カラクリピエロ

わたしのものになりなさい


「わたしはお前が欲しいんだ」

ぴたりと横について歩く七松先輩を一瞬見たものの、足を止めずに飼育小屋を目指す。
目を合わせたら危険だ。
耳を貸すのも危険だけど、既に届いてしまったから手遅れだった。

私じゃない。私のことじゃない。
そう言い聞かせようとしたのに七松先輩はそれを許してくれない。

名前ー、少しは反応してくれないと寂しいぞ。それとも言葉が足りなかったか?名前が欲しい!いつも傍に置いておきたい!触りたい!」
「わあああああ!もうやめてください勘弁してください!」

無視しきれずに口を挟むと、七松先輩は嬉しそうに笑って私の首に腕を回してがしっと肩を組んだ。

立花先輩の許可がでたからと部屋に連れ込まれたあの日から、毎日かかさず――それこそ朝昼晩と――私はこの人と顔を合わせている。
恋歌から始まった謎の実験のせいなのか、この人は私の弱点を的確に捉えている気がする。過度なスキンシップと直接表現。
連日にわたる攻撃(私にとっては間違ってない)に、もうこの腕を振りほどく気力も湧いてこない。立花先輩を根負けさせた勢いを身をもって体験することになるとは思わなかった。

「少しは懐いたか?」
「はは…なんかもう大型犬とか、そう思えば可愛いかなって…」

疲れて投げやりになって言う。
さすがに怒るかなと思ったものの、それでもいいやと思った。

「…………犬か」
「…七松先輩?」

ぽつりと聞こえた声に反応して顔をあげると、ふっと一瞬だけ視界が影ったあと七松先輩の後ろ髪が見えた。
頬にも少し触れててくすぐったい。なんて暢気にしていられた時間はすぐに終わった。

「いった!?え、ちょ……、は!?」
「へへっ、甘噛みだ!」

満面の笑みの七松先輩を呆然と見る。
甘噛みの割には結構痛かったんですけど。
無意識に噛まれた首というか肩というかその辺に手をやって、段々何をされたのか自覚した。

「な、ななな、なにするんですか!!」
「わたしは犬だからな。ちゃんとマーキングしておかないと」
「マーキング!?」

先輩の口ぶりに慌てて箇所を見ようとしたけれど鏡でもない限り自分では見えない。
水でもいい、井戸、池!!
飼育小屋の近くならあるだろうときょろきょろしていたら、両頬を挟まれて動きを止められた。

名前…わたしの飼い主にならないか?」

ぎょっと目を見開く私なんてお構いなしで、今度は鼻の頭を軽く噛まれる。
どうしてすぐに、いつもみたいに「お断りです」って言えなかったのか。
ゆるく目笑する先輩に見惚れたなんて、そんなの絶対、ないんだから。





「っていうか噛むとか…!歯型、つけてませんよね!?」
「ん?」
「え?」
「……言わない!」
「はあ!?ちょ、七松先輩!苦しいですっ」
「さあ名前わたしを構え!好きなのはボール遊びだぞ!」
「そのネタ引っ張るんですか!?」

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