カラクリピエロ

PHASE.1 堕天の道 05


「ごめん、サキ」


君が犠牲になる必要はないって言いたかっただけ。
聞こえるかどうかの声量で呟いたナマエはフラリと立ち上がる。
それに驚いてナマエを呼ぶサキに、大丈夫と告げてかすかに笑った。
地面に打ち付けられたときの衝撃か軽く立ちくらんだものの、サキの介抱のおかげでまだ動ける。

軽く息を吐き出して調子を整えたナマエは、直後に後ろからの気配を感じて振り向いた。
クラスタニアからの増援かと思いきや、こちらを指差して駆けてくるのはよく見知ったシルエット――が、複数。

ナマエが動くよりも先に寄ってきた一人が心配そうに覗き込んでくる。
首を傾げて何かを言っているようだと認識しても、音は脳に上手く届いてこない。


「フィンネル…?」


口に出したのは無意識だった。
それに応えるように安堵の息をついて自分の名を呼ぶ声は確かに本人の物。


「よかったー、あたしが大丈夫?って聞いてるのに全然反応ないんだもん」
「や…びっくりして…」


絶体絶命のピンチに駆けつけるなんてどこのヒーローだ。
冗談めいたことを考えるナマエをよそに、アオトはすれ違いざま「随分男前になってんな」と言いながらナマエの肩を軽く叩き、タツミは「ボロボロなんて珍しいね」と苦笑した。

武器を構えたアオトと隊長格のレーヴァテイルとの間で交わされる数度のやり取りで面識があるらしいことがわかる。
それを呆然と見ながら、タツミはともかくどうしてアオトやフィンネルまでここにいるのか疑問がわいた。


「僕が連れてきたんですよ」
「……ルーファン……」


いつの間にか傍まで来ていた彼に気づけなかった自分に内心で舌打つ。
思考を読まれたことも相まって勝手に強くなる警戒心を深呼吸でなんとか押さえ込んだ。


(ゲンガイさんについているときのルーファンは信用できる。大丈夫だ…大丈夫、大丈夫)


心の中で呪文のように繰り返す。
前方からフィンネルの謳声に乗ってアオトとクラスタニアの隊長――名はミュートというらしい――が戦っている音が聞こえる。
戦況に目をやりながら、フィンネルの謳う姿は初めて見るなと思った。


「まだ動けますか?」
「それ、誰に言ってるの」


言外にミュートの周りにいる隊員を掃討しろと告げられている。
ルーファンから視線を外したナマエは前を見据え、手品のように小刀を数本取り出した。


「…二手に別れようか」
「僕はゲンガイ様の方へサポートに向かいます」
「――わかった。サキ」


乱戦しているゲンガイとクラスタニア隊員の方へ向かうルーファンを視界の端に捕らえながら、完全に放置していた彼女を振り返る。
アオト達が戦う様子を不安気に見ていたサキは、戸惑いがちにナマエに焦点をあわせた。


「ごめん、もう少しぼくに付き合ってくれる?」
「…わかりました、サキもやります!」


先ほどから自分は随分勝手なことを彼女に強いている。
気合を入れるサキをちら見して、ナマエはあとでちゃんと礼を言おうと決意した。



――事情はこれが終わった後に聞く。
ナマエはゆっくりと深呼吸して、任された仕事をこなすことに集中した。

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