最初の一歩はまだ遠く Phase-5
「英語なら、少しは役に立てると思うけど…私でもいい?」
「女神…!」
委員会に参加した木曜日。
勤勉に関する愚痴を吐露していた名前は沙織の言葉に思わず彼女の手を掴む。沙織は僅かに目を見開いて数回瞬いた後、はにかむように微笑んだ。
「そういえば、私のクラスで名前ちゃんの噂聞くよ」
「ほんと…?え、でもどんな?変な噂じゃないよね?」
「うん。最近すごく頑張ってるとか、優しいとか、可愛いとか…多いかな。なんだか、聞いてて嬉しくなっちゃった」
内容について不安になっていた名前は、沙織の口から飛び出す慣れない言葉の羅列に顔を赤くして首を振った。何かを否定したかったというわけではなく、衝動というやつだ。
目指していたところではあるけれど、実際に言われるとどう反応したらいいかわからない。
真田の親衛隊にへこまされてから約ひと月。
勉強・運動・容姿の研究、タルタロス探索。色々な方面に力をいれるべく駆けずり回っていた名前は、精神的にもだいぶ鍛えられていた。
校内での真田とはすれ違いざまに一言二言交わす程度だが、視線や小言に萎縮することがなくなったのは大きな進歩だと思っている。
「…ねえ名前ちゃん。聞いていい?」
「珍しいね、沙織がそんなこと言うの」
いいよ、と笑って答えると、沙織は微笑みながら「言いたくなければ、流していいから」と前置いた。
「名前ちゃんは、今、恋してる?」
「え!?」
「あ、気のせいならいいの。ただ、頑張ってるのは誰かのためなのかなって思っただけだから。ごめんね、変なこと聞いて」
「別に謝らなくても…うーん、でも…恋、とは違う気がする」
勉強や運動を頑張るのも『敵わない』と思わせるためだし、容姿の研究だって以前言われた“あの程度”――地味に気にしていた――が悔しかったから。評価されれば嬉しいし、そこへ至るための努力はしていると自信を持っていえる。もちろん友人の協力あってのものだが。
ひと月たった今も、基本は『打倒親衛隊!』のままだ。
まとまらないながらも沙織に告げてみると、彼女は僅かな沈黙のあと優しく微笑んだ。
「沙織?」
「ううん、いいの。名前ちゃんが“親衛隊”捻じ伏せるの楽しみにしてるね」
「ね、捻じ伏せ…ってそんな過激なものじゃ……ない、はず」
ペルソナ使ったりしないし。
名前はどこかずれたことを考えながら、そういえば満月も近いなと手帳を開いた。
月齢が表記されているもの――とは言っても満月と新月、半月の3種、計4箇所に月のマークが描かれているだけの簡易タイプ――で、ゆかりと寄った雑貨屋で衝動買いした。日付の欄に小さく描かれた月と一緒に“New”とか“Harf”と書かれているのがなかなか可愛いと思う。
(7月7日…七夕か)
七夕の日が満月というのはなかなかロマンティックだが、自分たち特別課外活動部にとってはそれだけですまない辺りが少し切ない。
「可愛い手帳ね」
「ありがと。私も気に入ってるんだー。…そういえば期末っていつからだっけ。7月、」
「14日から、一週間よ。今回は試験休みもあるし、それ目指して頑張るわ」
沙織に教えてもらった日付の欄に“テスト開始”とメモをした。
試験勉強の合間に、謎の少年・ファルロス曰くの『試練』が挟まれているのを見て今から憂鬱になり、手帳を閉じた。
「…って、試験休みなんてあるの?」
「知らなかった?月曜…20日から3日間で、それが終わるともう夏休みね」
「もうそんな時期かー。連休、沙織はどっかいく?」
「私は…とりあえず、テストを頑張ってから考えるわ」
「あ、気が早いって呆れたでしょ」
「ふふ、少しね」
「もう!」
あっさり認めた沙織を肘で軽く小突く。
クスクス笑いあう様子は遊んでいるようにしか見えなくて、不真面目な委員だと怒られそうだ。幸い顧問の姿もここを訪れる生徒の姿もなかったので特に問題もなく、下校のチャイムがなるまで仕事の片手間におしゃべりをして過ごした。
P3P 連作
1699文字 / 2009.12.09up
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