06.旅立ち
ヴェイグ一行について姉を追うことを決意したティトレイは、旅の準備をしながらナマエを思い浮かべていた。
目を閉じて、自身のフォルスを感じる。
先ほどは姉を取り戻したい一心で暴走させてしまったけれど、この一年ペトナジャンカで能力者であることを隠し通せたのはナマエのおかげでもあった。
まるで覚えたての内容を得意げに話す子どものように、そのときばかりは年上ぶって――実際彼女は一つ…否、数ヶ月ほど年上だが――『いいですか、ティトレイくん』なんて気取った喋り方をしていた。
ナマエ自身扱いは不慣れなようで、二人だけの秘密特訓だと必死に弁明していたのをやけに懐かしく感じる。
――もう会えないわけでもないのに。
ティトレイは思考を振り払うように首を振る。それよりも帰ってきたら話を聞く、いつまでも待つと言ったのは自分なのに、その約束を破ってしまうことの方が切実だ。
「……すまねぇナマエ……」
帰ってきたらいくらでも怒られてやるからな、と無人の部屋を見回しながら口にして家を後にした。
「ティトレーイ、準備できた~?」
「おう…と言いてぇところだが、もう一件行くところがあるんだ。噴水のとこで買い物でもしててくれ」
「え~、買い物ならもう済ませたヨ!って苦しい、引っ張んないでよユージーン!」
「なるべく急げよティトレイ」
「ああ、悪いな!」
マオの襟首を掴んで引き止めるユージーンの言葉に頷いて駆け出す。
目指すは工場長のところだ。
未だに残る後ろめたさのためか、背中を丸めた工場長はいつもより小さく見える。
ティトレイはそんな彼の背中を軽く叩いてこちらに気づかせると、思い切り笑った。
「もう気にすんのは無しだって言ったじゃねぇか!」
「ティトレイ…」
「姉貴はおれが絶対連れて帰るからさ。それよりナマエのことなんだけど…工場長に頼んでもいいか?」
「ナマエか…吃驚するだろうな…」
ティトレイもセレーナもいないんじゃなぁ、と呟いた工場長に相槌を打つ。
普段明るく振舞っているナマエは、あれで結構寂しがり屋なところがある。
あれこれ忙しなく働きたがるのもそのせいじゃないかと言ったのはセレーナだ。
それを聞いてから、ティトレイはなんとなくナマエの傍に居るようにしていた。
どうして迷いの森で彷徨っていたのか、どこから来たのか…曖昧に誤魔化され続けてきたけれど、それでも一年も近くにいればわかることがある。
一人になるのを不安がるくせに――微妙に距離を置こうとする曖昧さ。
それに気づいたティトレイは堪えきれず、真正面からぶつかってナマエを泣かせたことがあった。
(……姉貴にもすっげぇ怒られたっけ……)
うっかり遠い目になりかけたティトレイは、工場長の「任せなさい」という言葉に笑みを返した。
TOR
1209文字 / 2008.04.07up
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