カラクリピエロ

PHASE.1 トコシヱ 01


ナマエ、今回はこれをお願いするよ」


物思いに耽っていたナマエは、五条から穏やかに声をかけられて、意識を差し出された紙に移した。
書いてあるのは薬の調合に必要な素材だが――


「…先生、これこの辺で取れたっけ?」
「頼んだよ」
「……アイ、サー」


有無を言わさぬ笑顔に肩を竦めて了承すると、クス、と笑われた。
問うように見返せば今度ははっきりと「何を考えていたんだい」と聞かれ、さりげなくお茶が出される。
それを素直にもらいながら、ナマエは口を開いた。


「ぼくたちが先生とゲンガイさんにお世話になったときのこと思い出してたんだ」
「ああ…そういえば、あれから大分経つね」


ナマエと同じように懐かしむ様子を見せた五条は湯飲みを傾ける。


「どうだい、経過のほうは」
「…………それが全っ然だめ、それっぽい噂すらでてこないんだ。タツミからの連絡も来ないし、やっぱり塔の中まで行くしかないのかな…。塔ってクラスタニア管理だよね…ヤだなぁ」


――緑豊かな大地、メタファリカ。ここからずっと遠くにある美しい世界。それがナマエの故郷だ。
この世界に必要だからと遠路はるばる訪ねて来たというのに、クラスタニア軍勢からの手厚い歓迎ぶりにはまったく感心した。

あの時のことを思い出すと、自分の不甲斐なさに今でも怒りが込み上げる。
以来、ナマエはクラスタニアが苦手である。

今は元気に空を飛び回っているだろう旅の連れ――彼女が助かったのは五条のおかげだ。
しかも現在はトコシヱを拠点にあちこち調べ回っているナマエのために宿まで提供してくれているのだ。感謝してもしきれない。


「……先生、ありがと」
「どうしたんだい、改まって…先に言っておくけど、依頼内容は変更しないよ?」
「ははっ、言いたくなっただけ。きっちり集めてくるから安心して」


この診療所に置いてもらう代わりにと、ナマエは助手もどきとして働いている。仕事は先のように素材集めや簡単な調合が主だ。

――加えて、メタ・ファルスの特殊なレーヴァテイルに関する情報提供。

実のところ五条の望む情報を与えられているのか疑問だが、無いよりマシだと開き直っている。情報さえあればナマエにとっての大事な少女――ココナに万が一があったときに診てもらえるからだ。


「ごちそうさま。先生、これ明日でもいいかな」


五条から出されたお茶を飲み干して席を立つ。手渡されたメモをヒラリと振って問うと、彼は笑って「勿論、かまわないよ」と言ってくれた。

お茶で軽く誤魔化されているがそろそろ夕飯時、腹が空いてきた。
彼はそれに気づいてくれたんだろう。


「先生も一緒に行かない?」
「…そうだね、後から行くよ。ああ、ナマエ、ちょっと」
「うん?」


外へ出ようとしたナマエを引き留めた五条はカルテをひっくり返し、それを見ながらブツブツ呟いている。


「先生?」
「あった、これだ。もしフィンネルがいたらそろそろ定期健診だって伝えておいてくれるかい」
「オッケー。……てか先生も後から来るならその時でも」
「よろしく頼んだよ」


またも笑顔でツッコミを封じられ、ナマエは若干顔をひきつらせながら診療所を後にした。

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