カラクリピエロ

PHASE.1 トコシヱ 09


(なら、あれは何に反応したんだ…)


てっきり特殊なレーヴァテイル発見器だと思っていたのに、その線は消えた。
他にタツミだけが持っているものと言えば――


「…………ッ、」


ナマエは反射的に頭を振って考えを霧散させ、違う、と口にした。

だってアレはジャクリに託されたもので受取人はハーヴェスターシャだ。フィンネルじゃない。
そのハーヴェスターシャの情報だって散々探してまったく手に入れられてない状況なのに。


(まさかフィンネルがハーヴェスターシャ…なんてトンデモ展開だったりね)


考えるのに疲れたナマエは自分の思考に対してフッと乾いた笑いを溢した。

――それならどんなにいいか。
大体あのドジなフィンネルが正体を隠したままひと月も自分と付き合えるとは思えない。

フィンネル、ハーヴェスターシャ、クラスタニア、大地の心臓――
事実を確認しなければと思いながら、やはり自分はフィンネルをクラスタニアの関係者と見ている。でもそれは嫌だ。

脳内をぐるぐる回る事柄全部がどうでもよくなってくる。もちろんそんなわけにはいかないが。

ゆっくり深呼吸を繰り返す。
今はこれ以上考えても無駄だ。明日、またフィンネルと話をしよう。


「――先生、手伝うよ」
「おや、もういいのかい?」
「うん。保留にした」


五条はそれ以上追求することなく、ナマエにレシピを探すよう指示した。
ナマエはそれをありがたく思いながら、彼の周りに散乱している紙をみて苦笑してしまった。五条は案外散らかし屋だ。


「先生、レシピならそっちの棚にまとめてあるよ。こっちはぼくが片付けるから…っと、ちょっと待って、やっぱりぼくが出す」
「助かるよ」


目的のものと、ついでに素材を取り出して五条に渡したあとは、散らかった部屋の片づけだ。


「そういえばさ、タツミたちに何頼んだの?」
「簡単な調合だよ。君もよく作ってるアレさ」
「…なんで?」


よく作っているものといえば徹夜明けに飲むような軽い栄養剤だ。
それで当たっているなら裏にまだ在庫があったはずだから、特に必要なものではない。


「彼らと一緒にいたレーヴァテイルの子を診察して欲しいということだったんだけど、手持ちがないらしくてね」
「そうまでするってことは…あの子、病気かなにか?」


にこやかに手を振ってくれたのを思い出して、つい小声になる。
五条は僅かに間をおいて、どうだろう、と曖昧な返事をした。


「アオト君の話では、彼女は別人になるらしいんだ」
「は?」
「外見も性格もまるで違ったものになると彼が言っていてね」
「……変身するってこと?」


さながら魔法少女のように?


「…あの子なら似合うけどさ」
「ははっ、実際に診察してみないことにはわからないけれど、研究者としてはとても興味があるよ」
「先生…」
ナマエ、そんな顔をしなくてもちゃんと医者として診るさ」
「ん。だよね、信用してるよ五条先生」



◆◆◆



タツミに渡すアイテムの補充分が完成するあたりで3人が戻ってきた。


「ねぇタツミ、紹介してよ」


彼らが持ってきた調合アイテムを五条が受け取る傍らで、ナマエは愛想よく笑う。
タツミの隣に並び、同行している2人を見やった。


「紹介ってさっき定食屋で…そういえばナマエ、君」
「うん、よく聞いてなかったからさ」


さらりと言ってのけるナマエに思い切り顔をしかめるタツミ。
そんな二人の様子を物珍しげに見ていた少年は、ニッと笑って右手を差し出した。


「俺はアオトってんだ。よろしくな!」
「アオトは蒼谷の郷での知り合い。よくVボードスポットを教えてもらってたんだ」
「…せめて友達って言ってくれよタツミ…」
「友達じゃないし」


タツミが補足するのを聞きながらアオトと握手をする。
友達じゃなければそんなに軽快な掛け合いはできないと思うな、というツッコミは胸にしまっておいた。


「こちらの彼女は?」
「彼女はサキ。レーヴァテイルで先生の患者さんになる予定だよ」
「サキです。よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」


ナマエが出した右手は両手で掴まれ、軽く上下に振られた。
それからタツミはナマエをちら見して、2人に向き直る。


「えーと、こっちはナマエ。ボクの」
「兄です」
「「え!?」」


驚く2人ににっこり笑い、「いつもタツミがお世話になって」と言った辺りで無言のプレッシャーに負けた。


「…ナマエ
「冗談なのに……ほんとは兄貴分が正しいかな。この診療所で先生の手伝いをしてる。トコシヱ内ならどこへでも案内できるから見たいところがあれば是非。よろこんで付き合うよ」


言いながら、タツミを見る。
彼が戻ってくるときは単独だと思っていたから、連れがいたときには正直驚いた。
ナマエの視線に気づいたのか、タツミは視線を返し軽く頷いた。あとで話すということだろう。


「さて、そろそろ診察を――」




「光五条先生!夜分遅くに失礼します」




なんの前触れもなく現れた人物の登場に、場の空気がピリッと締まる。
赤い鎧と腰に下げた数本の刀。不思議な色合いの長い髪をもつ人物は、他が目に入っていないかのようにまっすぐ五条に向かって行った。

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