カラクリピエロ

「待て」ができない


しつけは根気だ。
それから飴と鞭。
わかっている、わかっているけど……聞きわけがなさすぎる!!

「――七松先輩、い、加減に、して、くだ、さい!」

うつぶせのまま叫ぶように言って、腕を支えにしながら上体をあげる。
振り返ろうとしたら、私にのしかかっていた七松先輩の顔がすぐ近くにあって、そのまま頬に口づけられた。

「ちょ、な、」

にっと笑ったかと思えば顔を伏せて、今度は首筋辺りを舐められる感覚。
ぞくりと粟立つ身体と勝手に漏れる声が自分のものじゃないみたいで、慌てて口を塞いだ。
支えがなくなったことでまた床に逆戻り。
せめて、七松先輩を押し返そうとしたのに、その手を取られてしまった。

「飽きた。名前、もういいだろう?」
「ぜ、全然、できてなかったじゃないですか!」
「わたしは名前と遊びたいんだ」
「だったら頑張ってくださいよ」

取られたままの手をぶんぶん振って抗議すると、七松先輩はその手を掴んで動きを止め――唇を寄せた。

「ま…、まっ、待って!待ってくださ――ッ、」

ちゅう、と吸われ、舐められたのがわかって言葉が切れる。
思い切り目を瞑って見ないようにしたら、感触が余計鮮明に伝わってきて泣きそうだ。

動きたいのに動けないし、なんだか七松先輩の視線が鋭くなった気がしてなかなか声が出てこない。
そうこうしていたら仰向けにされ、顔の両側に腕をつかれた。

「なあ名前、食べていいか?」
「……た、食べ…、え、は!?いやですよ!」

七松先輩に頭からかじられるのを想像してゾッとしながら、さっきのは味見ですかと混乱する頭で考える。
先輩はにこにこ楽しそうに笑ったまま、私の頬をゆっくり撫でた。

先輩自身の唇を舐める動きが舌なめずりに見えて、逃げるためにはどうしたらいいか、必死に今の持ち物を思い出す。
考えはまとまらないし、まとまらないから言葉にもできないし、でも食べられるのは嫌だ。

「せ、先輩、『待て』ですよ、『待て』!さっきもやりましたよね!?」
「できなかったけどな!」

それは嬉しそうに言うことじゃありません。
愛犬にするように手を前に出し、先輩の胸を押す。
ゆっくり目を閉じた七松先輩は「よし」と呟いて私の腕を掴み、床に押し付けた。

「は!?」
「……なんかこれヤバイな」
「え、ちょっ、『よし』は私が言う台詞であって、先輩は――ん、ん、ん~~~~っっ!!?」

がぶっと噛み付くみたいにいきなり口を塞がれて、いよいよ捕食されるんだと思ってしまった。

――後から考えれば馬鹿だったと思うけど、このときは本気で食べられると思ってたんだから仕方ない。

混乱しながら足をバタバタさせても意味は無く、それどころか先輩の指が顎にひっかかってて顔も動かせない。
ぬるりとしたものが口の中に入ってきたのに驚いて、思わずそれを噛んでしまった。

「ッ、…さすがに、舌は鍛えてない…」

七松先輩が涙目で軽く舌を出しながら呟いたけれど、私は先輩に構う余裕がない。
ドキドキしっぱなしの心臓を押さえてから、今のうちにと匍匐前進を始めた。

「――名前、待て」

ここで動きを止めてしまったのは失敗だったと思う。
一応、私が飼い主で先輩が飼い犬ってことになっているはずなのに、どうして私が先輩の命令に従っているのか――日ごろの条件反射もあるかもしれないと、どこか冷静に考えながらぎこちなく振り返った。

「よしよし、いい子だな!」
「せ、先輩こそ、できるようになってくださいよ!」

私の可愛い愛犬ですらできるのに、先輩の堪え性の無さは酷い。
寄ってきた先輩はぽんぽんと私の頭に手を置いた後、その手を肩に回した。

「もう少しゆっくりしていってもいいだろう?」

さりげなく出入り口の方を塞ぐ七松先輩を呆然と見上げる。
不思議そうに顔色悪いな、と覗き込んでくる先輩に、あなたが原因です、と言ってやりたかった。
生憎、とっさに声がでなくてできなかったけど。

「わたしもなるべく頑張ってやるから」
「習得する気あったんですね…」
「ただな、二人きりのときは無理だ!」
「断言しないでください!」

というか、それ言い切られたらこれ以上ここに留まっても意味ないじゃないですか。

にこにこしながら「やり直しだ」なんて言い出す先輩をジト目で見返し、本格的に誰かの助力を請うべきかもしれないと考えた。





「ところで、なにをやり直すんですか」
「ちゅー」
「!?」
「今度は噛むなよ?」
「ちょっ、しませんってば!」
「絶対する!」



題:リライトさま/駄犬五題
プチリク消化。
中々「待て」を覚えない七松犬、でした。全然しつけできてない件
畳む


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