カラクリピエロ

02.邂逅


「キュリア先生~~~~!抜け道ってどこですか~~~~!!」


迷いの森に足を踏み入れたナマエは、キュリアからの餞別――『王の盾』で活用されているらしいフォルス制御に関する書を片手に空を仰いだ。


「読みながら歩いてたせいだよね絶対…そもそもこれガジュマ基準で書かれててよくわかりません先生……っていうかわたし、実際に見て覚える派だからなぁ…」


ブツブツと耐えることなく続く声音は静かな森に吸い込まれていく。
体力はともかく、全く変わらない景色に精神力が削られる。
ナマエは休憩がてら大きな木の下に座り込み、改めて書物を開いた。


「フォルスは心の力である……」


書かれている一文をなぞり、覚えこむよう口にする。
常に平常心でいれば暴走することなく、安全だと思っていいんだろうか。

それはともかくとして、森の中で野宿することだけは避けたい。
さすがにそこまでのサバイバル精神は持ち合わせていないし、なにより夜の森なんて怖すぎる。

とりあえず前進しなくては。

頭上を見上げ、陽の高さを確認する。森の先はペトナジャンカに続いているはずだ。



もう限界かもしれない。おもに精神力が。
足取り怪しく、へたり込もうとしたナマエの足元に、ザクッと音を立てて矢が突き刺さった。

立ち止まるなというお告げか。

逃避しかけたナマエの耳に、ヒトの声が聞こえた。


「あっぶね!もう少しでヒト打っちまうとこだった!怪我ねぇか!?」
「…ヒューマだ…」


ガサガサ音を立てて近づいてくる青年を視界に入れた途端、足から力が抜ける。
相手が信用できるとは限らないと思うのに、身体がそれについていってくれなかった。


「だ、大丈夫か!?まさか足に刺さったなんてことは…」
「平気です。それより、ペトナジャンカはこの先で合ってますか?」
「なんだペトナジャンカに行きてぇのか」


青年が任せろ、と満面の笑みで言いながら自分の胸を叩く。

合ってるかどうかが聞きたかっただけなんだけど。

答えはくれないのかと首を傾げるナマエに「食料調達するまで待ってくれ」と言い置いて、青年はキノコやら山菜の採取を始めてしまった。


「…手伝いましょうか」
「いいっていいって、座ってろよ。疲れてんだろ?っていうかこの森でヒューマに会うなんてな~」


まるで嬉しいとでも言いたげにニコニコしっぱなしの青年が、木の実を投げて寄越す。
反射的に受け取ると「ナイスキャッチ!」とガッツポーズを見せた。


(……変なヒト)


クス、と笑いがこぼれる。
こんなに自然に笑えたことにナマエ自身が驚いて、もらった木の実を凝視してしまった。


「ちょっとくらいは疲労回復に効くと思うぜ」
「……どうもありがとう」
「おう!」
「あなたはペトナジャンカのヒト?」


聞くと、青年はなぜか驚いたように瞬きをして照れくさそうに後ろ頭をかいた。


「すっかり言ったつもりになってたぜ…改めて、おれはティトレイってんだ。ペトナジャンカの工場で働いてる」
「工場……?」


工場の仕事に食材採取なんてものがあるんだろうか。
話に聞く限りではペトナジャンカは武器・防具等の鋳造なんかを請け負っていたと思うんだけど。

疑問が顔に出たのか、ティトレイは明るく笑い声を上げて「これは夕飯だ」と教えてくれた。
もう夕飯の準備をする時間なんだなと自覚した途端、くう、と鳴るおなかを押さえる。
とりあえずペトナジャンカについたら宿を探そう。


「ぷっ、」
「?」
「く…、あっははははは!あんた、すっげー美人なのに飾ったりしねぇんだな」
「は…?」


なにがおかしいのか笑い転げるティトレイを呆然と見て、数瞬遅れて恥ずかしさが来た。
お腹の音を聞かれたこともだが――


(び、美人って……)


世辞やからかいで言われたことはあるが、こんな風に真正面からなんのてらいもなく言われたのは初めてだ。
戸惑うナマエをよそに、ティトレイは「よし!」と腰に手を当てる。

どうやら食材が集まったらしい。
これで街まで連れて行ってもらえそうだ。


そっと息を吐き出したナマエに、ティトレイが手を差し伸べる。
ナマエはその極自然な動作にゆっくり瞬きをして、目の前に出された手から顔までを辿るように見てしまった。


「立てるか?」
「…ありがとう」
「ところであんた……って、怪我してるじゃねぇか!なんで言わねぇんだ!」
「え、ええ!?」


ティトレイの手に自分の手を乗せた直後に飛んできた叱責に、戸惑うしかない。
彼の言う怪我なんて、ほんのかすり傷だ。
この森を抜けるためにあちこちウロウロしたからついたんだろうし、軽すぎて痛いというよりむず痒い程度の――言い訳を考える間にティトレイはナマエの腕を引いて、あっさり森を抜けてしまった。


「ティト、レ……速い……」
「あ、わりぃ。ところでさ、あんた…って呼びにくいな。名前教えてくれよ」
ナマエ、――あ、いえ、なんでも」
「?」
(…危なかった)


うっかりファミリーネームまで名乗りそうになってしまった。
もうそれは自分の名前じゃない。今の自分はただの“ナマエ”だ。


ナマエ、なんでペトナジャンカに行きたいんだ?」
「…………働き口を、探しに」
「工場にか?」


今の時期じゃ珍しいな、と漏らすティトレイに罪悪感が湧く。
別に嘘をついているわけじゃないのに(そもそも理由なんて考えてなかった)、どこか後ろめたさを感じた。


「工場じゃなくてもいいんです、宿屋でも道具屋でも…できれば住み込み可能なところがいいけど…無理なら別の街を目指す予定なので」


ミナールには帰れないから、という台詞をかろうじて飲み込む。
ナマエが俯きかけていた顔をあげると、今度こそティトレイは驚きで言葉を失くしていた。
なにごとか瞬くナマエをよそに、腕を組んだティトレイは一人うんうん、となにか納得したように頷いている。

彼の思考が理解できないナマエは首をかしげ、両肩に手を置かれてびくりと身体を跳ねさせた。


「心配すんな!おれが工場長にかけあってやる!」
「……どうして?」
「なにがだ?」
「どうして、そこまでしてくれるの…?」
「どーしてって……」


ティトレイは視線を泳がせ、鼻の頭をかきながら唸り声を上げた。


「聞かれてもなぁ…困ってるやつ放っとけねぇ性分っつーか……」
「わたし、ものすごく怪しいのに」
「じ、自分で言うなよ…ま、決めたのはおれだし、それで騙されたってナマエを責めたりしねぇさ」
「ティトレイって……ヒトがよすぎるって言われない?」
「それ褒めてねぇだろ」


くすくすと漏れる笑いを押さえきれず、口元に手をやるナマエを見て軽く頭に手を置いたティトレイは「すぐそこだからな」と言って少し足を速めた。

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