カラクリピエロ

体育委員会(閑話:竹谷)



今日の委員会はいつも以上に壮絶だった。
途中までは穏やかで、一年坊主たちに世話の仕方とか毒虫の見分け方だとか先輩っぽいことをしていた矢先、唐突に小屋の一角で暴れだす犬が一匹。

なんとかして宥めようとしたけれど、そいつは俺の言うことなんて普段から全く聞きやしねぇから(そういうとこ飼い主に似てる)、自分を囲っていた柵をぶっ壊し、ついでとばかりに毒虫を飼育してる棚も破壊。動物も毒虫も大脱走の阿鼻叫喚図のできあがりだ。

応急処置で非常に不安定な柵と棚に生き物たちを回収するのにかなりの時間を要した。
今度の予算会議ではなんとしても予算を増やしてもらわないと……孫兵の毒虫を置いといても生徒に害が出るとでも言えば少しは融通が利くだろうか。

生き物の回収を終えてくたくたになったころ、原因となったお犬様はいつもの定位置で体を丸めて眠っていた。自由すぎる。
起こしてしかりつけるのは可哀想だと一年共に止められ、孫兵には「甘いですね」と嗤われ(どうしろってんだ)、これはもう飼い主に一言言ってやるしかない。

そんなわけでくの一教室の敷地まで迎えに出たわけだが。

「……起きてるか?」
「ん……だいじょうぶ」

答える名前は足元がフラフラしてて全然大丈夫そうに見えない。
声にもいつもの張りがなくて、俺がこんなところまできていることも疑問に思っていないようだ。

「お前それ寝てるだろ。飯食えるか?残すと食堂のおばちゃんに怒られるぞ」
「いく。頑張ったご褒美だもん」
「…やっぱ大人しく部屋戻って寝たほうがよくないか?」
「やだ」

妙に頑なな様子を見せる名前にため息が漏れる。
とはいっても強引にくの一長屋の方へ帰すわけにもいかないし(まず入るのが怖い)…
仕方なく、名前が倒れても対処できるように横に並んだ。

一言二言言ってやろうと思ってたのにすっかり気を削がれちまった。
はあ、と息を吐き出すと装束が軽く引かれた。
驚いて横を見れば、名前が袖口を掴んで俺を見上げている。

「なにかあった?」
「…………や、別に。つーか袖」
「……だめ?食堂まで」

どうした。いやその前にお前は誰だ。
いつもの名前なら“ごめん”でさっさと離して終わりだろ。眠いからか?そうなのか?
目は潤んでるしなんか湯上り風味で髪はしっとりしてるしいい匂いしてるし――

「だーもうちくしょう!!」
「!?」
「これは名前だ、くのたまで口達者で利用できるもんはなんでも最大限に利用する女だぞ!?」
「私がなに?」
「首を傾げるなーーーー!!」

驚いて手を離した名前は何度も瞬きをしながら、丁度後ろから来た雷蔵に支えられていた。
横には三郎もいる。

「何を騒いでるんだ八は」
名前大丈夫?熱でも…………なんで?」

なにが“なんで”なんだ雷蔵。聞きたいことが多すぎてそうなったのか?
名前は支えられたまま、雷蔵を見上げて「それじゃわかんない」と言いながらくすくす笑っていた。

雷蔵はいつもと様子の違う名前にしどろもどろになりながらも相手をしている。
その隙に平常心を取り戻した俺は、急に肩を組んできた三郎の小声に耳を傾けた。

「……おい八左ヱ門、名前のやつ変じゃないか?」
「眠いんだと。寝ろって言ったんだけどどうしても食堂行くって聞かねーから」
「…馬鹿だな」
「だよなー」

溜息をついた三郎は俺から離れて背を向ける。そこまで呆れたのかと思いきや――

「兵助に送らせる。しばらくそこで相手してろ」

そう小さく言って軽く手を振った。
――まったく、あいつはどうしてそう…普段からそうやって優しくしてやりゃいいのに。

「八、三郎は?」
「兵助呼んでくるって…なんで座り込んでんだよ」
「立ってると危ないからさ。相当疲れたんだね、体育委員」

俺だってすげー疲れた。
先ほどと同じくらい大きな溜息を吐き出して、俺もその場にしゃがみ込んだ。
気づけば名前は雷蔵に寄りかかって寝てるし…腹いせに悪戯してやろうかって気になる。

名前このままじゃ風邪ひくかも……」

なんでいきなりそんなことを言い出すのかと思ったら、名前の髪が乾ききっていないことを気にしているらしい。さっきの“なんで?”の一つでもあったのか、名前が風呂上がり(やっぱりか)だったことも本人から聞き出していた。

「八左ヱ門、ちょっと変わってくれない?なんか変な気分になりそう」
「雷蔵でもそうなるんだな」
「僕をなんだと……ほら変わって」
「無理。代わりに――」
「まさか、僕と名前残して兵助迎えに行くなんて言わないよね?」
「は、はは。まさかだろ。えー…、そうだな、話でもしてようぜ」

笑いながら威圧すんのやめてくれ。
引きつった笑いでもって返しながら、俺と雷蔵は兵助(+二人)が到着するまで他愛ない話を続けていた。



-閑話・了-

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