カラクリピエロ

ボーイズトーク


「…ぼくはもう限界だ」



ドン、と室内に備え付けられたテーブルを両手で叩き、ナマエが顔を伏せる。
深刻そうなその様子が心配になって向かい側に腰を下ろすと、それを待っていたかのようにナマエが俺の腕を掴んだ。


「アオト…」
「な、なんだよ…」
「どうしよう、もう耐えられない!なんでフィンネルはあんなに可愛いんだろう!」


「…………は?」


いきなりなに言い出してんだこいつは。
俺はノロケを聞く要員か?


「最近、前にも増してフィンネルが可愛く見えて仕方ないんだ…」
「ああ…そうかよ…」
「真面目に聞いてよアオト!」
「そんなもん聞いて俺にどうしろってんだよ!」


思い切り言い返すと、ナマエは途端に言いづらそうに視線を泳がせた。


「だからさ…アオトはどうしてる?」
「なにが」
「その、サキと夜を過ごすとき」


いかがわしい言い方をするな。
頭を抱えたくなった俺をよそに、ナマエはなおも追求してくる。


「ねぇ、どうなの」
「どうって、そんなの別に普通だろ?ちょっと話して眠くなったら帰ってるよ」
「うん、普段はそうだろうね。ぼくが聞きたいのは、ムラっと来たらどうしてるのってこと」
「ぶっ、」


なにを…この野郎は……!


「どうなの?アオトだってあるでしょ、こうムラムラっとくるときが」
「ばっ、ねぇよ!!」
「ハッ、嘘だね!」
「お前がおかしいんだ!」
「ぼくはいたって正常だよ、歳相応の健康的な」
「うるせぇ!!」


ナマエの話を強引に遮るが、まだ諦めていないらしい。
ナマエは椅子に座りなおすと腕を組み、一つ息を吐いた。


「不健全なアオト君のためにシチュエーションを話してあげるから想像してよ、いい?」
「お前が不健全だろ…」
「いいから聞いてよ。適度な広さの閉鎖空間、時間は当然夜だから外は暗くて静か。明るすぎない程度の室内に居るのは自分と彼女だけ。ベッドに並んで腰掛けて会話してると」
「ちょっと待て」
「え?」
「向かいじゃねぇの?」
「近いほうが嬉しいからね。ぼくが」


お前かよ。
しかも確かに、と思っちまうのが悔しい。


「――会話が弾んでくるといつの間にか距離が近づいていて、触れあった手をそっと握る」
「ちょっと待て!!」
「またぁ?」
「何で手握るんだよ」
「握らないの?っていうか、好きな人には触りたくなるでしょ?だから自然とこう……ね?」


ね?じゃない。
こうやってさ、とナマエが自分の両手を使って実戦する。


「重ねるだけでもすっごくドキドキするよ」


ナマエの声を聞きながら、以前サキの手を握って逃げ回ったことを思い出した。
確かに、あの自分よりも小さい手は柔らかくて触り心地が――って洗脳されかかってるじゃねぇか!


「手を繋いで話しながらさ、自分の方を時々見上げてくるんだ。恥ずかしそうに頬を染めて、仕上げに嬉しそうに自分の名前を呼ばれてごらんよ」
「…………」


――ああもう可愛いなあフィンネルは!!
やたらでかい声で叫ぶナマエをうるさく感じながら、気持ちがわかる、と思ってしまった。


「夜なんて来なければいいのに…あの雰囲気は魔性だよ…いや、でもフィンネルと二人きりで話す時間がなくなるのは嫌だ。っていうか、ちょっとくらいならよくない?あーでも勢いあまって押し倒しそうで怖いなぁ……そうだ、アオト」
「…なんだ?」


いきなり声のトーンを変えるのはやめてほしい。
静かに危ないことを呟くナマエを止めるための算段をしていた俺は、問いかけに対する反応が遅れてしまった。

それを別段気にした様子もなく、ナマエは唐突に「あれちょうだい」と言ってきた。


「“あれ”じゃわかんねぇよ」
「名前ド忘れしちゃったんだよ…えーと、お香。あるでしょ」
「あー…あるけど、どっちだ?」
「落ち着くほう。あれ持ってフィンネルんとこいけばいいんだよ、これ名案だと思わない?」


…なんかデジャヴだ。
ちょっと前にサキが同じことしてなかったっけ。


「え、サキが…意外だなあ…でもぼくはそういう大胆なの結構好き……いったぁ!?ちょっとアオト!いきなり暴力は酷い!!」
「うるせぇ」
「ただの好みの話なのに……ってことでフィンネル、ぼく期待してるから」


俺が殴ったばかりの頭を片手で撫でながら、ナマエがいきなりドアの方へ向かって声をかけた。
続いてバタバタ走り去る足音が複数。

……こいつ。

ちらっとナマエの方を見ると、涼しい顔で見返してくる。
あげくに「なに」と首をかしげて、にっこり笑った。


「いつから気づいてた?」
「えっと……ムラムラあたりから居たような?」
「……最悪じゃねぇか……」
「ケンカしてると思ったのかなー、可愛いよね」
「お前なぁ、」
「フィンネルは結構努力家だから、ぼくのために頑張ってくれると思うんだ」
「……じゃあ俺はお前のために大量のアロマを差し入れしてやるよ」
「アオトは楽しみじゃないの?きっとサキだって真に受けて実践してくれると思うけど」
「…………」
「ふふっ、押し倒しちゃダメだよ?」
「……お前もう黙れ」


絶対ナマエの言うとおりになるとは思ってねぇけど…
俺のところにも『まったりアロマ』は大量に置いておこう。

――あくまで一応だからな、一応!

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