カラクリピエロ

Clock Zeroの英兄弟 夢未満


――英央、あの有名レストラン『HANABUSA』の長男で跡取り、本人も料理好き。
腕前は先日偶然ごちそうになったカップケーキで確認済みだ。
家庭科の実習で作ったというそれを英くんに持ってきて、隣の席に座ってた私にも「たくさんあるから食べて」とにこにこしながらわけてくれた、英くんのお兄さん。

授業で作ったとは思えないくらい綺麗でふわふわで…すごくおいしかった。
それをもう一度味わいたくて『HANABUSA』のケーキも食べてみたけど、なんだか違う気がしてじっくり味わえなかったのがちょっと心残りだ。あんなに長い時間並んで、迷いに迷って選んだケーキだったのに――

目的とは全然違うことを考えだしていることに気づいて頭を振る。
もう一度、帰り支度をしている英くんのお兄さんを見つめながら、いつ声をかけようかと手のひらをぎゅっと握った。
隣のクラスに入るだけでも緊張する私にとって、一つ上のクラスなんて異空間だ。

勝手にドクドクと大きくなっていく心臓の音を聞いているとお腹が痛くなりそう。
――何日も悩んでようやくここまで来たんだから、諦めたくない。

(早く。ほら、声をかけなきゃ帰っちゃうでしょう)

心は焦って自分を叱咤するものの、声が出せない。
緊張しすぎて泣きそうになっている自分が情けなくて、よけいに視線が下がった。

「――央に何か用ですか」

背後からかけられた声に肩を震わせ、ゆっくりと振り返る。
いつも無表情で最低限の受け答えしかしない彼――英くんを見た途端、気が緩んで本当に泣きそうになってしまった。

「英くん…助けて…」
「は?」
「少しの間でいいから隣にいて」
「……ぼくはもう帰るところですし、央が楽しみにしている番組の時間が迫っているのであなたの都合に合わせることはできません」

淡々とすげなく断られたものの、“英くんそんなに長くしゃべれたんだ”という感心の方が強く、不思議と心が落ち着く。

「あれー?円が女の子と一緒にいるなんて珍しい!」
「偶然です。央のことを扉の陰から食い入るように観察していたので気になって声をかけただけです。央に害をなすようであればぼくが追い払わないといけませんから」
「円は大袈裟だなぁ。それに、僕は円に守られるほど弱くないよ?お兄ちゃんなんだから!」
「央の言う通りぼくは央の弟ですが、実際の強さで言えばぼくのほうが強いのは確実だと思います」





央ならこの状況でもなんとかしてくれる。

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