カラクリピエロ

体育委員会(4)



――早速ですが前言撤回します。
迷子にならなければいいやとか、考えが甘かった。極甘でした。

私の手首を掴んだまま走る三之助は油断するとすぐわき道に逸れる。すぐ前を金吾が走っているにも関わらず逸れる。それを止めるために私は必死だ。まず力で負け、次に体力で負けて引きずられ、結局体育委員の誰か(七松先輩は除く)に手伝ってもらっていた。

意気込んだにも関わらずなんの手伝いにもなれていないけど、それはひとまず置いといて。

(こ…の…、方向音痴……!)

淡々と明後日の方向へ進んでいく三之助に内心で毒づいた。
呼吸が苦しくてもう声を出すどころじゃない。ただ走るのだって体力が追いついていないのに、それ以外にも消費したらあっという間に限界を超す。

かくん、と足から力が抜けて三之助を巻き込んだのは思ったより早かった。

「おわっ!?」
「……は、……っ、はっ、ご、め……」
「え、ちょ…名前先輩!?」

片手が急に重くなったせいか三之助も足を止める。
三之助からは焦った空気が伝わってくるけれど、それにまともに返す余裕がない。申し訳ないと思いながら呼吸を整えていると、はぐれたことに気づいたらしい委員の子が顔をのぞかせた。かろうじて顔をあげれば、浅葱色と井桁模様が見える。

「ど、どうしたんですか!?」
「金吾、七松先輩呼んでくれ!」
「は、はい!――次屋先輩、そこ動かないでくださいね!」

言われなくても動けねぇよ、と小さく溢すのが聞こえた。

「……めん、ね」
「や、オレも…すみません。気づいてやれなくて」

私に合わせてしゃがむ三之助に苦笑を返して、金吾が戻ってくるまでになんとか回復を試みる。ふと気づけば、そわそわと今にも動きそうな三之助の装束を慌てて掴んで止めた。なんでそんなに元気なの。

少しして戻ってきた金吾は体育委員全員を連れてきた。

「じゃあ滝夜叉丸、頼んだからな」
「学年一優秀なこの私に!どーんとお任せください。来い三之助、お前はこっちだ」

理解しきれていないながらも、三之助は「はい」と返事をして滝夜叉丸の指示に従う。
三之助を先頭に、滝夜叉丸は最後尾に、間に四郎兵衛と金吾を挟んだ形で四人は元のマラソンコースに戻って行く。
それをぼうっと見ていたら、唐突に頭をなでられた。

名前はわたしと一緒に行くぞ。一気に行くから口は閉じてたほうがいいかもな」

――ちょっと待ってください。
それってやっぱり七松先輩に運搬されるということですよね?
過去に経験したそれは、どれも恐怖体験でしかない。
七松先輩はぱくぱく口を動かす私にニッと笑いかけると、いともたやすく私を背負ってしまった。

「お前の犬なら先に帰したから心配するな……しかしこれでは名前が落ちそうだな、ちょっと待ってろ」

言うと、先輩は上着を脱いで私を背負いなおし、その上着で私が動かないように固定した。

怪我した相手を運ぶ方法の一つだったっけ。

混乱しすぎているのか、どうでもいいことを考えていた私は「よし」と呟いた七松先輩の声を聞き逃した。

ぐん、と身体が後ろにひっぱられる。
しゃべる余裕なんて全然なかった。横を流れていく景色を目で追ってしまい、目が回る。

――まったくお前は本当にドジだな。

そんな立花先輩の声が聞こえた気がした。

+++

「――阿呆!冗談も休み休み言え!」
「わたしは本気だ!」

(…………あれ?)

騒がしさで目を開けた私は、急な場所の変化に戸惑っていた。
ついさっきまで七松先輩の背中にいたのに、今目の前には木目の天井が……この薬くさい部屋は医務室だろうか…それにしては空気が違うような。

とにかく起きなければ。
そう思って身体を起こすと疲労がどっと押し寄せて、また横になりたくなってしまった――できない、とすぐに判断したけれど。

「善法寺先輩…」
「ああ、起きた。はい、水飲んで。ゆっくりね」
「ありがとうございます」

先輩は薬を調合していたらしい手を止めて、私の様子を伺ってくる。
それに返しながら室内を見渡すと、二人分の文机に勉強道具、ガラクタっぽいもの、そして制服を着た骨格標本。
予想外の骨格標本を目にして、ぶふっ、と水を少し溢した私に驚いた善法寺先輩が慌てて手ぬぐいを貸してくれた。
私の視線を追って可笑しそうに笑う先輩は、頭蓋骨をそっとなでる。

名前に見せるのは初めてだっけ?コーちゃんっていうんだ」
「そ、そうですか……」

かろうじて、そう返すことができた。
骸骨を愛でる善法寺先輩の図というのはなんとも反応しづらい。

ここは医務室じゃなくて善法寺先輩の部屋のようだけど、何故――

「今医務室が酷い状態だから一時避難ってところ。仙蔵、小平太、名前起きたよ」

私を起こした二人の声はどうやら先輩方らしい。
善法寺先輩が廊下に向かって声をかけると、立花先輩が顔を出した。
さらりと流れる黒髪が綺麗で羨ましい。立花先輩は私を見ると、ふっと笑って部屋に入ってきた。

「――すまないな伊作。おい小平太、お前は後輩を待たせているんだろう、早く行け。ここは私が請け負う」
「…ちっ。名前、今日はもう終わりだ。明日はバレーボールだから時間になったら校庭にくるんだぞ?」
「え。終わり、ですか?夕飯後って…」
「それは私がやめさせた」
「仙蔵に言われなくても名前は外すつもりだった」
「どうだかな」

…………。
なんだろう、雰囲気がすごく怖いんですけど。
善法寺先輩は慣れているのか、呆れながら二人を止めに入っていた。

「仙蔵、わたしは諦めないからな!」

立花先輩に指をつきつけ、念押しするように「また明日な!」と私に手を振った七松先輩はバタバタ足音を立てて遠ざかっていった。

「…何のお話だったんですか?」
「お前を寄越せと言われたんだが、さて。何をしてきた?」
「…………報告ついでに書き留めてもいいですか、二度手間嫌なんで」
「…巻物なら作法室だ。伊作、連れて行っても構わないか?」
「うん、ただの疲労だからね。でも名前、一応気分が悪くなったらおいで」
「はい、どうもありがとうございました」

ぺこっと頭を下げて善法寺先輩の部屋からでる。
少し先を歩いていた立花先輩に追いつくと、チラと視線を投げられた。

「なにかついてます?」
「ああ」
「え!?」

慌てて顔を触ってみると、ピリ、と小さな痛みを感じた。
おかしい、走り回って泥だらけにはなったけど顔に傷を作った覚えはないのに…

「……、どうして先輩が不機嫌なんですか」
「お前は……顔に傷をつくっているのにそれか、もっと気にしろ」
「これくらいならすぐ治りますよ。というか、別に立花先輩の怪我じゃないのに」
「私のものに勝手に傷をつけるのは許せん」
「だから、肝心なところ省略しないでください!」

おそらく七松先輩に運ばれているときにでもついたんだろう。

喜八郎に傷薬をわけてもらえ、入浴後の処置は、などなど絶えることなく流れ続ける立花先輩の声をぼんやり聞いていた。
こうしていると確かに気遣われているのがわかる。同じくらい玩具にされているのも事実だけれど。

(…………久々知くんに会いたいなぁ…でも今泥だらけで汚いんだよね)
「おい、聞いているのか!?」
「すみません、聞いてませんでした」
「…少しくらい申し訳無さそうにしろ」

もう一度すみません、と言ってみたけれど結局立花先輩はいまいち納得できていない顔だ。
付き合いの長さゆえか、私の作法委員への接し方は他の忍たまに対するよりも随分気安いんだと思う。

「気を許してるってことでどうでしょう」
「私にそれで満足しろと?」
「どうしろっていうんですかもう……」

そんなやりとりをしている間に作法室に到着し、今日の報告をまとめる。
七松先輩によくわからない提案(錘になれとかなんとか)をされたことも一緒に伝えたら、立花先輩は「それか」と重く溜息を吐き出した。
立花先輩に交渉するって言っていたから、本当にしたのかもしれない。人を錘に使うって普通しないと思うけど。

「まさかで成り立つのが忍の世界だ…それに相手は小平太だしな。他にも委員会に役立つと言っていたが。それは?」
「七松先輩の気のせいだと思いますけど……私今日は足手まといになっただけですし――――あ、私じゃないのかも」
「詳しく話せ」
「三年の次屋三之助を連れ戻すのに私の犬――影丸を使ったんです。だから私じゃなくて、あの子じゃないでしょうか。思いつくのはそれくらいですから」

ふむ、と頷いて考え込む立花先輩に退室していいかを尋ねる。

「ああ、ご苦労だった。名前、」
「はい?――っと、」

軽く放られたものを反射で受け止める。
これは、私が学級委員長委員会のお土産にと買ってきた甘味の一つだ。意外にも先輩はちゃんと私の言葉を覚えて残しておいてくれたらしい。

「美味かった。あいつらも喜んでいたぞ」
「……ふふ、よかったです」
「…今日のことで少しは学習しただろう、明日は気をつけろよ」
「はー…い」

ちくりと釘をさした先輩は口元に笑みを浮かべて私を見送った。

お風呂に寄ってみんなとご飯を食べて、明日のために早く寝よう。

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