カラクリピエロ

作法委員の暴走(4)



「遅かったな」

伝七、兵太夫、藤内から教えてもらったポイントを反芻して足を向ける途中、頭上から立花先輩の声。
木の上で腕を組む姿が妙に決まってて腹立たしい。

「立花先輩…まさかもう!?」
「ふっ、安心しろ。既に第一ポイントへ向かっている」
「安心できません!」

「――私の計画だ。名前にも邪魔はさせんぞ」

「うわっ!?」

走り出した私のすぐそばでボンと爆発音。
足元から煙があがったかと思ったら、身体が浮いて立花先輩に担がれていた。

「なにするんですか!」
「うるさい暴れるな。おや、そこを行くのは文次郎じゃないか」
「あ?……仙蔵?」
「丁度いいタイミングだ。やる」
「は!?お、おい!」
「ちょっと…立花先輩!!」

驚く間もなく通りすがりの六年生の手にポイッと投げられる。
反射で受け止めてくれたのは潮江先輩だった。

あまり接点のない人に手間をかけさせるのは、いつも以上に申し訳ない気分だ。
慌てて離れ、ぺこぺこ頭を下げる。

「あの、受け止めてくれてありがとうございました!迷惑かけてすみません」
「別に…あいつからの迷惑はいつものことだから気にするな。……お前、作法委員会のくのたまだったな」
「そう、ですが…?」
「仙蔵が“手のかかるやつ”だと言いながらよく話すから、どんなやつなのかと思っていたんだ」
「…………それは、喜んでいいんですかね」
「あいつは素直じゃないからなぁ。まあ、可愛がってるのは間違いねぇだろ」

そう言って笑う潮江先輩。思えば潮江先輩とこうしてまともに話すのは初めてかもしれない。
予算会議のときとは違う印象に少し戸惑う。

「私は褒められて伸びるタイプですって言っといてください。私から言っても言葉の刃が鋭くなるばかりなんで………はっ!た、立花先輩は!?」
「あ?大分前にどっか行っちまったが」
「~~~ッ、やられた!潮江先輩、本当にありがとうございました!失礼します!」

勢いに任せて頭を下げて挨拶し、第一ポイントへ向かう――はずが様々な妨害工作のおかげで間に合わなかった。

私が駆けつけたときには、罠にかかっているあの人を助ける立花先輩が居て(罠にかけておいて助けるなんてとんだキツネだ) 、私にニヤリと笑みを向けてきた。

だから、第二ポイントへは絶対に先回りしようと思ったのに。
思ったのに…!

「喜八郎ーーーー!!!!」

「呼びました?」
「呼びました!落とし穴には目印つけろって言ってるでしょ!!」
「タコ壷です」
「タコ壷だろうが塹壕だろうがなんでもいいよ!」

引き上げて欲しいと手を伸ばすと、思ったよりもあっさり助けてくれた。

「自力で出ればいいのに」
「……だよね…呼んだら来てくれたからつい。ありがと」
「いいえ、…おや」
「ん?」
「二つ目発動しましたね」

第二ポイントの方へ視線をやって呟く喜八郎の言葉に私は呆然とし、パクパク口を動かしてしまった。

名前先輩は保健委員に匹敵するくらい不運ですね」
「…そんなことない……そんなことないよ!!」

喜八郎は珍しく気遣うような表情で私を見ていた。
――余計切なくなるからやめて!


+++


そんなこんなで最終ポイント。
執念も手伝ってくれたのか、最後の落とし穴には先回りできた――全く意味がない形で。

「…私が落ちてどうするの…」

暗くて深い。優に三人は入れそう。

――保健委員に匹敵するくらい不運ですね。

喜八郎の台詞が浮かんで消える。
落ちた衝撃で軽く足をひねったらしい。
なんとか歩けるが、鈍い痛みが続いている。
持っている道具を広げてみれば苦無、鉤縄、手裏剣が少しとしびれ薬。いつもは持ち歩いてる犬笛も今日に限って修理に預けたばかり。
少し挑戦してみたものの、さすがに腕の力だけで登りきるのは無理だった。

(道具はあるのに出られないなんて、不運とすら言えない気がする…!)

この状況は、くのたま五年としても情けない。行儀見習いとしての入学だったとはいえ、四年間はきっちりくのたまして来たのに。

「立花せんぱーい…、喜八郎ー…」

穴に反響する自分の声が虚しい。

「藤内ー、伝七ー、兵太夫ーーー…!」

私がこの辺をウロウロするはずだと知っているのは作法委員だけだ。
誰か一人くらい様子を見に来てくれないものか。

「誰かいるのか?」

頭上から聞こえた声にハッとして顔を上げる。
反射で立ち上がろうとしたものの、痛みにつられて膝をついた。

「い…、います!居ます、ここ!すみませんが……………ッ、!!」
「うわ、深いな…大丈夫か?立てないのか?」

問いかけに答えているつもりが声が出ない。
心臓がやけにどくどく鳴っている。
だって、まさか……あなたが――




「久々知くん…」

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