カラクリピエロ

歩くような速さで(8)


※尾浜視点





――イライラする。
自分で言いだしたくせに、いざ実際に名前がいないと落ち着かない。
名前がおれを安定剤に使ってるんだと思ってたけど、おれもそうだったなんて…気付きたくなかった。
こんなの余計におれが求めるばっかりで不公平だ。

「……っても、お前実は片想いだったんだろ?」
「そこに触れてくるとかね、ほんと酷いよね八は!」

ダン、と湯のみをテーブルに叩きつけて腕を枕にうつ伏せる。
酔っ払いかよ、と呆れた声が返ってくるのを聞きながら『勘ちゃん』とおれを呼ぶ名前を思い浮かべていた。

名前があいつを放置してまっすぐおれの方へ向かってきた時にはちょっと期待したのに。“オツキアイ”ってなんだよ。一足飛びすぎるだろ。あの男の笑顔も言い方も、なんか腹立つ。

さっきだって、おれのところに来てた名前を言いくるめて連れてっちゃうし――名前の無茶っていうかわけわかんない理由(この席に導かれたかなんとか)がなんか可愛なって思ってただけに、邪魔された苛立ちも大きい。

「あーあ……八左ヱ門じゃ物足りない」
「散々愚痴聞いてやっただろ!そんな顔すんなら引きとめればよかったじゃねーか」
「なんでってなるじゃん」
「駄目なのかよ」
「だめ」

幼馴染だからなんて理由じゃ弱すぎる。
かと言って好きだからってあっさり言っちゃうのは悔しい。
けろっと『私も!』って返ってきそうだし、その“好き”は絶対おれと同じじゃないからだ。

名前の“好きかもしれない”が確定する前にどうにかしたいのに、どうにもできないのがもどかしい。

+++

「勘ちゃ…、勘右衛門!」

翌日の昼、ぶらついてたおれは名前に呼び止められて足を止めた。
ゼェゼェと荒い息を吐いている彼女を見るにおれを捜してたんだろうか。
額に張り付いた前髪をよけて手ぬぐいを押し付けてやると、名前は「ありがとう」と言いながら嬉しそうに笑った。

――おれは何をしてるんだ。これじゃいつも通りの世話焼きな幼馴染だ。
今までとは違うんだって名前にわからせたいから色々我慢してるのに、染み付いた行動は身体を勝手に動かしてしまうものらしい。

「も、いいでしょ?」
「は?」

ぎゅっと手ぬぐいを握り締めて、片手はおれの装束を掴んで言う名前の話には主語がない。
名前を見返せばおれが頷くのを待ってる顔で、しかも“お願い”って目で訴えるおまけつきだ。
彼女の手を自分から離しながら心を落ち着かせ、口では「何が?」とさりげなく言葉を紡ぐ。
別にはぐらかしているわけじゃないのに、名前は誤解したらしくムッと不満そうな顔になった。

「私、勘ちゃんは幼馴染だってあの人にちゃんと言ったよ。だから一緒にいてもいいでしょ?」
「…………それは…もうあいつに誤解されないから?」
「っ!?か…勘ちゃん、手、痛い」

名前に言い返しているのは自分の声なのに、どこか遠い。

――誤解されるから。
名前を納得させるためにそう理由付けたのはおれ。
協力だからと思ってもないことを言ったのもおれ。

なのに名前の口から伝わったと聞いた途端、すうっと血液が下がっていくような感覚を味わった。
痛さに顔をしかめる名前を引き寄せて、不安げに揺れる瞳を覗き込む。

「勘ちゃん…?」
「やっぱり、こうしとけばよかったんだ」
「なん――」

そこから先はおれが飲み込んだせいで途切れて消える。
びくりと震えた名前が抵抗するようにおれの胸を叩いたけど、おれはその手を握りこみ、より強く唇を押し付けた。

「…ん、」

苦しそうな、どこか艶っぽい声を合図にそっと唇を離す。
呆然とした顔で固まる名前の頬を包むようにして触れると、彼女は思い出したように瞬いた。

「おれの好きな人、知りたがってたよな」
「っ、」
「お前の知ってる人で、くのたまで、おれにとっては誰よりも可愛い」

少し前に質問責めにされたことを思い出しながら、それに答えるつもりで口にする。

「甘えたがりでわがままで、子供っぽくて手が掛かる……おれの、幼馴染でさ」
「勘ちゃ、」

「――名前は苗字名前っていうんだ」

わざと音を立てて口付けを落とし、反応を見る前にきつく抱き締める。
おれの胸元に顔を押し付けられている名前には心臓の音が伝わってるだろうと思ったけど、もういい。これで伝わるならいくらだって聞かせてやる。

どれくらいそうしてたのか、ぴくりと動いた名前が苦しいと訴えてくる。
少し腕を緩めるとゆっくり顔を上げ、素早く何度も瞬いた。

「…………か、勘ちゃんは、私…が、好きなの?」
「好きだよ。女の子として」

幼馴染としてじゃないから。
先手を打つと、まさにそれを聞こうとしていたらしい名前は言葉を詰まらせた。

「…いつから?」
「さあ。そんなのわかんないくらい、ずっと」

困った顔になった名前に笑うと益々眉尻を下げて視線を下げる。
今にもごめんと言い出しそうな口を片手で覆って「謝るなよ」と釘を刺し、かすかに頷いたのを確認してから彼女の頭に顔を押し付けた。

名前がおれのことそういう風に見てないのは知ってるよ。名前はお子ちゃまだから」

普段の調子でからかい混じりに言ってやると、名前は不機嫌そうな気配を漂わせて身じろぐ。
それを無視して抱き締めなおしたら「うわっ」と色気のない声があがった。

「……“うわ”って」
「だって、勘ちゃん、こんな…ぎゅーってしたことないでしょ!?」
「ほんとは名前が抱きついてくる度にしたかったけど、我慢してたんだよ」

黙り込む名前が気になって顔を見ると、なにそれ、なんて呟きながらぎこちなく視線を逸らす。
なんだこの反応。可愛すぎるんだけど。

「なに、ちょっとは意識した?」
「勘ちゃんは、勘ちゃんだもん……私の幼な――ん!?」

ちゅ、と音が鳴って唇が離れる。
名前は間抜けな顔でおれを凝視して、カーッと顔を赤くした。

「な、ばっ、またした!!」
「幼馴染って言おうとしたらまたする」
「なんで!?」
「お前なんのためにおれが“離れよう”って言ったと思ってんの」

今までの流れでわかるだろうと思えば懲りもせず「誤解されないためでしょ?」と言いながら首をかしげる。
口元を庇いながら視線をうろつかせて考えた答えがそれって…おれ可哀想。

名前ちゃん見ーっけ」

こうなったら名前が理解するまで説明してやると自棄になりかけていたおれは、その声に反応して素早く顔を向けた。
勝手に顔が険しくなるおれを気にした様子もなく、にっこり笑う。

「いくら幼馴染だからって人の彼女と密会はよくないな」

笑顔で言われたそれはおれにグサグサ突き刺さり、思考が止まる。
その合間に名前の腕を引いて「それじゃあまたね」とおれに手を振るまでの動作が流れるようで、不覚にも三郎がおれの肩を慰めるように叩くまで動けなかった。

「……あいつ、わざとだろ、絶対!」
「言わなかったか?あいつは女には超がつくほど親切だが、男にはものすごく冷めてるぞ」
「最悪だ…」

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