カラクリピエロ

深夜の訪問 ソーマ編


「君、殺しをしたことはあるかい?」


皆が寝静まった時刻。
ナマエのテントを訪れた少女は、出迎えた彼に向かって不躾にそんなことを言った。
ナマエは軽く嘆息し、彼女を招き入れるように身体をずらした。


「…とりあえず、着ぐるみは脱いでくれる?その物騒な得物も一緒に消してくれると嬉しいんだけど」
深夜の訪問者に文句を言うでもなく、向かいあわせに腰をおろしながらあくびを漏らす。


「こんな時間に行動して…フィンネルは明日謎の寝不足に悩むんじゃない?」
「平気さ」
「ソーマは、だろ」


着ぐるみ姿で現れたことにさほど意味はなかったのか、ソーマは言われたとおり着ぐるみと鎌を消した。
白いワンピース姿の彼女に話しかけながら、薄い毛布を引き寄せて羽織らせる。


「…別に寒くない」
「見てるぼくの方が寒くなるんだよ。で…どうしていきなりそんなことを言い出したのか、なぜ聞こうと思ったのかを教えてもらっても?」


ナマエは身体の後ろに手をついて、気だるげな雰囲気を隠そうともせずにソーマを見やった。
問われた側の彼女といえば、ボソリと「夜這いのしがいがないな」と呟いて小さく息を吐いた。


「一つ目の答えは簡単だよ。君に僕と同じ匂いを感じたから」
「ふーん…で、二つ目は?」
「もちろん君と…ナマエと、より親しい関係になりたいからさ」
「フィンネルが?」
「僕がだよ。じゃなきゃわざわざフィンネルが寝たのを確認してから出てきたりしない」


――今度はナマエが答える番だ。
問いかけというよりは確認といったほうが良い雰囲気で、ソーマは真っ直ぐナマエを見た。
“あなたともっと仲良くなりたい”
二人の掛け合いと場の雰囲気がもっと温かく柔らかければ告白ともとれそうな内容に、ナマエがクスリと笑う。ソーマは不思議そうに視線を動かしながらナマエの答えを待っていた。


「そうだな…うん。あるよ」
「…………随分あっさり認めるんだな」
「それこそどうして?君は確信してたじゃないか。だから言い訳しても無駄だろ?…まあ、聞かれたのが君だから正直に答えただけで皆に言うつもりはないよ。タツミは知ってるけどね」


ナマエの答えに満足したのか、ソーマの雰囲気が柔らかくなる。ピンと張り詰めていた空気も緩み、ナマエはまたひとつあくびをした。


「聞きたいことは終わり?…もう寝ようよソーマ…明日も朝から歩かなきゃならないんだからさ…」
「僕のことを知っているのはナマエ、君とアオトだけだ」
「…?…ああ…君がフィンネルの別人格ってこと?」


こくりと頷いたソーマが今度は言いづらそうに視線を泳がせる。
彼女のこんな様子は初めてだ。油断すれば舟をこぎそうになるのを――夜が更けてから大分時間が経っていた――懸命に堪えてソーマの言葉を待っていると、聞き逃しそうなボリュームで「フィンネルの話をきいてやってほしい」と言った。

フィンネルとソーマの関係については軽く聞いた程度だが、ソーマの行動にはフィンネルの意思は全く介入されず、殺しもフィンネルの望むところではないらしい。


「……そんな風に気遣うならやめたら?」
「それはできない」


ソーマは即答し、ニヤリと笑った。
まるで“楽しいから”とでも言いたげに。

フィンネルの話を聞いてほしい、というのはわかる。
サキと違って多重人格を隠しているフィンネルは弱音を堂々と吐き出せないから。そんなフィンネルを想うソーマの優しさだろう。
勝手に身体を操られ、望まないことをさせられている分溜め込んでそうだ、とぼんやり思った。


「オーライ。それで、ぼくは君の弱音も一緒に受け止めればいいんだよね?」
「なっ、」
「あー…でも…ごめん。今日はちょっと無理だ…眠くて…」
「僕が、弱音?しかも君に…ハッ、冗談じゃない。どうしてそんな風に思ったのか聞かせてくれるかな。悪いけどそれまで寝かせてあげない」


消していたはずの大鎌を顕現させて、既に寝る準備に入っているナマエの首元に刃をあてる。


「いって…ちょ、もー……勘弁してよ……」


感覚で薄く斬られたことがわかって大きく溜息をつく。
チクチク痛み出した箇所を気にしながら鎌を押し返し、ソーマの方を向いた。


「だからさ…ぼくにそういう経験あるかって聞いたのは、なんていうのかな……理解者が欲しかったからじゃないの?それが“楽しいよね”って同意が欲しいとなるとぼくには難しいけど、ほんとは違うんじゃないかなって…まあ、ぼくがそうだったからソーマも同じかなと。どう、当たった?」
「僕は…君のそういうところ、嫌いだ」
「ありがとう」


褒めてない。
怒った調子の言葉と共にソーマの手から鎌が消える。
出したり消したり、脱いだり着たり…詩魔法って便利だなとナマエは若干羨ましい気分になった。

ついでに、ソーマが否定しないということはやはり自分の考えは当たったんだなと勝手に結論づけ、掘り起こしそうになった暗い過去を押し戻すために胸元の服を握った。


ナマエ、大丈夫かい?」
「…え?ああ、うん。ごめんね。明日以降ならいくらでも付き合うよ。フィンネルを寝不足にしない程度にね」
「…いいかい、僕はあくまで君とコミュニケーションをとるために、話をしにくるんだ。ただの雑談にすぎないんだからそこは履き違えないでくれ。今度弱音だなんだと言うようなら君の首に消えない傷を」
「わかった、わかったよ。ソーマとぼくの深夜トークだろ、わかってる」
「そう、わかればいいんだ。第一回目のテーマは『着ぐるみの重要性について』にしよう。君の意見も聞きたいから僕の着ぐるみをよく観察しておいてくれ」


色々とツッコミたい部分はあるが、もしやソーマも眠いのだろうか。
眠いなら仕方ない。眠いとテンションも言動も怪しくなるものだ。


「…努力するよ」


当たり障りのない返答をして身体を横たえる。
三度目のあくびをすると、ソーマがナマエの身体に薄手の毛布をかけた。完璧に忘れていたが、彼女に貸していたものだろう。


「ありがと……」
「…ナマエ、君は僕がどういう人物かわかっているのかい?そんなに堂々と僕の前で眠るなんて『寝首を掻いてください』と言っているようなものじゃないか」
「ん……だね……」
「こんな深夜に僕をひとりで外へ――」


ナマエの眠気は最高潮に達していてソーマの言葉はほとんど聞こえていない。
彼女も眠いんだろう。それなら外へ出たくないのは当たり前だ。


「わかった…うん、いいよ……」
「な…っ、」


半分以上夢の中へ入り込んだナマエは、ここで一緒に寝ればいいと自己完結して油断していたソーマを引っ張り込んだ。
――よし、これでオッケーだ。
満足したナマエは即座に寝息を立て始めた。





抱き枕と化してしまったソーマはしばらくナマエの腕の中でもがいていたが、一向に外れる気配がない。


「この僕としたことが…」


不覚だ、と独りごちて溜息をつく。
暗殺者と呼ばれている自分の前で完全に寝入っている少年を不思議な気持ちで観察する。
が、近すぎて顔は全く見えないうえに抱き締められているから身動きも取れない。全く情けないことだ。

耳元でトク、トク、と規則正しいリズムを刻む心臓の上に手のひらを当ててみる。これを握り締めてしまえば、人はあっという間に止まる。少し上に見えている喉笛に刃を入れるだけでも簡単に。

不穏なことを考えながらナマエの首元を見ると、先ほど自分が斬りつけた傷が見えた。
血がでるほど深い傷ではなかったようで綺麗な赤い一本線が走っているだけだが、これもソーマにとっては計算外のものだった。


「本当は傷をつける気なんてなかったんだけど…悪かったね…」


聞こえていないのがわかっているからこそ、素直に謝る。
そうしてみると、急にこの距離が落ち着かなくなってきた。
こんなに近くで他人の体温を感じたのは初めてだし、髪をなでていく吐息にむずむずする。意識し始めると我慢ならない。


「フィンネル、君に返すよ」


ソーマはあっさりフィンネルと入れ替わり、謎の感覚から離れることに成功した。
これは逃げじゃない――そう心のなかで言い訳することも忘れなかった。





翌朝。
普段よりよく眠れた、と気分よく目を開けたフィンネルが直後大絶叫し、一騒動をまきおこしてナマエが散々な目にあったのはまた別の話である。

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