カラクリピエロ

PRETENSE


チュンチュン、と鳥の鳴く微かな声。朝を告げるその声はいくつか重なり、まるで会話を楽しんでいるようだ。

そんなのどかな空気が漂う辺境の地、蒼谷の郷。
その郷の中、とある修行僧の家で少年は息苦しさに薄くまぶたを開けた。
――今、何時だろう。
いつもの起床時間より早いような。
ぼんやりしたまま腕をさ迷わせ、側に置いてある筈の時計を探る。ぱふ、と手にあたったのは記憶どおりの硬い感触、ではなかった。
不思議に思いながらそのまま手を動かしてみる。


「ふっ、く、くすぐったいよタツミ」


小さく笑う声と共に腕を掴まれ、同時に呼ばれた側の少年はハッキリと目を覚ました。
ガバッと身を起こすと、隣には迎え入れた覚えのない少年が寝転がっている。


「なっ、」
「早起きだなぁ…ゲンガイさんとこにいた頃はもうちょっとゆっくりしてなかったっけ?」


くぁ、と大きなあくびを出しながら、不法侵入者は少年――タツミに問いかけた。


「で、でてけーー!!」


咄嗟に掴んだボードを勢いよく頭の位置に降りおろす。


「うわっ、あっぶな!」


ボフンと音を立て、枕がボードの形に合わせて歪んだ。
危ない、と呟いて避けた少年には余裕が感じられて、それが更に腹立たしい。


「まあそう怒らないで。昨夜はあんまりにも遅く着いちゃってさ、起こすのも悪いなと思って」
「そういうときは宿を取れば!?」
「朝一ならココナに会えるかな~って期待したのに、抜かりなさすぎだよタツミくん」
「当たり前でしょ!ボクは遊びに来てるわけじゃないんだからね」


再度降りおろしたボードはまんまと受け止められてしまい、力を込めてもビクともしない。


「だい、たいっ、何しに来たのさ…、進展があったら連絡、入れるって、言ったでしょ…!」


ぐっと体重をかけ続けるタツミをボードごと支える少年は、少し黙ったあとタツミを見てにっこりと笑った。


「そりゃ…会いに来たんだよ、君に。決まってるじゃん」
「!」
「わっ、ちょ、ココナ!」


あまりのストレートな言動に驚いて力を抜いてしまった。
反動で倒れそうになったタツミは、直前で少年に思いきり引っ張られ、ボードもろとも彼に受け止められた。


「…こ、この姿のときは、」
「うん、ごめんねタツミ。怪我ないかい?」
「っ、まったくもう!朝からぷーすぎだよ!」


クロに言いつけてやるから!
顔を見ず、帽子のつばを下げながら言えば少年から「それはまって!?」と焦った声がとぶ。
それを聞いて溜飲をさげたタツミは、クス、と小さく笑った。


「…やっと笑ってくれた。ここまできて怒られただけで帰ることになったらどうしようかと思ったよ。やっぱり君は笑ってるほうが可愛い」
「…………ナマエ、言っとくけどココナ…じゃない、ボクはクロ一筋なんだからね!」
「ん、知ってるよ?」


帽子の上から軽くタツミの頭を撫でる少年は嬉しそうに、それでこそ君だ、と言った。


「いつか『同じくらい』って言わせてみせるさ。まずはクロアより強くならないとね」



+++



「今日も練習?」
「まあね。ナマエのほうはどうなの?」
「それが…どうにもぼくには向かないみたい。あんまり怪我ばっかするから、ついに“さーしゃストップ”がかかったよ」


肩を竦めながらナマエが苦笑する。
手にはドライバーを握り、さーしゃ直伝だから任せろと言い放ちタツミのボードをメンテナンスしていた。


「ふーん、運動神経よさそうなのに意外だね」
「バランスって難しいよ。剣とは使う神経が全然違うもん」
「当たり前でしょ…」


できた、と手渡されたボードを見て、タツミは思わず感嘆の声を上げた。
本当にさーしゃがメンテナンスしたみたいだ。素直に礼を言うと、ナマエはまたタツミの頭を撫でた。


「どの辺を飛ぶの?」
「練習だからね、ここから始めて…最近はあの辺のターミナルまでかな」
「見てても?」


ナマエの問いに頷きで応え、タツミは身軽にボードに飛び乗った。

――ピュゥ♪

ナマエから聞こえた軽快な口笛を聞いて嬉しくなる。
思えばこの辺りでVボードのことを語れる相手はいない。
ここへ来てから知り合ったアオトはやたら馴れ馴れしく話し掛けてくるものの、タツミ側に馴れ合う気があまりないし、アオトはアオトでVボードに詳しくはないようで「へえ」「そうなのか」「すげぇな」程度の返事しか返ってこない。


「タツミー、今度ぼくに教えてくれないかー?」


宙にいるタツミとの距離を補うように、ナマエが幾分か大きい声を出す。
スイッと彼の側に着地したタツミは、やや高い位置にある顔を覗き込み、拳で軽く彼の胸を叩いた。


ナマエは“さーしゃストップ”中でしょ。勝手に教えたらボクがさーしゃに怒られる」
「だって見てると気持ち良さそうで羨ましいんだよ。それに、ぼくが乗れるようになれば君と二人で空の散歩ができるじゃないか。なかなか出来ないよ、空のデートなんて」
「あのね…」


にこにこ笑いながらの言葉にタツミは呆れてしまう。


「ボクは今タツミで、男のつもりなんだからそういう事をあっさり言わないでよ!」
「誰も聞いてないよ」
「万が一ってことがあるでしょ!まったくぷーなんだから」


「…でもさ、」


まだなにか言うつもりなのかとナマエを睨むタツミに、視線を向けられた本人はにこにこ笑っている。


「ぼくにとって君は、大事で、特別で…可愛い女の子だよ。どんな格好をしててもね」
「……っ、バカ!」
「なんで!?」


理不尽な罵りに不満を漏らしかけたナマエは、タツミの様子を見て嬉しそうに笑った。

――そうやって意識して欲しい。
自分は兄のような存在から抜け出したいのだから。


「…さて、そろそろ帰ろうかな。タツミ、成果があがってもあがらなくても、定期的に先生のところに連絡入れてよ。辺鄙なところって言ったってテレモの一つくらいあるんだろ?」
「…それ言うために、わざわざトコシヱから出て来たの?」
「直接顔が見たかったのも本当だよ。元気そうで安心した」
「……もうすぐそっちに帰るつもりなんだ。この郷も大体調べ終わったし、」
「ホント!?」


パッと明るくなった表情に、思わず吹き出してしまった。
こうして素直に、傍目にもわかるほど喜んでもらうのは照れくさい。
ナマエ本人にとっても予想外だったのか、彼は片手で口を覆って視線を泳がせると誤魔化すようにタツミの頭を撫でた。


「えーと…その、戻ってくるときは連絡してくれると…嬉しいよ」


じゃあまたね、と手を振って郷を後にする彼を見送る。
久しぶりに会えた彼とこのまま別れることに少しの寂しさを覚え、ふと朝方のやり取りを思い出した。

――ココナに会えるかなって…



「…ナマエ!」



タツミは勢いよく帽子とって、普段隠している長い髪をあらわにする。
振り返ったナマエは驚きそのままの表情をしていてなんだか気分がいい。
呆然としているナマエが「ココナ」と口を動かしたのがわかった。

声がタツミのままなせいで若干違和感を生んでいるが、今は気にしないことにする。
それよりも――


「――今度会うときまでに少しはボード上達しておいてよね!ココナ、一から教えるなんて嫌だから!」


驚きに見開いていた目を柔らかく細め、ナマエはその場で片手を挙げた。

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