カラクリピエロ

蒼い聖隷のはなし-interludebrue-



――ドン、と身体に強い衝撃を受けた瞬間、女は自分が死んだのだと思った。
いつからか対魔師というものが傍に居て、言われるままに聖隷術を行使する日々。聖隷は器に従うのが当たり前なのだと教えられた。
器は何度か入れ替わっていたが、やることは変わらない。やらなければ殴られ、役立たずだとそしられる。

(……やっと解放される)

女はそう考えた自分に驚きながら、無意識に胸元へ手をやった。矢で射られたような感覚があったのに、傷はない。そればかりか、身体の内側から力が湧きあがるのを感じる。

(いったいなにが……?)

予想外のことに動揺し、そうして焦る自分にまた驚く。このような感情の揺れを感じたことがなかった女は、理由を求めて射手を見た。
大勢の対魔師に囲まれた状態で不敵に笑う男。
手配書には顔に走る十字の傷と顎鬚が特徴だと書かれている、バン・アイフリードだ。
女と対魔師の仕事はこの男――海賊という“悪”らしい――を捕えて聖寮へ連行することだった。海から陸へ引きずり出すまでは計画通りだったはずだが、男はまったく焦る様子もなく不思議な道具を指先でくるくる回している。

「船長!」
「先に行け!忘れ物すんなよ!!」
「アイアイ・キャプテン!!」

男の背後を数人が駆けていく。大きな荷物を抱えているが、それを感じさせない素早い動きだった。
――彼らは男の聖隷だろうか。
男から視線を逸らせずにいると、唐突に被っていた兜がぐわんと響いて女の脳を揺らした。
ブザッと音を立てて倒れこんだが、背後――対魔師からの攻撃に対魔師からの攻撃に対する混乱の方が強く、痛みはあまり感じなかった。

「さっさと立て!」

大きな音の余韻と、定まらない視界で気持ちが悪い。
立てずにいるのを反抗と取ったらしく、対魔師が再度メイスを構える。道具の分際で、そうつぶやく声とともに、体内を黒いものに蝕まれるような感覚がした。

(道具じゃない……)

言い返したいのに、じわじわと己を浸食していく穢れのせいでうまく息ができない。
せめて、と兜を脱ぎ捨てた女は、対魔師の足元にそれを投げつけ睨みつけた。

「貴様……!」

メイスを振り上げる動きに合わせて相手の足元に水柱を喚ぶ。うまく当たらなかったが牽制にはなったようで、対魔師がよろめくのが見えた。
可能ならば対魔師から――聖寮からも――逃げ出したかったが、もう立てそうもない。やはり、自分の命はここで終わるのだろう。
かすむ視界で器としていた対魔師を見る。対魔師など誰一人好きではなかったけれど、一番最初に認識した人間につけられた名前だけはどこか温かい響きがあって嫌いじゃなかった。
そう考えたのを最後に、女は胸元を押さえながらその場に倒れた。



世界最強の海賊と名高いバン・アイフリードは、その手口も大胆不敵で有名だった。
現在、こうして対魔師に取り囲まれている状況も、罠にあえて飛び込んだが故だ。
何を思ってこんなさびれた島に、とは思ったが餌として使われたお宝は無事手に入れたので、あとは逃げるだけである。
シルフモドキを使って知らされた“船舶場所”をハンドサインで通達し、乗組員たちを先に行かせる。船舶と記されてはいたが、岩陰と海流を利用した狭い船の通り道だ。少しでも遅れたら洒落にならない。
アイフリードは懐から愛用の銃――ジークフリートを取り出すと、真正面にいた聖隷に向かって引き金を引いた。
うまいこと意思を取り戻してくれれば、場を混乱させるのに役立つ。
続けざまに何人かに当てると、突然言うことを聞かなくなった聖隷に戸惑う対魔師たちが陣形を崩しはじめた。これを逃す手はない。
仲間たちとは別のルートを行くのは前提として、さてどう動こうか。
わざと対魔師の方へ突っ込んで軽く暴れるか――鬱憤晴らしにもちょうど良いだろう。
混乱度合が大きいところを狙って足を踏み出したアイフリードは、直後に響いた鎧の音につられて視線を向けた。
ガランガランと大きな音を立てて対魔師の足元を転がっているのは聖隷が被っていた兜か。
アイフリードは苦しげに膝をつく聖隷を見て、すぐに海を連想した。長めの髪は毛先に行くほど蒼が濃い。波打ち際から深海へ移ろうような色だった。
逃げなければと思っていたのに、あの聖隷に気を取られた。
未練はよくない、こういうものは後々ダラダラと引きずって後悔につながるのが常だ。ならば。

「対魔師さんよ。こいつはアイフリード海賊団船長、バン・アイフリードがもらっていくぜ!」

決断をくだすまでの間に地面に倒れていた聖隷を抱き起し、肩に担ぐ。
ぬかるんだ地面に足を取られていた対魔師は怒りで何かを叫んでいたが、さっさとその場を逃げ出したアイフリードの耳には届かなかった。



「アイゼン!アイゼンはいるか!?」

想定外の崖上から飛び降りてきたかと思ったら、腕に大層なものを抱えている。
アイフリードが戻って来た瞬間、アイゼンは聖隷の領域が干渉しあったのを感じたが、それ以上に漂う穢れの気配が強い。業魔化しそうな聖隷とは、とんだ土産である。

「……アイフリード。お前、船を沈める気か?」
「馬鹿言え!沈める気がねぇからお前を呼んだんだろ、どうにかできねぇか?」

アイフリードが抱きかかえている聖隷は、顔色が悪く浅い呼吸を繰り返している。
穢れを纏う聖隷は、このまま放置したら確実に業魔化してしまうだろう。こんな海のど真ん中で聖隷が業魔になったら、アイフリード海賊団は壊滅する未来しかない。
アイゼンは膝をつき、聖隷の纏う穢れを手で払い、回復効果を持つ聖隷術をかける。なにもしないよりは業魔化を遅らせることができるかもしれない――所詮は気休めだ。
合間に船員たちに「どうにもできなかったらこの船は沈む」と改めて伝えると、数拍遅れで動揺が広がった。

「そもそも、業魔化した聖隷というのは」
「副長!それあとで聞くからなんとかしてくれよぉ!!」
「……業魔化する前に殺すか、新しく清浄なものを器にするしかない」
「器?器って副長のコインみたいなやつだろ?この船にあるか?」

ざわざわと収まらない騒ぎの中、「殺して」と小さな声がした。
不思議なくらいによく通った声音に、一瞬で場が静まりかえる。アイフリードは何度か瞬きを繰り返し、「お前女だったのか」と的外れなことを呟いた。

「見ればわかるだろう」
「今!初めてちゃんと見たんだよ!道理で鎧付きにしちゃ軽いはずだ、ちゃんと食ってるか?」
「……せ、れいは……たべる必要、……ない」

――僅かにしか残っていないであろう体力を無駄に消費させている気がする。
信じられないという顔をするアイフリード(周囲にも同じようなのがいた)は更に何か言おうとしていたが、優先順位というものがある。

「死ぬ気か?」
「……わたし、あの場で、死んだの…………ありがとう」

アイゼンの問いに応えた聖隷は、顔をアイフリードの方へ向けると小さく礼を言い、微かに笑った。
聖隷が伝えるべきことは伝えたとばかりに満足げに息を吐き、そっと瞼を降ろす。船長と副長は黙ってそれを見下ろしていたが、二人が互いを見合わせたのは同時だった。

「アイゼン……バンエルティア号はまだ使えるよな」
「ああ。いいのか?」
「なぁに、“死神”を受け入れ続けた自慢の船だ。ちょっと業魔化しかかった聖隷一人くらいわけねぇだろ?」
「マストの一本くらいは覚悟しておけ」
「聞いたか野郎ども!バンエルティア号を修復できるように準備しとけ!あとは船を寄せられる島探しと、美味い飯をたっぷりだ!!」
「アイアイサー!!」

言いながら立ち上がったアイフリードに返る了承の声は、船を揺らすほどだった。
アイゼンはふっと息を吐いてそれを見守りかけ、手元に肝心の聖隷が居ないことに気づいた。

「おいアイフリード、そいつは置いていけ!」
「おっとすまねぇ。頼んだぜ」

無造作に渡された身体はぐったりと弱り切っていて発熱している。もうあまり時間はなさそうだ。
アイゼンはなるべく衝撃を与えないように気をつけつつ、バンエルティア号の中心へ移動する。チラチラと視線が集まっているのはわかったが、彼らは気になりつつも船長からの命をこなすのを優先させている。良い船と、良い船員だ。
聖隷をそっと甲板に降ろして背を支えながら、再度彼女の回復を試みる。声をかけると、ゆっくりと瞼が上がり、アイゼンの姿を映した。

「もう少し耐えてくれよ」
「……あなたが、わたしを」
「殺さねぇ。お前にはこの船を――バンエルティア号を器とする契約をしてもらう」
「……?契約は、対魔師がする、もの」

食事のこともそうだが、この聖隷の知識は極端に偏っている気がする。
彼女は聖寮の聖隷として使役されていたらしいが、そのせいだろうか。

「契約は、本来であれば聖隷から持ちかけるものだ。物が対象の場合、契約は意思一つで終わる。……ともかくやってみろ」

戸惑いに揺れる瞳を強引に押し切るようにして話を進める。
死を覚悟した聖隷に対して、無理やり生かそうとするのは勝手かもしれない。だが、彼女を殺すという選択肢がアイフリードから消えた時点で、彼女と海賊団は一蓮托生だ。自分たちが生きるために彼女も生かす。

「お前を連れてきた男を覚えているか?顎鬚の大男だ」
「…………うん」
「あいつをお前の手で殺したくなければ契約しろ」

びく、と支えている背が震える。
アイゼンはとんだ脅し文句だと自分を笑いたくなったが、刻々と迫っている制限時間を思えばなりふり構っていられない。
通りがかった船員が「うわぁ……副長えげつねぇ……」と呟くのが聞こえた。あいつは後でシメる。

「……船の、なまえ」
「バンエルティア号だ」

バンエルティア、と微かに呟いた聖隷が目を閉じる。
アイゼンの腕の中から聖隷の姿が消え、代わりに背後のマストがバキリと嫌な音を立てた。どうやら無事に契約は済んだらしい。
しばらくはバンエルティア号の“中”で休むほうがいいだろう。

「うわー、副長の予想当たった」
「さすがだなあ!」
(大らかというか、呑気というか……)

――とても壊滅の危機に追い込まれていたとは思えないな。
わいわい集まってくる船員たちを振りあおぎつつ、アイゼンは苦笑を漏らす。手癖ではじいたコインは相変わらず魔王の面をアイゼンに見せたけれど、今回の危機は大きな犠牲もなく乗り切れたようだ。人間側には、という但し書きが付くが。
柔らかくバンエルティア号を覆う聖隷の領域を感じながら目を閉じる。
アイゼンの力の方が強いせいか、死神の加護が消えることはこの先も無さそうだが、彼女の加護が死神の力に打ち消されてしまわないことを願う。




***




傾いたマストでは格好がつかない、と取り急ぎ目についた島に船を寄せることになった。航行の方にも支障が出る気はするが、アイフリード海賊団としては見た目も非常に重要なのだろう。

「船長~!良さげなとこあったぜ、二時の方向!」

物見台からの報告と共に、白い鳥が急降下してくる。アイフリードの帽子をクッションにして着地した小さなシルフモドキは、羽を激しく動かしながら歌うように鳴いた。

「おうおう、ご機嫌じゃねぇかジュニア」

アイフリードはズレた帽子を直しながら望遠鏡をのぞきこむ。海図には載っていないのも納得できるまっさらで何もない小島。だがほどよい広さと上陸しやすそうな高さがある。

「よーし、一旦あの島で休息だ!船を寄せろ!!」

頭上からピィピィ鳴く声が重なるせいでいまいち決まらなかったが、乗員たちはいつも通り了解の返事を寄越し、各自仕事に散って行った。アイフリードの帽子から飛び出したシルフモドキが楽しげに彼らの頭上を旋回している。

「——アイゼン、あの娘はどうした?」

振り返り、ヒビの入ったマストに寄りかかって腕を組んでいる副長に聞けば、アイゼンは無言のままゴンゴンと拳でマストを叩く。
決定的にへし折る気かと思ったが、応えるようにそこから光が飛び出し、瞬きを終えた時には目の前には女がいた。海を思わせる髪色とある意味見慣れた聖寮の衣装が目を引く。
対魔師から聖隷が出てくるところは何度か見たが、こんなに身近なところで見るのは初めてだ。なんせ近くにいる聖隷は常に姿を見せているから、たまに聖隷だということ自体を忘れる。

「調子はどうだ?苦しいとか、痛いとかねぇか?」
「……だいじょうぶ。苦しくないし、痛くない」
「そうか。よかったな」

アイフリードは新鮮な事象に遭遇できたことを喜びつつ、きっちり返事をしてくる聖隷を見ながら笑った。
どうやら無事に業魔化は回避できたようだ。ならば次は、新たな仲間を祝う歓迎会だ。

「お前、名前は?」
「なまえ…………ムティリ=オーウィン」
「随分変わった名だなぁ」

静かに船長と女聖隷のやりとりを見守っていた副長は、女が名乗った途端ぐっと喉をつまらせた。
咳き込み、胡乱な目で聖隷を見る。見られた方は何度か瞬きをするとアイゼンとアイフリードを交互に見やり、アイゼンの無言の圧力に気圧されたのかススッとアイフリードの方へ寄った。

「……それは、古代語だろう。お前の真名じゃないのか」
「うん。最初の契約のときに付けられた」
「対魔師から呼ばれていた名は?」
B-B09(ビー・ビーオーナイン)
「オーナイン?」
「Bランク、ブルー……水の聖隷9番。そういう意味」

アイフリードが繰り返したのを受けて淡々と説明する女は、わずかに視線を下げると「こっちは好きじゃない」と呟くようにこぼした。
番号で呼ばれて管理されるというのはどんな気分なのだろう。
聖寮が聖隷の意思を刈り取って利用しているのは知っていたが、ここまでとは。
アイゼンがやり場のない怒りで手のひらを握り締めると、皮手袋がきしみを上げる。雰囲気に怯えたのか、女がまた一歩下がった。

「アイゼン暴れるなら上陸してからにしろよ?」
「……わかっている。ともかく、聖隷にとっての真名は気軽に使うものじゃない」
「あん?なら、アイゼンみたいに呼べる部分だけ抜きゃいいだろ」
「抜けるものならな」

腕を組んでアイフリードを見返すと、彼は自分の方へと近づいていた聖隷をちらりと見てからアイゼンの方を向いた。
アイフリードばかりか、女聖隷からも“どういう意味か”と問う視線を向けられ、アイゼンは肩を竦めて一つ息を吐いた。

「真名は聖隷の本質を示すものが多いとされ、考えずとも自然に浮かぶものだ」
「お前もそうなのか?」

アイゼンの言葉を受けて、アイフリードが聖隷へ問う。
彼女は数度瞬いてから「わからない」と首を振った。

「そいつは“付けられた”と言っていた。自ら明かしたのでないなら、対魔師が契約するとき勝手に付けたものだろう」
「古代語ってことは意味があるんだよな」
「ああ」
「…………わたし、変な名前?」

やや不安げに聞いたのは、女聖隷本人だった。
名づけられた意味も知らされずにいたのだと驚き、同時に疑問もわいた。彼女の名は、本当に契約していた対魔師が付けたのだろうか。
真名の大切さを知るアイゼンはその意味を告げることに躊躇いを覚えたが、本人が知りたそうにしている。
アイフリードを見れば、判断は任せると言いたげに笑って肩を上げた。

「――お前の名は、“寄り添う者”を意味する古代語だ」
「……寄り添う」

赤子をくるむゆりかごのように。親しいものを支えるように、傍にいる者という意味だ。
聖隷は胸元に手をやりながら、そっと、大切なものを呼ぶかのように、アイゼンから聞いた古代語の意味をつぶやいた。

「いい名じゃねぇか」
「……対魔師が付けたにしてはな」
「しかし呼び名がないってのはやりにくいな。うーむ……」
「船長~!!上陸準備できたぜ!!」

考え込むアイフリードを遮って、上機嫌な乗組員が顔を出す。
その帽子から飛び出て来た白い鳥が鳴きながら三人の頭上を旋回してアイフリードの帽子の上に着地した。成長途中のシルフモドキはどうやら船長の帽子がお気に入りらしい。

「鳥……本物?」
「うお、びっくりした聖寮の対魔師かと思った。あんた元気になったのか、よかったな!」
「おう、ベンウィック。お前ジュニアの教育ちゃんとやってんのかー?」
「やってるって!船長の帽子が居心地いいんだろ」
「このアイフリード様の帽子を利用するとは贅沢なやつめ」

アイフリードはズレた帽子を直し、ピィピィ鳴く声を聞きながらぼやいて見せるが、声音が楽しそうな色を宿している。
聖隷はそんなアイフリードを――正確には、楽しそうに鳴くシルフモドキをじっと見上げて目元を綻ばせた。
アイフリードの背が高いせいか、近くにいる彼女は見上げすぎてひっくり返ってしまいそうだ。
アイゼンは万が一を考えて支えるために近寄ろうとしたが、それよりも早くシルフモドキの育て親であるベンウィックが「可愛いだろ!」と自慢げに声をかけた。

「うん。かわいいね」
「だろー!オレが育ててるんだぜ。あんた、シルフモドキ使ったことある?」
「ううん。わたしは二等対魔師についてたから。伝書鳩を使えるのは一等対魔師以上で、特等以外は申請が必要」
「……ん?あれ?やっぱあんた聖寮のやつか?」
「元、だ。元。こいつは俺がさらってきたからな」
「さらってきた、だと……?」

アイフリードが業魔化しかかっていた聖隷を連れ込んだのは数時間前で、その事情は未だ聞いていなかった。
業魔化した聖隷は危険な存在だ。対魔師が逃げ出したか、見放されたかしたのだと――はぐれ聖隷だと思っていたのだが、まさか強引に連れてきたのか。

「しょうがねぇだろ、置いていくには惜しかったんだよ!」

言いながらアイフリードが無遠慮に女聖隷の髪をくしゃりとかき混ぜる。ひと目で人とは違うとわかる、色鮮やかな蒼が揺れた。
びくりと身を震わせた女は表情を硬くして手のひらを握り締めている。何かを耐えるような、怯えるようなそれを見て、アイゼンは咄嗟に彼女を自分の方へ引き寄せた。
そんなに力を入れたつもりはなかったが、不意打ちだったせいかよろけてたたらを踏んだ体が倒れこむ。ボス、とアイゼンの胸に頭をぶつけた直後「ごめんなさい!」と謝りながら勢いよく顔を上げた。

「あの……、他の人に触ること、あまり、なかったから」
「対魔師は?」
「器には触らなくても入れるし、それに、いつもは兜が……バン・アイフリード」
「お、おお、なんだ?」

暗に対魔師との間には壁があったのだと告げる聖隷は、ハッとした顔でアイフリードの方を向くと彼の正面に立ち、その名を呼んだ。

「あなたに撃たれたとき、穢れを取り込んだとき……2回、死んだと思った。でも、あなたのおかげでまだ生きてる。自分で考えることもできる……ありがとう」
「そりゃあ俺のおかげってわけじゃねぇさ。お前が、まだ死ぬときじゃないだけだ」
「自由意志は当然の権利だしな」
「それでも、嬉しいって、感じられるのが嬉しい」

意思を消されて使役されていたせいか、聖隷の笑い方はまだどこかぎこちない。
それでも真正面からまっすぐ感謝を伝えられたアイプリードは満面の笑みで返し、再度彼女の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
聖隷は首を竦めて肩を揺らしたが、やはりアイプリードは気づいていないようだ。

「あんた名前は?」
「それを今考えてたんだよ」
「船長が…?」
「不満そうだなベンウィック」
「だってバンエルティア号にバンバルバリ号とかつけちゃうセンスだもんな~」
「ならお前はいい名前付けられんのか?あ?」
「痛い痛い痛いって船長!!」

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