カラクリピエロ

歩くような速さで(4)


※尾浜視点





「男の子ってそうなの……?」

若干ジト目になった名前の問いかけに笑って誤魔化す三郎と、「さあ…そうなんじゃないか」とまるで他人事みたいに答える兵助を犠牲にしながら小さく溜息をつく。本当、勘弁して欲しい。

これを機におれを男に見始める――そんな都合のいい展開にはならないんだろうなきっと。

五年は組にいたらしい名前の想い人(仮)に気を取られていたから、彼女の突飛な行動への対応が遅れた。そのせいで無駄に取り乱してしまった。
それを目の前の二人に気付かれたのも失敗だ。

溜め息混じりに眉間に皺を寄せると、バチッと三郎と目が合った。
どうやら名前を上手く誘導し、その矛先を兵助にだけ向けさせているらしい。ニヤリと歪む三郎の口元を見て頬が引きつる。

「なあ名前、一般論はともかくあいつの情報欲しくないのか」

にこにこ胡散臭い笑みを浮かべ、唐突に切り出す三郎の足を踏んづけてやろうと自分の足を勢いよく降ろす。
だけど、さっき脛を蹴ったせいか今度はサッと避けられてしまった。

余計な茶々を入れられる前にと思って兵助に説明させたのに、裏目に出たのかもしれない――まったく、本当に大失敗だ。

「欲しい!え、ほんとに?無料?」
「褒美だと言っただろう?」
「三郎くん素敵!かっこいい!太っ腹!」

現金にはしゃいで三郎を持ち上げる名前に気をよくしたのか三郎は上機嫌で、隣で「…………助かった」と呟く兵助との温度差が酷い。

ともかく、おれとしても労せず情報を手に入れられる機会を逃す気はなかったから口を挟みそうになるのをこらえた。

名前に始まりクラスの座席。成績は良くも悪くもない。
特に突出して得意なものはなく、どちらかといえば実技よりも座学の方を好んでいる。身長、体重、誕生日――三郎から展開される情報を無意識に頭に入れながら、逐一うんうんと頷いている名前をちら見する。
嬉しそうにおれの袖を掴んで揺らしている名前に、よかったねなんて笑ってやるほど心は広くない。

「――…あとは、そうだな…年齢・外見問わず、女には非常に親切だ」

チラッとこっちを見る三郎は、この情報をおれに言いたかったんだろうと思う。
勝手に寄ってしまう眉間をほぐして名前の反応を見れば「へー」の一言。それで終わりか。

名前、三郎の言ってることわかってる?」
「え?だから私のこと助けてくれたんだよね?」
「……そうだよ。お前だけじゃないってこと」
「誰にでも親切ってすごいなあ」

女限定って言ってたけど。聞いてた?
いまいちおれの言いたいことが伝わってない反応に溜息がでる。
おれはさっきから何回溜息をついてるんだろう。

「勘右衛門、反応薄い!」
「じゃあなんて言えばいいんだよ。“あいつの目の前で困れば構ってもらえるよ、よかったな”って送り出せばいい?」
「……どうしたの勘右衛門」

眉尻を下げて不安そうに覗き込んでくる名前を見てすぐに後悔した。
おれは自分で思ってる以上に余裕がないらしい。苛立ちを名前にぶつけるなんて最悪だ。

「…ごめん名前。おれ先に戻るよ」

三郎と兵助にも伝わるように立ち上がりながら言えば、すぐに名前が「私も」と腰を浮かせたけれど、おれは膳を指差してそれを止めた。

「まだ残ってるだろ」
「すぐ食べ終わるから、待ってて」

置いていきたいのに、おれの袖を掴んで引き止める名前はずるい。
知っててやってたらどついてやるのに。
黙って腰を下ろす。名前はほっと息をついて箸を持ち上げた。

「――勘右衛門も親切だよな」

急に口を開いた兵助を疑問混じりに見たけど兵助は小さく笑うだけで答えない。
名前へ視線をやるからつられて彼女の方を向けば、名前はもぐもぐと懸命に口を動かしながら嬉しそうに笑っていた。

「でしょ!」
「……なんでお前が威張るんだよ」
「だって勘ちゃんが褒められると嬉しいから!」

にっこり笑顔でおれを見る名前はすぐにご飯の方に向き直ったけど、今は助かる。
呼び方を訂正するのも忘れて視線を外すと「名前限定だけどな」と三郎の呟きが聞こえた。

――別にいいじゃん、名前限定だって。

「あのさ、名前
「うん?」

結局一緒に食堂を後にして長屋へ続く廊下を歩く。
当たり前みたいに隣についてくる名前を見下ろして、ずっと考えていたことを彼女に告げた。

「おれたち、しばらく離れたほうがいいと思うんだ」

名前はきょとんと目を丸くして足を止める。
今までは名前に合わせて立ち止まるところだけど、今回おれはそのまま歩き続けた。当然開く距離と寂しくなる隣に一度振り返ったら、バタバタ走ってきた名前が背中にぶつかってきた。
ドン、と言うよりドスって感じに響いた鈍い衝撃によろける。この石頭。

「……なんで全力でつっこんでくる、ちょっと、名前!?」

ぎゅう、と後ろから抱きつかれる形になって内心焦った。
やっぱり都合良くいかなかったと思いながら腹に回っている腕を掴むと、離すまいとするように装束をきつく握られる。

――だから、こういうの困るんだってば!!余計意識しちゃうから!!

「…名前、離して」
「なんで?」
「なんでって当たり前だろ」
「だから、なんで?」

あやすように、装束を握る名前の手をぽんぽんと叩く。

「おれと名前が一緒にいるとあいつに誤解されるから。おれなりの協力だよ」

極力いつも通りに聞こえるように、慎重に口にする。
は組のあいつには思いっきり誤解させてやりたいのが本音だけど、おれはまず同じ土俵に立ちたい。名前にちゃんとおれが男だってことを意識させたいんだ。

「遊びに来るのも?」
「だめ」
「一緒にご飯は?」
「それも」

名前が嫌だと言いたげに頭を擦り付ける。
あーもー…おれ、これにすっごく弱いんだけど。

ぐらぐら揺れて今にもくじけそうな心を叱咤して、思い切り首を振った。
今回だけは鬼になるって決めたんだから。

おれに折れる気がないのを感じ取ったんだろう(大抵は「仕方ないな」って言っちゃうから)、名前は更に強く頭を押し付けてから腕を緩めた。

「…………いつまで?」
「――名前次第かな」

あとおれの忍耐度。
こっちはもちろん秘密だけど、と思いながら名前の手をそっと離した。

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