カラクリピエロ

歩くような速さで(5)


※久々知視点





――心配させたくないから言うけど。

そんな切り出し方で始まった勘右衛門の話を聞いて、まるで別れ話だなと感想を抱いた。
名前は別の忍たま(誰だったか…)が好きかもしれないんだからちょうどいいだろ、って言う勘右衛門は思いっきり嫌そうな顔をしていたが。
頑なに“かもしれない”にこだわってるのがなんだか笑える。

で、それを聞いたのは昨日の晩だったと俺は記憶してるんだけど。

名前…お前昨日の話ちゃんとわかった?」
「わかってるもん!」
「なら、」
「わ、私は!勘右衛門じゃなくて兵助くんに会いに来たの!!」

今までも日に一度は見ていた戸口での問答に、今までとは別の名前(つまり俺)が含まれていた。
頼むから巻き込まないで欲しい。本当に、心からそう思う。

――俺はなにも聞いてないし聞こえてない。

そう自分に言い聞かせて目の前の課題に没頭する振りをした。しかし、案の定同じ箇所を何度読んでも内容が頭に入ってこない。
ふーん、といささか低い声で応答する勘右衛門がこっちを見る気配がする。

「じゃあおれはちょっと出かけてくる。兵助、こいつのこと頼むな」
「は!?」
「っ、勘ちゃ、」
「そこに入ってる菓子食べていいから。ゆっくりしていきなよ」

理解できなくて顔を向けたら、勘右衛門が名前の頭に軽く手を乗せ、本当に部屋を出て行くところだった。
あからさまに肩を落としている名前はしばらく勘右衛門を見送って、部屋に入ってくる。少し意外だ。

「…………追いかけないのか?」
「勘右衛門はああなると頑固だから…」

勘右衛門がいつもいる場所に座って答える名前に、いつもの明るさはない。
あいにく名前にかけてやる言葉が浮かんでこなかったから、筆をおいて課題をよけ、勘右衛門が食べていいと言った茶菓子を出してやった。

「…なんか…あんまり、おいしくない」

一口食べて動きを止めた名前の手元を確認する。
おかしいな。勘右衛門は“名前の好きなやつ”って言ってた気がするけど。
そう言ってみたら名前は頷いて「おかしいね」と呟いた。

――空気が重い。
思えばこうして名前と二人きりという状況は滅多になくて、けれどたまにそういう状況になっても名前が色々(といっても勘右衛門関係だったと思うが)話していたから気にしたことがなかった。

名前、お前…その…あいつはいいのか?」
「勘右衛門?」
「じゃなくて、確か……は組の」

何か話題、と思って口にしたそれが悪かったのか、名前が泣きそうな顔になった。
勘右衛門じゃなくても、この際誰でもいいから、この状況をなんとかしてほしい。

俺の願いが通じたのか、ちょうどいいタイミングで八左ヱ門が勘右衛門を尋ねに来た。

「は!?勘右衛門いねぇのかよ!どこ行ったんだ?」
「…いや、知らないけど。約束でもしてたのか?」
「さっき部屋に来て“渡すものあるから来い”って……名前、大丈夫か?どうした?」

あいつは何がしたいんだ。
助かったとは思うが、勘右衛門の謎の行動は俺の理解が追いつかない。
小さく溜息をつく俺の横をすり抜け、当然のように部屋に入ってきた八は、消沈している名前に気付いて頭に手を乗せていた。

「……ハチくん…好きって、どんな気持ち?」
「あ?なんだ?好き?何が?俺が?」
「なんで八なんだよ」
「もし好きな人ができたら、どうするの?」

俺と八左ヱ門のやり取りなんか耳に入ってないみたいに、名前は考え込んでいる。
思わず八と顔を見合わせてしまったが、名前の問いには想像でしか答えてやれない。
名前はそれでもいい、と頷いたから。俺も八左ヱ門も一緒になって唸ることになった。

「やっぱ見るだけってつまんねーだろうし、近づきたいって思うだろ。話したいとかさ」
「そうだな」

八に頷きを返し、隣を見る。
黙りこくった名前は視線をウロウロさせてからぎこちなく頷いた。
……なんとなく、勘右衛門が“かも”にこだわりたがる理由がわかった気がする。

「――名前、とりあえず知り合いになってみたらどうだろう」
「え!?」
「おい兵助、それって」
「勘右衛門はそれを見越した上で今の行動に出てるんだから、問題ないだろ」
「で、でも…………ううん、そうだよね。勘右衛門は私のために協力してくれてるんだもんね!」

ぐっと両手を握って意気込む名前を横目に八左ヱ門が声をかけてくる。
なんだと視線で返せば、八は「いいのか?」と小さく言った。

「さあ」
「……お前なぁ」
「駄目なら勘右衛門が勝手に何とかするって」

八左ヱ門はしばし無言になり、納得したのか「それもそうか」と言いながら溜息混じりに頭を掻いた。

「ただいまー」

「おかえり!勘ちゃんあのね、私頑張るからね!」
「……うん、頑張れ」

戻ってきた勘右衛門にいち早く反応した名前は、パッと立ち上がって戸口に移動し、意気込みを語っている。
それに微笑んで返す勘右衛門はその言葉通り本当に応援しているんだろうか。

(……まあ、建前だろうな)

「おい勘右衛門、呼んでおいて留守とかやめろよなー」
「ああごめん。これね」
「ってお前…!持ち歩いてんならさっき渡せよ!!」

憤る八を宥めているのは何故か名前で、勘右衛門はしれっといつもの位置に座る。意図を探ろうと観察するように見ていたら、居心地悪そうな表情で溜息をつかれた。

「なんだよ兵助」
「いや、八左ヱ門よこした理由を考えてた」
「万が一が起きたら困るし」
「は?」
名前ー、お前これ食べかけ!残すの?」

万が一ってなんだ。
俺に対してか?それとも名前に対してか?両方か?

疑問符ばかりが浮かぶ俺に追求する隙を与えず、勘右衛門は名前が一口だけ食べた茶菓子に話を移してしまった。

「これ味悪くなってたよ」
名前の味覚が変なんだろ」
「だってほんとに……むぐっ」

残りを半分に割って片方を名前の口に押し付け、もう片方を自分で食べながら訝しげに眉を寄せる勘右衛門には是非とも“距離を置く”の意味を聞いてみたい。

「美味いじゃん」
「…………だって、さっきは…ほんとだもん」
「はい、食べ終わったんなら帰った帰った」
「勘右衛門、明日、校舎行くから」
「……は組の場所わかる?」

追い出しにかかったと思えば過保護な面を見せる勘右衛門に、もう対応が身体に染み付いているんだろうなと思った。

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