輩のアタックが受け止めきれずに脱落。
三之助はというと、七松先輩にトスを上げるという安全地帯にいるためか俄然元気だ。動きまわったりもしないから迷子の心配もない。

「――けど、その位置はずるい!」
「どうした、次行くぞー」
「た、タイムです!タイム!」
「…………仕方ない、では三之助お前入れ」
「げっ」

正直このまま続けていたら昨日の二の舞になりかねない。
三之助を生贄にして休憩時間を得た私は、くたびれかけの身体を引きずって木陰に移動する。
そこには目を回している金吾と四郎兵衛がいるはずだ。

「…………あれ、三郎?」
「なかなか男前な格好だな」
「ボロボロで泥だらけって言いたいんでしょ、それ全っ然嬉しくないから。サボり?」
「活動の一環」
「嘘っぽいなー…っていうかそれ言えば済むと思ってない?」
「事実だからな」

二人が休んでいる木の上。
横になりながら私を見下ろす三郎は、にやにやと楽しそうにしながら竹筒を投げて寄越した。ちゃぷ、と中から音がする。

「恵んでやろう」
「……全部使ってもいい?」

頷いたのを確認してお礼を言って、懐から手ぬぐいを取り出す。
もらった水に少し浸し、金吾と四郎兵衛の赤くなっている顔面にあてた。

「…………名前
「ん?」
「お前昨夜のこと」
「あ、そうだった!夕飯のときにでも詳しく聞きたいんだけど………………実はそれ教えに来てくれたとか?」
「教えて欲しいか?」

その、人の悪そうな笑顔には嫌な予感しかしないんだけど。
竹筒に残った水を飲む。
気にはなるけど、三郎から聞くのはなんとなく怖い。

答えを躊躇っていたら、後ろから飛んできたバレーボールがものすごい勢いで樹にぶつかった。

「うぉ!?」

「こら、名前!サボってるなら戻って来い!」

揺れる樹の上で三郎が珍しく慌てている。微かに聞こえた舌打ちが油断しきっていたことを現しているようで少し可笑しい。

私を呼ぶ七松先輩に向かって「今戻ります」と返し、三郎を見上げた。

「やっぱりあとで聞く」

そうか、と返事をする三郎は妙に楽しそうだ。
どっちでも結果は同じだったってことだろうか。

ともかく目標は地獄の特訓としか言えないバレーボールを無事乗り切ること――
早速泥だらけになっている三之助や輝きが褪せている滝夜叉丸、俄然活き活きとしたままの七松先輩を見て、決意した傍から不安になった。

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