カラクリピエロ

おそろい。


アルキア『管八廃油温泉』、中でも老舗で有名な『油楽屋』一室にずらりと並べられた道具一式。
それらを前に腕を組む武器職人…ではなく鳶職の少年は、こちらを見据えてようやく口を開いた。

「…ナマエの武器を作ろうと思うんだ」

さも今思いついたとでも言いたげに、アオトがぼくに手のひらを向ける。
意味がわからず自分の手を乗せるとアオトは「違う」と笑って、武器を見せろとつけ加えた。

「最初からそう言ってよ…」

自分の間違いが恥ずかしい。つい口調が尖るのを自覚しながら、小袖から愛用の小刀を取り出した。
刃が納められているのを確認して軽く放ると、アオトはこともなげにそれを受け取った。

「サンキュ。……んー…なあナマエ、お前どういうのがいいとか、希望あるか?」
「使えればなんでも。片刃でも両刃でも…まあギザギザは袖に入れとくと痛そうだから嫌かな。…で、どういうのを作ってくれる気なわけ?」
胡坐をかいたアオトを見下ろしながら問いかけると、彼は小刀を抜いて刃を灯りにかざした。

「投げてカッコイイやつ」
「…そんなのあるかなぁ」

思わず思い浮かべたのは投げて戻ってくるセンベイ。いやいや、あれは隊長だけが使える特殊武器だ。
それにあんな奇抜な武器を作れるのはシンシアや空猫くらいのものだろう。

思考を現実に戻しながら近くにあった椅子を引き寄せる。腰掛けると、丁度ココナが近くを通りかかったものだからすかさず捕まえた。
小さく驚いた声を上げた彼女は相変わらず軽い。華奢な身体が腕の中に収まる寸前で、ペチ、と顔面を叩かれた。

「痛!」
ナマエ!ココナはもうそういうのやらないって言ってるでしょ!!」
「いいじゃないか、減るもんでもなし」

叩かれたところを片手で撫でながら言うと「減る!」と断言されて今度は彼女の腕を掴んでいたほうの手を叩いてくる。放せという意思表示なんだろうけど、生憎天邪鬼なぼくとしては余計に放したくなくなる。
ココナが叩くのに任せたまま、昔(とは言っても数年前)へと想いを馳せた。

「あーあ、ちょっと前まではナマエナマエー言いながら後ついてきて超可愛かったのになぁ」
「ココナの過去を捏造しないでよ」
「ははっ、捏造じゃないよ?クロアに確認してごらん。『クロがココナ置いてっちゃ」
「ぷーー!!」
「あいてててて!ちょ、痛いですマジで!」

バシバシと力の入れ具合が変わった攻撃に、やむなくココナを放す。
ぼくを睨みあげる目元と頬が赤くて、かんしゃくを起こした昔のココナを彷彿とさせた。
弱みを握られていると思っているのか何も言えなくなっているココナが可愛い。
…ぼくは置いてかれて不安がる女の子って普通に可愛いと思うけど、彼女にとっては複雑な思い出なんだろう。

「ごめんね、悪かった」

ポンポンと軽く頭に手をやって宥め、返ってきた溜息で許してもらえたことを知った。

「次やろうとしたらクローシェ様に言いつけるからね」
「…それだけはマジ勘弁だね…」

『私たちがどんな想いであなたを護衛につけたと思っているのですか!』
最初は静かに、徐々に空気をピリピリさせて怒る姿がいとも簡単に思い浮かぶ。
カツとヒールを鳴らして仁王立ち。次に左脇に刺したレイピアに腕が伸びる。抜刀した剣先は間違いなくぼくの鼻先だ。

「…うわ…恐…」

自然とこぼれた呟きを拾ったのか、ココナは満足気に口元に笑みを浮かべて去っていった。

「…ナマエとココナって仲いいよね」
「羨ましい?」

少し前から後ろに立っていたフィンネルの腕を引いて近くに寄せると、彼女は僅かに目を見開いてプルプル首を振った。

「そ、そんなことないよ!」
「ないの?…羨ましいって言ってよフィンネル」

ココナが全力拒否した体勢をさほど抵抗もなく受け入れたフィンネルの耳元で言ってみる。もちろん、わざとだ。
ぼくから見えるのは耳と、うなじと、大きく開いた背中。どれも真っ赤に染まっているから、きっと口は開閉を繰り返して空気を食べているに違いない。

「…あのなぁ…お前ら、そーゆーのは部屋でやってくれよ」
「あああああアオト!」

ビクッと大きく震えた身体といっしょに声も震えている。
見られた。恥ずかしい。でも動けない、どうしよう。
そんな彼女の心情が伝わってくるようだ。

ナマエ…お前すげぇ悪い顔してるぞ…」
「だってフィンネルがさ、」
「あ、あたしのせい!?」
「うん」

はっきり告げると今度は不安そうな表情でこちらを振り返る。
“加虐心を煽る”ってきっとフィンネルのためにある言葉だ。追い討ちをかけそうになるのをおさえて強く抱き締めると、フィンネルが安心したように息をついたのがわかった。
――この瞬間がすごく好き。

「……ドS」
「アオトにだけは言われたくないな。…それより作るものは決まったの?」
「ああ!このまえ忍者の服作ったろ?あれからヒントを」
「ちょっと待って」

嬉々として語ろうとするアオトを止める。
この間作った忍者といえば女物なのになぜか前衛サイズだったアレだ。
あれから連想する投げ武器といったらぼくには手裏剣しか思いつかない。奇を衒ってまきびしとかできたらどうしよう。

ナマエ…?」

どうしたの、となぜか小声で問いかけてくるフィンネルの頭をなでて、既に作業に入ってるアオトの手元に目をやった。
……なんだか、ぼくの知ってる形じゃないっぽい?
ギザギザはいやだと言ったぼくの意を酌んでくれているのか、刀身は真っ直ぐで両刃の小刀のようだ。黒いけど。

「ねぇ、アオト…それ何だい?」
「できてからのお楽しみ。安心しろよ、ちゃんと袖に隠せるようにしてやるから」
「……ありがと」

トンテンカン。完成間近の武器は何かの文献で見たような気がするけれど、思い出せない。
昔漫画で読んだんだよな~、と懐かしそうにしながら、アオトはとても楽しそうだ。
椅子にだらしなく座り、背もたれに全体重をかけたぼくの髪をいじってるフィンネルはなぜか高い位置で一つにくくり始めた。

「なにしてるのフィンネル」
「え、忍者になるんでしょ?」

なにを言い出すんだろうこの子は。
あたしの髪留め貸してあげるね、じゃないよ。
いつの間にかサキとティリアが揃って様子を伺っている…のはいいとして、その手に持ってるのは…?

「きっと似合うと思うわ」
「そうですね、ナマエさんが着たら絶対かっこいいですよ!」

ちょっと待って。
制止をかけようとしたぼくの声は、アオトの完成を告げる声が打ち消してしまった。

「見ろナマエ、クナイだぜ!」
「完成おめでとうございます!ということで、ナマエさん!」

「なにがどういうわけ!?」

ずいっと大き目サイズのくノ一衣装を差し出すサキから一歩下がる。

――ナマエはにげだした。
――しかしまわりこまれてしまった!

脳内で勝手にアナウンスが流れる。前にどこかで聞いたようなメッセージ。

「大丈夫、あなたなら大柄な女性として見られるわ」
「ぼくは全然大丈夫じゃない」

サキから距離を置き、ティリアの追撃を避けた先にいたのはココナだ。
にっこり笑った可愛い妹分は、出口への扉を閉めてしまった。ぼくに見せ付けるようにゆっくりと、しかし確実に。

「フィン…こら、アオト!フィンネルに近すぎるよ、離れて!!」

助けを求めようとフィンネルの方を見ると、彼女に何かを吹き込むアオトの姿。
つい口を挟んだぼくをニヤニヤ見る姿は一瞬しか映らなかった。
なぜならフィンネルが誰よりも早くぼくの目の前に移動してきたから。

ナマエ…あのね、あたし…見たいな。ナマエの忍者」
「……っ、」
「だめ?」

アオトの野郎…!
内心では悔しさが渦巻いている自分とフィンネルの頼みならなんでも叶えてやりたい自分が葛藤している。
…無論、勝負は決まりきっていた。

「……わかった」

パッと笑顔になったフィンネルをすかさず捕まえて、そのままアオトを指差す。

「ただし、アオトも着るならね!!」
「はあ!!?」
「…ふふっ…装備がないなんて言わせないよ…調合の材料なら揃ってるんだ。ぼくだけに恥をかかせようなんてそんな甘い話があるわけないでしょ?……フィンネルは当然、協力してくれるよね?」
「う、うん!もちろんだよ!」

ああもう可愛い…!
ほんのり頬を染めて嬉しそうに返事をしてくれたフィンネルはもちろんのこと、「それも楽しそうね」と乗り気のティリアを巻き込み、サキを言いくるめ、ついでに難を逃れたと安心しきって戻ってきた先生を捕獲した。



+++



「…似合いすぎるのも引くね…」
「言わないで…ぼくもそう思ってるから。ね、ねえココナ、このこと絶っ対、あっちの皆には内緒にして!」
「どうしよっかなー、ココナ嘘つくの苦手なんだよね」
「…ゲロッゴアイテム3種類」

指を三本立てて伺うと、満面の笑みを浮かべたココナが「交渉成立」とはしゃいだ。
限定だのレアだの不穏な単語を拾ったぼくは、金額の上限を設定していなかったことに気づいて倒れそうになった。
いやしかし、この姿を言いふらされて皇子やら養父やら、最大の敵である黒いレーヴァテイルやらにからかわれるよりよほどいい。…たぶん。きっと。

「ねえねえナマエ、さっきアオトがつくったやつ使って見せて」
「お安い御用だよお姫様」

フィンネルのリクエストに応えると決めたぼくは、やるならとことん派だ。
手馴れた袖ではなく、雰囲気を重視して懐に収めた苦無を取り出す。テーブルに置かれてた果物籠に積まれている青白りんごの一つを狙って三連投。
見事フィンネルから拍手と賞賛とハグをもらった。



+++



ココナはデレデレ状態のナマエを遠くから見て、人は変われば変わるものだと不思議な気分を味わっていた。
ナマエとの付き合いはこの中にいる誰よりも長く、彼女にとっては二人目の兄のようなものだ――この先も絶対に言うつもりはないが。

裏のありそうな人が嫌いなココナにとって、ナマエの第一印象は最悪だった。作り物の笑顔と時折見せる無情な行為に、クロアと同じ騎士だなんてと嫌悪感を抱いたこともある。
それが今は――

「ね、フィンネル。次当てたら何してくれる?」
「なっ、なんでそうなるの!?…えっと…じゃあ、」
「ホント!?」
「まだ何も言ってないよ!」
「いてっ、それならさ…………」
「ばっ…やらないよバカ!!」

隠密の服と武器。
出会った当初のナマエが身につけていたら、さっきみたいに軽口は叩けなかっただろう。
女性用にも関わらず抱く印象は“恐ろしい”だったに違いない。

「…ココナは、今のナマエの方がずっと好きだよ…」

ぽつりと溢した呟くを耳聡く聞き取ったらしいナマエが振り返った。

「ココナ、今なにか言った?」
「好きって言ったの」
「…クロアの次に?」
「当然だよ」
「やっぱりね」

ねえナマエ
その嘘じゃない笑顔は、クロとおんなじくらい好きだよ。

――絶対言ってあげないけどね!

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