カラクリピエロ

pretty dog


私の足元をつかず離れずついてくる愛犬を見下ろして、思わず顔が緩む。
知れず漏れてしまった笑い声を拾ったのか、影丸は足を進めながら僅かに鼻先を上げ、私を見上げた。

「…可愛い…!」
名前、わたしは?」
「…………可愛いとは、いえません、よね?」
「ちぇー」

頭の後ろで手を組んで、影丸とは逆側を歩く七松先輩は不満そうに唇を尖らせた。
…その様子は、ちょっと可愛いかもしれない。

(――いやいやいや!)

慌てて首を振って、その思考を追い払う。
日課にしている癒しのひと時、愛犬と過ごす時間に強引についてきた七松先輩は、どう考えても可愛くない。

「先輩、ランニングしないんですか?」
「今は名前がいるからいい」

笑顔で私に合わせてゆっくり歩く先輩を見て、一気に顔が熱くなってしまった。
それを知られるのが嫌で、急いで影丸の方を向く。
逃げたい気持ちの表れか、少し早足になった私を不思議そうに見上げた影丸の目がキラッと光ったような気がした。

タタッと小走りになった影丸が私を追い越し、引き離し始める。
走りながら振り返る愛犬は、遊びが始まったと思っているようで、いつもの散歩コースを(私を置き去りにして)ぐんぐん進んでしまう。

「か、影丸!」
「競争か?」

戸惑って愛犬を呼ぶと、数歩分後ろにいたはずの七松先輩が横にいて、ひょいと私を担ぎ上げた。

「え!?」
「よーし、山頂まで勝負だな!」

影丸と同じように目をキラキラさせて、七松先輩が私に「落ちるなよ」と短く言う。
それなら置いてってください、とお願いする暇もなく、先輩は走り出していた。

「いけいけどんどーん!!」

落ちるな、なんて言っておいて私を支えている腕はしっかり固定されてて微動だにしない。
米俵のように運ばれているせいでお腹が少し苦しいけれど、振り落とされる心配はしなくてもよさそうだった。

(……って馴染んでるのもどうかと思うけど)

振動にあわせて前髪が揺れ、少し浮く。
髪がなびくなんてどれだけ速いの、と思った瞬間、眼下に愛犬が見えた。

「影丸!?」
「とうちゃーく!!」

事態が把握しきれなくて固まる私を降ろす途中、七松先輩が首を傾げる。
どうした、と問いかけられたのがわかっても、呆然としたまま声が出てこなかった。

飼い主で親バカ的な贔屓目があるかもしれないけれど、影丸は足が速い。
身軽だし、なんたって四本足の獣だ。全力で走られたら私なんてとてもじゃないけど追いつけないのに――

「七松先輩、すごいですね…」
「日ごろの成果だ!名前、勝ったごほうびくれ!」
「…………また唐突に」

そんな約束してなかったでしょう。
言っても無駄だと思いながら一応口にしてみたら、七松先輩は意外にも考え込む様子を見せた。

視線がちらっと私の足元――影丸に向けられる。
件の影丸は短く呼吸を繰り返しながらパタパタしっぽを振って、おすわりの姿勢をとった。
その様子が可愛くて、そっと手を伸ばして撫でた。

「よしよし」
「それ!」
「?」
「わたしもそれやってくれ!」

七松先輩がビシッと指を差す先は、気持ち良さそうに目を瞑って鼻先を押し付けてくる愛犬。

「……これ、ですか?」
「“よしよし”も言うんだぞ?」

言うが早いか七松先輩が両腕で私を抱き上げる。
いきなり地面から浮いた不安定さに驚いて、咄嗟に先輩の頭を抱えてしまった。

「な、なんで私を持ち上げるんですか!」
名前の背丈では届かないだろう?」
「私じゃなくて、七松先輩が座ってくれれば……ちょ、ちょっと、先輩!」

まだ話の途中なのに、七松先輩が胸に頭をぐりぐり押し付けてくる。
苦しいのもあるし、なにより場所的に恥ずかしいんですけど。

「……やわらかい」
「わざとですか!!」
「世には胸まくらというものがあってな」
「聞きません!!」
「痛たた、痛い、酷いぞ名前!」

まげを強く引っ張って強引に話を打ち切らせる。
七松先輩は私を見上げ、「なにも今やれって言ってない」と不満そうに言う。
――当然、無視して聞かなかったことにした。

名前、聞いてるか?」

問いかけの返事をする代わりに七松先輩の頭を撫でる。
僅かに見開かれた両目がぱちぱち瞬きをして、直後嬉しそうに細められた。

「…………“よしよし”」
名前、」
「はい?」
「わたしはお前が好きだ」
「うぐ、」
「大好きだ!!」

ぎゅうう、と思い切り抱き締められ、息ができないくらい苦しい。
ドキドキするなんて甘いことを言っていられる余裕はない。
離してください、の意味を込めて肩を叩いたら、思いのほかあっさり腕が緩んで助かった。

ほっとして一呼吸した瞬間、口付けられたけど。

すぐに離れた七松先輩を呆然と見下ろす私に(まだ持ち上げられてたから、自然と先輩の顔が下だった)返ってくるのは満面の笑顔。

それが、可愛い、なんて。

名前、真っ赤だぞ」
「く、苦しいからです!」
「ふうん?まあいいけどな、可愛いから」
「…どっちが…」
「ん?」
「なんでもありません!」



プチリク消化。
名前さんが影丸を褒めてるのを見て、自分も褒めてもらおうとする小平太、でした。
畳む


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