ラバーズトーク
「フィンネル、君に頼みたいことがあるんだ」
もう恒例となっている眠る前のひと時。
あたしの手を握りながら、ナマエは真剣な顔でそう言った。
いつもなら寄り添うように隣に座るのに、今日に限ってナマエはあたしの前で片膝をつく姿勢をとっていた。
…そう、例えるなら、小さい頃に読んだ絵本の騎士様みたいに。
ナマエを見下ろすなんて滅多にないアングルに、なんだかいつもよりドキドキして――
「フィンネル?」
「は、はい!」
「どうしたの、今日は随分おとなしいね」
あたしの考えてることが伝わっちゃったのかと思ってびっくりした。
ナマエはあたしが思いっきり驚いたのに気づいているくせに、気づいてないみたいに首をかしげた。
ふふ、と穏やかに笑うのは、ナマエの特徴。
……穏やかだけど、その笑い方にバリエーションがあるって気づいたのはいつからだっけ。
今のからかい混じりな笑い方も嫌いじゃないけど、あたしが見てて嬉しくなるのは、もっと柔らかい感じの…
うー…思い出したら余計ドキドキしてきた。
「フィンネル、聞いてる?」
「――き、聞いてるよもちろん!あたしならいつもどおり…あ、でもナマエのお願いっていうのはなんか恐い、かも…」
「……心外だな。そんな風に言われるようなお願いしたことあった?」
覚えがない、と呟いてナマエの視線が少しさがった。
思い出そうとしてるのかな。
……でも、今はあたしが目の前にいるんだから、あたしを見て欲しい。
………。
……………。
お、おかしいな。あたし、いつもはこんなこと思ったりしないのに。
頭の中はぐるぐる考えているのに、あたしの手は勝手に動いて、ナマエの袖を引いていた。
こっち見て、って言うみたいに。
ナマエと目が合う。
カァッと顔に熱が集まるのがわかった。
口からは言葉になってない音が漏れてて、それも恥ずかしい。
ナマエはあたしの行動に少し驚いた顔をして、直後、嬉しそうに笑った。
…よかった。
ホッとしてつられるように笑う。
すると、ナマエは片手で口元を覆って急に立ち上がった。
「ナマエ?どうしたの?」
「…っかしいな…こんなはずじゃなかったんだけど……」
「何が?」
質問を重ねるあたしに、ナマエは視線を泳がせる。
袖は掴んだままだったから距離が離れることはなかったけど…ううん、それどころか、さっきよりも――近い。
「んー。アロマってレーヴァテイル専用じゃないんだなーって実感してるところ。やっぱり普段のぼくは相当頑張ってる」
えらいなあ。
感心したように呟く声に重なって、ギシッとベッドが鳴った。
「あああああの、ナマエ!?」
「フィンネル、キスしていい?」
混乱するあたしをよそに、ナマエがにっこり笑う。
ナマエは片足をベッドに乗り上げてて、あたしが掴んでたはずなのに逆に掴まれてて、いつの間にか見下ろされてて――っていうかいきなりすぎだよ!!
「だ、だ、だ、だめ!ほ、ほら、ナマエのお願いまだ聞いてないし!」
「うん。じゃあキスして」
「じゃあ!?そ、それが最初にいってた頼みごとなの!?」
「ううん、違う」
ナマエが変だ…!
あたしのドキドキも相当おかしいけどこれはたぶんナマエがこんなだからであたしのせいじゃないと思うしそれはそれとしてそのお願いはきけないよ!!
「ねぇ、フィンネル…だめ?」
耳元で囁かれてこめかみに唇が触れる。
ドキドキのせいで息がうまくできない。苦しい。
「む、無理…!」
「どうしてさ」
「恥ずかしいからに決まってるでしょ!!」
「なら、していい?」
話がループしてるよー!
ドキドキは収まるどころかもっと速くなってて痛いくらい。
「ナマエ!!」
バン!と大きな音を立てて部屋の扉が開いた。
あたしは当然ビクッとしたし、ナマエもびっくりした顔で扉の方を見ていた。
そこに立っていたのはココナだった。
あたしたちを見て固まったかと思った直後、
――無言で“R-MOON”を繰り出した。
◆◆◆
「ごめんねフィンネル」
こめかみから流れてる血がものすごく気になるんだけど、それを拭おうとするとナマエ自身に止められてできなかった。
正座して謝るナマエの前には拳銃型をした調合アイテム『エッチ線香』こと『もやもやアロマ』。
横には呆れきった顔で腕を組んだココナが取り調べのように「どうしてこんなことしたの」とキツイ調子で問いかけた。
ココナは一緒にアイテム整理をしていたアオトが洩らした「ナマエにやった」「フィンネルで試すらしいぜ」という言葉を聞いて駆けつけてくれたらしい。
「んー…フィンネルといちゃいちゃしたかったから?」
「普段からしてるじゃん!」
「わかってないなぁ。ぼくから仕掛けるのも楽しいけど、フィンネルから色々して欲しいの」
「だからってアイテム使ってだなんてサイテーだよ。ぷーすぎ!!」
あたし以上に怒ってるココナに、そうだよねぇ、と怒られているはずの張本人が同意する。
…ナマエ、それ煽ってるよ。
ぴく、とココナの表情がまた険しくなった。
「そもそもぼくの頼みってこのアロマ使っていい?って許可取ることだったはずなんだけど…おかしいな、どこで間違えたんだろ。結局フィンネルからもなんだかんだで拒否されてたし………………なんかちょっと凹んできた」
「ナマエ…あたしは別に、」
「フィンネル、そうやって甘やかすとよくないよ。むしろ禁・フィンネルとかつければいいんだ。ナマエは明日から3日間フィンネルに触るの禁止」
「ちょ、ココナ!?」
「フィンネル、今日はココナの部屋で一緒に寝よ!」
「う、うん」
「……!!」
ココナの提案に頷きを返しながら、ナマエの様子を伺う。
うな垂れて困りきった顔。
あたしの視線に気づいたナマエは眉を下げたすまなそうな表情で、ひらりと手を振った。
「3日かー…キツイなぁ……」
ココナの言っていた罰を思い出してか、ナマエがそんなことを呟くのを背中で聞いた。
……あたしから、触るのはいいんだよね、きっと。
でも恥ずかしいから言わない。
“禁断症状”って本当にでるのかな…出てくれたら、嬉しいな。
ナマエが変だったのはアロマのせいだってわかったとき、ちょっと残念だった。
だからナマエ。今度はアイテムなしで、お願いしてみて欲しいな。
いきなりキスは無理だけど少しずつ頑張るから…ね?
アルトネリコ 短編
2706文字 / 2010.02.25up
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