カラクリピエロ

リトバス真人夢


今日は日曜日。
入室前に自分の格好を確かめて、深呼吸をひとつ。
前もって恭介のお墨付きをもらっていても緊張する――例えこの緊張やおしゃれが全部無駄になるとわかっていても。


「真人!」


バン、とノックもなしに扉を開ける。
目に入るのはあわてふためく思春期男子なんかじゃなく(そうだったらどんなにいいか)、ふっ…、ふっ…と暑苦しく筋トレに励む筋肉バカだ。


名前じゃねぇか、どした?」


私が声をかけたのを区切りにしたのか、真人は両手に持っていたダンベルを置いた。ゴトンと重そうな音が聞こえる。


「り…理樹は?」


ああもう違う!
私はそんなことが聞きたいんじゃないのに。
だいたい理樹が出掛けて不在なことは知ってるから聞く意味はない。

やきもきしながら二段ベッドの下段(理樹の方)に乱暴に腰をおろして足を抱える。
真人は私の葛藤なんかこれっぽっちも気づかずに「それがよぅ理樹のやつ、オレを置いて…」なんて愚痴混じりに肩を竦めて見せた。


「そんなわけで残念ながらここにはオレしかいねぇよ」


手持ちぶさたなのか話しながらハンドグリップを拾い上げ、それをガチャガチャ握る真人。
その動きを眺めつつ、休日を一緒に過ごしたいと言うだけなのにと溜め息をついていたらポンと頭に手が乗った。大きくて温かなそれにドキッとする。


「理樹がいないんじゃ真人の筋トレに付き合おうかな、せっかくだから腹筋の足を押さえる役に立候補したいなとでも言いたげだな」
「…全然そんなこと思ってないから。相変わらずわけのわからない言いがかり――」


――だから違う!
せめて『仕方ないなあ付き合ってあげる』なら少しは可愛いげが残ったのに!

うー、と一人唸る私の頭にポンポンと手をおいた真人は、驚いた顔をして真正面に腰をおろした。


「お前、なんか不機嫌じゃねぇ?」
「じゃないもん」
「だとすると……ん?名前、お前パンツ見え」
「!? 見るな馬鹿ーー!!」
「ぐああああああ!!!」


勢いよく足を下ろし、真人に目つぶし攻撃を仕掛ける。
ハッと気づいたときには遅く、真人は私の足元でゴロゴロのた打ち回っていた。
やっちゃった。最悪だ。
せめてハンカチを冷やしてこようとゴロゴロ中の真人をまたごうとしたら、足が引っ掛かって転ぶ。
無駄にでかい図体してる上に動きまででかいからだ。床じゃなくて真人がクッションになってくれたのは喜ぶべきなんだろうか。


「真人邪魔!!」
「おめーのせーだろーがよ!!」


下敷きにしているの意識しないように腕を突っぱねれば、両目を赤くした真人が言い返してくる。
仮にも女子高生が上に乗ってるっていうのに、真人の態度が普段とまっっったく変わらないのは意識されてない証拠だ。これでもそれなりに成長したのに。
真人はほんとに思春期男子なの?それとも筋肉馬鹿だから?私が幼馴染だから?


「――しかし接吻とはやるな。すっかり油断してたぜ」


へっ、と笑いながらまた筋トレでも始めそうな真人を凝視する。
疑問はそのまま音になり、「は?接吻?」と聞き返してしまった。


「なんだよ名前は知らねぇのか?目つぶし攻撃のことを接吻って言うんだぜ」


笑顔で得意げに、堂々と間違いを披露する真人に溜息をつく。
また健吾にでも間違った知識を与えられたんだろうか。


「真人、それ間違ってるから」
「マジで…?」
「マジで」
「じゃあ理樹がオレに嘘教えたってのかよ!?」
「理樹なの!?」


そっちのほうがマジで?って感じだよ真人。
理樹もたまに酷いところあるからなぁ…特に真人には。


「っていうか、真人…接吻の意味知らなかったの?」
「思い出せそうで思い出せねぇ…そう、ぎりぎりのところまでは持ってきてるんだ」
「そこで得意げになる意味がわからない」
「んだよ!じゃあ名前は知ってんのかよ、教えろよぅ!」
「真人キモい」
「そう言うなって!」


私を腹に乗せたまま真人が上体を起こす。
後ろに手をつく真人は私が正しい答えを言うのを待ってるらしい。


「……」
「お?なんだ?実演か?」
「うん」


むくりと起き上った私を見て身構える真人。
目つぶしみたいな攻撃手段だと思ってるんだろうな、と思いながら学ランの襟を掴む。
そのまま引き寄せようとしたけどビクともしなかった。


「おいおい名前は弱っちいんだから無茶すんなって」


ごちゃごちゃ言いだした真人に顔を近づけて、頬に軽くキスをする。
ぴたりと止まった動きと「え?」って間抜けな声。
少し離れて顔を見ればやっぱり間抜けな顔で、え?と繰り返した。


「…わかった?」
「え?」
「だからキスのことだってば」
「え?」
「真人、さっきからそればっかり」


固まって動かない真人は同じ答えしか返さない。まるでロボットみたいだ。
呼びかけても叩いても無駄。
私は真人の上からどいて携帯を取り出す。困った時の恭介頼み――本当は、恭介に頼るのは悔しい。


『ん?どうした?不機嫌だな』
「そんなことないってば」
『よしよし、なにがあった?兄ちゃんに言ってみろ』


私を落ち着かせて宥める口調は本当に兄のようだけど、彼の妹は私じゃない。
鈴がつれないせいなのか頻繁に私にも構ってくるから、たまにそのノリに付き合ってあげることもある。


「お兄ちゃん、真人が固まった」
『…すまん、もう一回頼む』
「だから真人が固まったまま動かないの」
『違う、その前だ』
「いいから早く来てよ恭介!どうせ寮内にいるんでしょ?」
『もっと弱々しく、すがる感じで!』
「はあ!?めんどくさいなもう!!」


何度か咳払いをして要求に答えてやると、恭介が電話口の向こうで悶えてるらしいのが伝わってくる。
たまに暴走する彼につきあうのは今じゃなかったと後悔し始めたとき、待ってろ、と今までのアホさが嘘のような頼もしい返事がきた。







「お。可愛いじゃないか名前。お嬢さんはおしゃれしてどこへ行くのかな?」
「前に見せたでしょ」


ニヤニヤして私の頭を撫でる恭介の手を払いのけ、私は理樹のベッドに座る(今度は足を抱えないようにした)。
恭介は依然として固まったままの真人を観察し、ふむ、と顎に手を当ててから私の方を向いた。


名前は何をしたんだ?」
「…接吻の意味、教えただけ」
「マジかよ!俺にも教えろよ!!」


なにその食いつき。
反射的に「やだ」と答えたのも仕方ない。鈴なら(きっと理樹も健吾も)わかってくれるはずだ。


「先に真人でしょ!?」
「どうせ脳の許容限界を超えてオーバーヒートってところだろう」


バシバシ真人の肩や背中を叩く様子は…壊れたテレビに対するものとよく似てる。
真人、と呼びかけながらのそれが何度か続き、恭介に反応したのか真人はぎこちなく動き始めた。
悔しいけど、安心した。


「恭介……お前、接吻て知ってるか?」
「キスだろ?」
「うおおおおおおお!!!!!」
「あぶねっ、狭いんだから暴れるなよ」


ゴロゴロのた打ち回る真人を軽々避けて、恭介が私に影をつくる。
視線を感じて見上げれば、ニヤニヤ笑う顔にぶち当たった。


名前はどうやって真人に教えたのかなー」
「……恭介嫌い」
「ぐあああああ!!」


ドスン、と大げさに理樹のベッドに倒れこむ恭介のせいで、私まで揺れる。
腕を枕にうつぶせてブツブツ言ってる恭介と、床をゴロゴロ転がって悶えている真人。

――もう帰ろう。

なんだか色々どうでもよくなって溜息をつく。
恭介を踏み越えていこうと思ったら唐突に腕を引っ張られ、頬に軽く口づけられた。
犯人をジト目で見ながら袖をひいてごしごし擦る。


「おまっ、それじゃ俺が汚いみてーじゃねぇか!」
「あのねぇ恭介。そういうのは鈴にやってあげなよ」
「あいつが俺にそんな接近許すわけないだろ」
「…………」
「…………」
「その…元気出して…ね?」
「うああああああ!!」


またも撃沈する恭介を放置して床に足をつける。
騒ぎ疲れたのか、真人はいつのまにか動きを止めて大の字になって寝ていた。

この脳みそまで筋肉でできてそうな幼馴染に、まずは私が女の子だってとこから意識させてやらないと進展は望めそうにない。


「…覚悟しててよね」


時間はたっぷりあるんだから。
顔のすぐそばにしゃがみ、宣戦布告代わりにもう一度頬へのキスをして、そのまま逃げだすように部屋を出た。





end.




「ただいまー…ってなにごと!?恭介!真人!?」
「理樹…俺はもうだめだ…」
「いやいや、何があったのさ」
名前に“お前の言葉はナイフの切れ味だぜ”って伝言を頼む」
「いやいやいやいや、真人はなんであんなところで寝てるの?」
「あれか…あれはな、ダンベルに頭ぶつけて気絶してるだけだ」
「えええええ!?」



このあと理樹は夢主に事情を聴きに行きます(全然状況がつかめなかったから)。

Powered by てがろぐ Ver 4.4.0.