カラクリピエロ

PHASE.1 堕天の道 09


堕天峰へ近づくにつれて、すれ違う人の人数が増していく。
クラスタニアの砲撃はどれほどの被害を出したのだろう。

ひと月程前、ナマエとタツミが世話になっていたころはこんなに人の出入りが激しい場所じゃなかっただけに、人の多さに比例して不安が増していく。
どこへ行くのかと問いかけても反応のないことがザラだし、返ってきた答えといえば「堕天峰はもう終わりだ」「俺たちはクレンジングされる」と悪い話しかでてこない。
そのうち一人が洩らした「浄化を受ければ助かる」との言葉に、ナマエは密かに眉を寄せた。


「浄化?なんだそれ」


知らない単語にアオトが首を傾げたが、ナマエはそれに返事をする前に駆け出していた。







「タツミ!ゲンガイさん!」


ゲンガイは堕天峰から逃げ出してきたと思われる青年となにやら言い争いをしているところだった。
タツミも怒鳴るのを必死で抑えているらしく、視線が鋭い。


「なにがあったの」
「……堕天峰は街もろともクレンジングされるんだってさ。死にたくなければ「浄化」を志願すれば助かるらしいよ」


堕天峰名義の人間はすべて捕獲されるらしいから、ボクもナマエもアウトだね。
淡々と告げるタツミはかえって怖い。
浄化の説明を請うアオトに五条が応えている声がやたら遠くに聞こえた。

その間もゲンガイと青年の言い争いは続いていて、ゲンガイに無茶を突きつける言葉を聞いてついにタツミが切れた。
ゲンガイが言い返すこともなく真っ直ぐ堕天峰へ向かったのも一因だろうか。


(なんてのんきに観察してる場合じゃない)


「タツミ、落ち着きなよ」
「放してよ!こいつ、殴らないと気がすまない!!」


逃げ腰の青年に向かってボードを構えるタツミは目が据わっている。
それを羽交い絞めして止めたナマエは勢いづいたタツミに顔面を殴られた。


「ッ、」
「! ナマエ、」
「……まったく…ちょっとは落ち着いた?」
「…………うん…ごめん…」
「よし。じゃ、早くゲンガイさんのとこ行こ」


きっと赤くなってるだろうなと思いながらタツミの背中を押す。
駆け出すタツミの背中を追って走ろうとしたところで、袖を掴まれた。


「? フィンネル?どうしたの」
「ちょっとだけ待って」


顔に手を近づけられて思わず身を引いたナマエに、治すから、と言葉が重ねられる。


「あたしだってこれくらいできるんだから」
「…じゃあお願いしようかな」


殴られた辺りにそっと手がかざされる。
目が寄りそうになったので瞼を下ろすと、フィンネルの手が微かに触れたようだった。
その微妙さがくすぐったいなと思っていたら何故か謝られた。


「謝るようなことする気?」
「し、しないよ!ごめ…じゃなくて、えっと、はい、終わり!」
「ありがと」


フィンネルと一緒に階段を早足で昇りながら、ぽそぽそ会話する。
話しながらは疲れるんじゃないかなと思ったけれど、ナマエはなんとなくそのままフィンネルの声を聞いていた。


「ほんとはさっきみたいに触る必要ってないんだよ」
「…そういえば、そうだね」


今まで何度となくレーヴァテイルに癒してもらってきたけれど、患部に触れられることはまずない。
続きを促すとフィンネルは「そのほうが上手く効きそうな気がする」と笑った。


「一点集中的な?」
「うん、そんな感じ。あと……あ、やっぱなんでもない」
「言いかけてやめるって罪だよね」
「そんなに!?」
「で、他の理由は?」


聞けば、フィンネルはしばらく言いづらそうに唸りながらも口を開いた。


「…早く治りますように、って…思いながら優しく触ると効果あるんだって…」


ポソポソ告げられる内容は、なんだか聞いてて恥ずかしい。
それは、つまり自分のためにしてくれたと言うことで――


「ありがとう」
「なっ、べ、別に、ナマエで試そうって思っただけで深い意味はないんだから!」
「へえ…ぼくが最初なんだ?」
「ち、ちが…」


(――本当、君ってわかりやすい)


思わず笑ってしまったのをムッとしたフィンネルが睨んでくる。
もちろん全然怖くない。


「フィンネルの手当て、効果あるんじゃないかな」


なにより、すごく嬉しい。
さすがにこれは照れが先行して言えなかったけれど。

胸の内側がやけに温かい気がして手を置くと、心拍数が上がっている。


(……坂道だからかな)


フィンネルも息が上がってきているようだし。
腕は鈍っていても体力面については鍛えているので、いささか珍しいなと思いながら堕天峰に足を踏み入れた。

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