カラクリピエロ

不破雷蔵の提案(前編)


空腹のはずなのにあまり食べる気がしない。
――それもこれも鉢屋三郎のせいだ。
ふつふつと湧いてくる怒りまかせに食堂の戸をくぐる。

「あれ、苗字さんだけ?残りの三人はどうしたの?」

そんな心情だったから、首を傾げて聞いてくる不破くんについ身構えてしまった。

「不破くん?」
「はい」
「…本物?ちょっと顔触らせてもらってもいい?」
「え……え!?なに、どうしたの苗字さん」

手を伸ばしてにじり寄る私はさぞ怪しかったんだろうけど、そのときは不審感の方が大きくて構っていられなかった。

「落ち着いて」と言いながら宥める動作と共に身を引いた不破くん。
それを見た私は、触られたくないのはバレるからだ。
そう自分に都合よく解釈した。

「う、わ、ちょっと落ち着こうよ苗字さん!ね?…は、八、八左ヱ門!」
「お、おお!?」

無言のまま距離をつめて掴みかかったところを、後ろから竹谷に羽交い締めにされ引き剥がされた。

「いきなり何してんだ名前!どうどう!ってお前、これ仕込針じゃねーか!」
「ええええええ!?」
「しびれるだけだよ!」
「そういう問題じゃねーだろ!」

竹谷に両手首を捕まえられている私から不破くんが針(しびれ薬付)を取り上げる。
さらに騒ぐ私(たち)に向かって2本の包丁が飛んできた。

カッ、カッと音を立てて壁に刺さるそれ。
少し遅れて前髪がふわっとそよいだと同時に冷や汗が出た。

「…名前ちゃん、食堂では?」
「は、ははは、はい!ごめんなさい、騒ぎません、おとなしくします!!」

食堂のおばちゃんの声にまっすぐ背筋を伸ばして返事をする。

宣言どおり動きを止めた私に、竹谷も安心したらしい。
不破くん共々大きく溜息をついてから放してくれた。

+++

「――で、なんであんなことしたんだよ」
「その前に、この距離なんか話しづらいんですけど」

二人が確保していた六人掛けのテーブル。
片側に竹谷と不破くんが間を一つ空けて座り、私がもう片側の真ん中(二人から指定された)に座っている状態。

――遠いのだ。微妙に。

私の席も取っておいてくれた(竹谷と約束したからだと思うけど)のは嬉しいが、実は仲悪いんじゃない?って距離だ。

「席確保とお前の隔離」
「か、隔離って…………ごめんなさい」
「いいよ、苗字さん。何か事情があったんでしょ?…まぁ僕に向かってきたってことは三郎関係かな」

身を縮める私に不破くんは優しく声をかけてくれた。
しかも原因までピタリだ。伺うように顔を上げるとふわりと微笑まれて余計居た堪れなくなった。

(こんないい人に襲いかかろうとしたなんて…)

しかも麻痺針でブスリとやろうとしていた。
もう一度頭を下げて謝った私は、竹谷が持ってきてくれた白湯(残りの三人が来るまでのつなぎだそうだ)を飲みながら、五年廊下でのやりとりを報告することにした。

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