カラクリピエロ

PHASE.1 堕天の道 01


サキを輸送するための飛空挺内。揺れに身を任せながらナマエは目の前に自分の得物を広げていた。

ハーヴェスターシャを捜す目的のためにアルキアを尋ねるついでに、さーしゃと共に改良を重ねてきた隠し武器。
投げて使うそれの一本を器用に操り小袖に仕舞いこむと、「わあ!」とサキの楽しそうな声が聞こえた。
無邪気な様子にふっと笑うと、サキは慌ててしかめっ面を作って見せる。
――これから起こす予定の行動についてまだ納得していないらしい。


ナマエ……本気かい?」


気合を入れてムッとした顔をつくっているサキではなく、彼女の向かいに座っていた五条が口を開いた。
ナマエは「とーぜん」と言いながらにっこり笑った。

――サキがクラスタニアに引渡された後、彼女を誘拐する。
飛空挺に乗り込み武器の手入れを始めながら、ナマエはサラリと言ってのけた。


『一応、上帝門まではおとなしくしてるよ。それがトコシヱをクレンジングしないっていう条件だし。でもそれが済んだ後はぼくがどう動こうが自由だよね?棚ボタで塔内部へ侵入する方法なんかが閃いちゃったりするかも』


と言うのが彼の弁だが、そう上手くいくのだろうか。
俯きがちに眉を潜めている五条に向かって、ナマエは笑いながら肩を竦めた。


「まぁそう怖い顔しないでよ先生。やるからには失敗できないから、混乱しないようにと思って先生には話したけどさ。実行するのはぼく独りだし先生に迷惑はかけないようにする」


気楽に言われた台詞に嫌な予感を覚える。
疼くこめかみを軽く抑えると、五条は少し考えてから口を開いた。


「……君は僕に迷惑がかからないようにすると言ったね」
「うん」
「僕たちはこうして同じ車内にいて、しかも君と僕はトコシヱでは師弟…というか同居人だ。どう控えめに見ても共犯者と見られる可能性が高いと思うんだけど、その辺どうするつもりだい?」
「ふふ、ぼくが先生の弟子か…いいねそれ」


本題とは関係ない部分に反応したナマエがくすぐったそうに笑う。


「先生、実は予想ついてるでしょ。それをわざわざ聞くのは趣味?それとも研究者って明確な答えが欲しいものなのかな…大丈夫、心配しなくても怪我させたりしないよ。ちょこっと気絶してもらうだけ。さすがに目の前で無抵抗に転がされた人を共犯者とは見ないでしょ。先生は中立だけど今回の件に関して言えばクラスタニアに協力してる形だし、無事にトコシヱまで帰してくれるんじゃないかなって思ってる」


告げる言葉に口を挟む間も与えず、ナマエは五条に「納得した?」と問いかけた。
彼に気圧されていた五条は気を取り直すように眼鏡のブリッジを上げると、返事の代わりに軽く溜息をついた。


「だーいじょうぶだって!痛みは長引かないようにするし。これでもぼくその辺の調整上手いんだよ?」
「……深く突っこむのはやめておくよ」
「あはは、そうしてくれると嬉しい。……ってか先生に頼まれてた素材さ、集めておくけど渡すのは大分先になりそうだね」


ごめんね、と言われた内容を理解するのに五条はしばしの時間を要した。
素材という単語を反芻してアオトたちが来る前に渡した依頼のことを思い出す。


「いや、それはもう忘れてくれていいよ。ありがとう」
「いいの?堕天峰近辺で採れると思うんだけどなあ…やっぱ新鮮なほうがいいってことか」


ひとり納得したように言いながら、ナマエの手にはいつの間にか手錠が握られている。
ナマエのおもちゃと化しているそれは先ほどまでサキの手に嵌められていたような気がするが。


「ふ。作りが甘いよね。サキにだけつけてたってことは自信あったんだろうけど、さーしゃに発注したほうがいいものできるんじゃないかなぁ…」
「あの…ナマエさん、さすがにそれは外したらダメなんじゃ」
「ん?サキはこういうの好きなの?」
「す、好きじゃないですよっ!」
「ならいいじゃん…んー、でもこの部分は結構面白いな…悔しいけど技術はこっちの方がずっと上だ…」


これから遊びに行くところなんだと言われても違和感がない。
そんな二人の様子に苦笑して、五条はナマエに声をかけた。


「?なに、先生」
「誘拐計画の詳細を聞かせてくれるかな。…僕も一枚噛ませてもらおうかと思ってね」
「…………は?」
「協力する、と言ったんだ」
「いやいやいや。どうしたの先生、自ら犯罪者立候補?」
「もちろん、僕なりの利益を考えての発言だよ」


考え直したほうがいいんじゃないかと五条に声をかけようとしたとき、ガクン、と車体が大きく揺れた。


「……着いたのかな」
「――に、しては誰も出迎えに来ないようだけれど」


五条と顔を見合わせるものの放置状態は続いている。
ナマエは不安そうなサキの頭にポンと手を置いたあと、話を聞こうと操縦席を覗いた。



「話が違うじゃないか!」



聞こえてきた怒鳴り声に驚く。
操縦席でスピーカーに向かって大声を張り上げる男はこの飛空挺の持ち主だ。
漏れ聞こえる会話を聞いてみると、どうやらここは上帝門の一歩手前らしい。

――入航を許可しない。


「……ハッ、」


スピーカーから聞こえた現状を決定付ける言葉に、ナマエは人知れず嘲るように笑った。


ナマエ、どうしたんだい」
「先生…計画変更だ。悪いけど強制的に付き合ってもらうことになりそう」





五条とサキ、二人に状況を掻い摘んで伝えたナマエは、操縦席に割り込むとスピーカーを奪い取った。


「こ、こら!何を」
「ごめんねおにーさん」


取り返そうと腕を伸ばしてきたのをかわし、素早く当身を食らわせる。
同時に懐からアイテムを取り出してわざと大きな音を立てた。

気絶して倒れこんできた男を五条に任せ、代わりに操縦席に座る。
コホンとひとつ咳払いをして喉の調子を整えたナマエはゆっくり息を吸い込んだ。

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