カラクリピエロ

未だ眠れる恋つぼみ(3)


乱太郎が到着する前に、私はやや強引に菜園に連れ出されてしまった。
…どうも三治郎の笑顔には逆らえない気がする。

ううむ、と腕を組んで三治郎に目をやると、彼は新作らしいからくりを手に菜園に備え付けの水場でゴソゴソしていた。

「何してるの?」
「準備。水入れて、空気を送って…」

聞けば、新作は簡単に広範囲に水を撒くことができるからくり、らしい。

「で、これを切り替えればここから水が出てくる…はず」

にこにこ笑顔で説明を終える三治郎が示すスイッチを見て、私は勢いよく手をあげた。

「私やりたい!」
「うん。じゃあこっちで…あ、あんまり顔近づけないほうが――うわあ!!」

三治郎の言葉を聞ききる前に、私はスイッチを切り替えて、顔面に勢いよく水を浴びていた。
効果音にするならブシャー!!って感じの……

「だ、大丈夫!?」
「うっ、うぅ……はなに……」

けほけほ咳き込んで、痛む鼻を押さえ、勝手に出てくる涙に目を閉じる。
三治郎が顔に押し付けてきた手ぬぐいを受け取って、遠慮なく使っていると「うーん」と考え込む声が聞こえた。

「何がおかしかったんだろう…空気入れすぎたかな…それとも水の出口が…」

ぶつぶつ言いながらからくりを色んな角度から眺める三治郎。
水の出方もおかしかったけど、勢いもおかしかったと思う。

黙り込む三治郎の近くで腰を下ろして、目に付いた雑草を抜く。
見られている気がして顔をあげると、三治郎も私の隣に座った。

「…ごめんね。上手くいけばさ、虹が見せられたかもしれないんだ」
「へぇ…できたら綺麗だろうね」
「僕は、名前に一番最初に見てもらいたかったんだよ」

どこかしょんぼりしているように見えたから慌てて手を振る。
なんて言っていいかわからなくて、咄嗟にありがとう、とお礼を口にしていた。

「気持ちだけでも嬉しいよ!それに、成功したらまた呼んでくれれば」
「…じゃあさ、成功するまで傍に居てくれる?」

急に真っ直ぐ見つめられてドキッとした。
名前、って呼びかけてくる三治郎に手を握られて、なんだか落ち着かない気分になる。

「なんで…私が、さいしょ?」
「…………やっぱりこれじゃ伝わらないか」

小さく溜息をついた三治郎が表情を緩め、いつも通りの優しげな笑顔を見せる。
それに安心して立ち上がると、握られたままだった手を軽く引かれた。

引っ張って欲しいのかと思って両手で掴みなおして引き上げる。
勢いでよろける私を、今度は三治郎が支えてくれた。

「……さっきの理由だけど」

僅かに俯きがちに紡がれる言葉の続きを聞き逃さないように息を潜める。
三治郎はふっと笑って小さく首をかしげると、人差し指を唇の前に立てた。

「それは成功したとき言いたいんだ。だから――」

ごく、と息を呑んだ私は、直後に背後から聞こえた葉擦れの音で思い切り身体を震わせた。

「な、なな、なに?」

驚きでどもるのは私だけで、三治郎は至って冷静なばかりか呆れたような溜息を吐く。

「金吾ぉ~」
「え、金吾!?」
「あ、っと、ごめん!邪魔するつもりじゃ…」
「本当に?」
「も、もちろん!」

ビシッと直立する金吾と、それを半眼で見る三治郎のやりとりを交互に見てようやく心臓が落ち着いてくる。
続きを聞き逃しちゃったなと思って三治郎を見たら、にっこり笑った彼が新作のからくりを持ち上げていた。

「金吾、ちょっとここ持ってくれる?」
「え?こう?」
「うん、そのままね」

それはさっき私が身をもって体験した逆噴射の失敗作。
ちゃぷ、と聞こえるのは水の音で、いつの間に補充したのかと思わず目を見開く。

「ちょ、三治郎それ――!?」

止めようとしたけれど少し遅かった。
えい、と極めて軽く言いながら、三治郎はスイッチを切り替え、見事に金吾の顔面に勢いよく水を浴びせていた。

「やっぱり駄目か……」
「げほっげほ…、さ、さんじろ…やっぱり怒ってるじゃないか!」
「違うよただの八つ当たりだよ」
「余計悪いよ!」

腕で乱雑に顔を拭う金吾に手ぬぐいを渡す。
お礼を言われたけど、元は三治郎のだからちょっと複雑だ。
わざわざ訂正するのも面倒だったから、どういたしまして、と苦笑気味に返した。

金吾に悪戯(と言ってもいいんだろうか)を仕掛けた三治郎は、大袈裟なくらい大きな溜息をつくと、金吾に向かってひらひら手を振った。

「僕これから水遣りするから移動してね」
「うん、わかってる。名前、行こう」
「え!?」

当たり前みたいに促してくる金吾に戸惑いながら三治郎を振り返ると、彼は肩を竦めて「続きはまた今度」と言いながら笑った。

「ああでも成功するまで…っていうのは、覚えておいてくれると嬉しいな」
「う、うん」

ぎこちなく頷いた私ににっこり笑顔を寄越して背を向ける三治郎をぼうっと見ていたら、ポンと肩を軽く叩かれて飛び上がった。

「あ、ごめん」
「金吾…そういえば、金吾も私に用事なの?」

なんだかんだで乱太郎から続いている『は組』との遭遇は金吾で六人目になる。
見上げながら問いかけると金吾は「今日の名前は人気者だよね」と言いながら笑った。

答えになってない。 むっとしつつ、さりげなく私を誘導するように移動する金吾についていく。

名前は用事あるの?」
「……暇だったけど」
「ならよかった。じゃあ、はいこれ」

金吾がおもむろに取り出したのは竹光が二本。
そのうちの一本を私に差し出してくるから思わず受け取ったけれど、これもやっぱり答えにはなってないと思う。

「金吾、理由になってないよ!なんで『は組』ってそうなの!?」
「ええ!?」

ひと括りにしないで、と言いながら慌てる金吾が、ごほんと一つ咳払いをした。
それから改まって頭を下げる動作にびっくりする。

名前さん、僕と手合せしてください」
「……なんか、きもちわるい」
「ちょ、酷くない!?」
「だって金吾がそんな丁寧に言うのすっごく真剣なときだけじゃん」

目的は?って首を傾げたら、金吾はちょっと視線を泳がせてから苦笑した。

「勝ったら僕のお願い聞いて」
「えー…いつも金吾が勝つのにそれずるくない?」

私は忍具でもなんでも使っていいけど、金吾は竹光のみ――これが金吾と手合せするときの決まりごと。

私にだいぶ利があるにも関わらず、大体は金吾の圧勝だ。悔しいからたまに戸部先生のところに行って金吾の弱点調査だとか剣術のコツを教わりに行ってるのは内緒。

金吾のお願いがなんなのかはわからないけど、一方的じゃつまらない。
思わず唇を尖らせる私に、金吾は「そっか」と呟いた。

「…名前は今日も負ける気なんだ」
「三本勝負!一本でも私が取ったら私の勝ち!」

金吾を睨みながらびっと指を三本立てて条件を出す。
しまった、と思ったときには金吾が嬉しそうに笑って「了解」と答えた後だった。

「負けた~!もー!!瞬殺って酷くない!?今日全然手加減してないでしょ!!」
「ごめん、時間制限あってさ」

息が乱れる暇もなく、あっという間に三本取られた。
木陰に移動して膝を抱える私を、困ったように笑う金吾が見下ろしてくる。

同じような台詞を他の誰かも言ってた気がする、と思いながら溜息をついて覚悟を決めた。

「…で、お願いってなに?無理難題は駄目だからね」
「もちろん。逃げないでいてくれるだけでいいんだ」

ホッとしたように表情を緩ませながらのお願いは、わざわざ勝負をしてまでするようなことなのかと聞き返さずにはいられないような、そんな些細なものだった。

私が金吾に逃げられる(くのたまの悪戯とかで)ことはあっても、逆は今までない。
金吾から逃げるなんて、考えたこともないのに。

「そんなの頼まれなくても――!?」

差し出された手に掴まって立ち上がると、そのまま強く引かれて金吾にぶつかった。
右手を取られたまま、金吾の腕が背中に回る。
何が起こったのかわからなくて、素早く瞬きを繰り返す。
私の視界にあるのは金吾の肩で、背を抜かれたのはいつだっけと妙に冷静に考えていた。

名前は…、小さくなったね」

唐突に囁かれてドクリと心臓が跳ねた。
自分の考えてることが伝わってしまっただろうかと、なんだか焦ってしまう。

「やわらかいし、力だって弱いし、手だって…僕とは全然違う」
「っ、きん、ご!?」

言いながら金吾の左手が私の右手をやんわり握り、右手が背中を撫でる。
口はパクパク動くけど、上手く声がでなかった。

金吾が告げる度に、自分との違いを意識させられる。
そうして気付いてしまった途端、心臓がドキドキしだして苦しい。

「金吾が…、金吾が、おっきくなっちゃったんだよ!ちょっと前まで私より小さかったくせに!」

かろうじてそう言えば、金吾がくすっと笑う気配がした。

「……うん。僕は…名前より大きくなりたかったんだ、ずっと」

ゆっくりと、優しく聞こえる声にちっとも治まらない心臓の音が重なる。
まだ続きがありそうな話を聞きたいような、聞きたくないような、不思議な気分で目が回りそう。

「――どうしてかわかる?」

わからない。
そう答えたつもりだったけど、それが口から出てくる前にボンッと聞こえた破裂音と真っ白な煙幕で咳き込むはめになっていた。

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