カラクリピエロ

PHASE.1 堕天の道 07


ナマエとしては普通に気づいたことを口にしただけなのだが、どうやら起爆スイッチになっていたらしい。

ダイブは大切な人同士で行うものだと認識しているけれど、ナマエにその意識が浸透しているのかと聞かれれば答えは怪しい。
故郷に居たころ所属していた騎士隊ではパートナー同士で行うものだったが、ナマエはずっとパートナーを持たなかったし、主であるクローシェの世間知らずによるところも大きい。

後に焔の御子に訥々と説教されて正しい知識は入っているが、ナマエにとってはレーヴァテイルに重要なことで、相互の同意が必要で、危険を乗り越えればパートナーを成長させることができる行為として落ち着いてしまっている。


(やっぱりレーヴァテイルとの感覚って違うんだろうな……)


フィンネルの頭をなで続けながら、ふとアオトもそう重要なことだと思っていなかったんじゃないかと思った。


「……でもさ、フィンネル。強くなったってことはよかったんじゃないの?」
ナマエまでそういうこと言う!!」
(あああ…今度は怒り始めた…なんでさ!?)
「そりゃ、助けてもらったしアオトのことは嫌いじゃないけど…会ったばっかりなんだよ!?」
「……?でもお互い納得したからしたんでしょ?」
「…そうだけど、元はルーファンって人が強くならないと連れて行けないって言うから!」


ルーファンの名にまた勝手に眉を潜めそうになるが、彼の言うことも一理ある。
クラスタニア兵と対峙していることが予想できるのに半端な強さでは足手まといになりかねない。納得は出来るが――


(正論だけにムカつく…)
「……やっと見つけたんだもん……ダイブくらい平気……」
「!」


ナマエに燻っていた苛立ちはフィンネルの呟きで一気に霧散した。
本人は声にだした自覚がなかったのか、ナマエの呼びかけに驚いて何度も瞬きを繰り返す。


「え、えっと、その、ナマエはダイブしたいって思ったことないの?」
「…………いきなりだね」


――とりあえず、今は付き合うことにしようかな。

フィンネルの懸命な様子にほだされ、軽く笑いながら立ち上がったナマエは、フィンネルに手を差し伸べる。
躊躇いがちにナマエの手を掴んだフィンネルを引き上げて、やや離れたところから「そろそろ出発するぞ」と声を上げるゲンガイに了解の意で手を上げた。


「…ダイブだけどさ、してみたいとは思うよ」
「そうなの!?」
「なんで意外そうなのかな…」
「意外っていうか…意外、なのかな…あたし人間とこういう話したこと無いから……あ、あの、あたし、β純血種なんだけどね、」


フィンネルは何故か慌てて、今更ともいえる情報を告げた。


「フィンネル、ぼく一応レーヴァテイル専門医の助手」
「……あ、そうだった」
「どうしたの」
「…トコシヱ…っていうか、大牙の人ってβのレーヴァテイルは苦手みたいだから」
「――…クラスタニアを連想しちゃうからだろうね」
「そ、だね」


クラスタニアの単語にギクリと肩を震わせたフィンネルを見て、ナマエは自分の疑いに決定打を打った。


(……フィンネルはやっぱり隠し事に向いてないな)


――フィンネルはクラスタニアの関係者だ。

事実を残念に思っている自分が少しと、やはりと納得している自分。
必死に否定していたはずなのに、こうして認めている今の心中は穏やかで、それがとても不思議だった。

クラスタニア軍は相変わらず苦手だし、場合によっては戦うことに躊躇いはない。
そのために対女性用の武器を改良する必要があるとも思っている。
――けれど、それをフィンネルに向けようという気は微塵も起こらない。

そっと自分の胸元へ手をやり、ようやくフィンネルを敵のカテゴリから除いているのだと気づいて、ナマエは苦笑した。


(そういうこと……?)


クラスタニア軍を敵視するということに拘りすぎて、全てを攻撃対象としてみようとしていた。
例外をつくるという考えに今になって至るなんて。


ナマエ…?」
「……ねえ、フィンネル。大牙の人たちと同じように、ぼくにとってもクラスタニア軍は敵だけどさ…君は、ぼくの友達だよ」
「!? ナマエ……ナマエ、それって…」


言おうかどうしようか揺れる瞳。
ナマエはそれに微笑んで、口元に指を立てた。


「続きは夜にしない?ほら、ぼくら皆から大分遅れちゃってるし」


戸惑いながらも頷いたフィンネルを確認して、ナマエは歩くペースを速めた。


「疲れたら言ってよ。おぶってあげるから」
「い、いいよ!」
「でもその靴じゃ大変でしょ?」
「慣れてるから全然へーき」


いつものような言い合いをしながら先行していたゲンガイらに追いつく。

堕天峰へとかかる橋の途中、クラスタニアの軍艦が堕天峰へ向かって容赦なく砲を撃つのを見て、全員絶句することになった。
目の前の惨状に悪態をついて、ゲンガイが駆け出す。

――見せしめか。
ナマエが小さく舌打つと、傍らにいたフィンネルがびくりと身を縮めた。
安心させようと、ナマエは無意識に固く握られている彼女の手に触れる。


「フィンネル、君はアオトたちと一緒に…」
ナマエは!?」
「ぼくは先に行く。ゲンガイさんに追いつけるかどうかはわからないけど、独りで行かせるのはよくないと思うんだ」


「――だったらボクが行くよ。師匠がボードに乗ってたらナマエじゃ絶対追いつけないでしょ」


唐突に口を挟んできたタツミは、既にVボードを起動させていた。


「ちょ、タツミ!」
「大丈夫!ボクの代わり頼んだよ!」


ヒュッと風を切って発進したボードを半ば呆然と見送ったナマエは、フィンネルが発した「早く行こう!」の一言でようやく走り出した。

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