カラクリピエロ

きみがすき。


ある日の夜、あたしは寝る前のサキちゃんを捕まえて部屋に呼んだ。
どうしても気になることがあったから。

でも、こうして女の子同士でもちょっと恥ずかしいっていうか…こういう話はどう切り出していいのかわかんない。
「あのね」を繰り返すあたしに、サキちゃんはにっこり笑って手を握ってくれた。


「フィルちゃん、サキで答えられることなら何でも答えますから。だから、そんなに泣きそうな顔しないでください」
「え…あたし、泣きそう?」
「サキにはそう見えました。泣きたければ我慢しないでいいですよ、サキのお胸でよければ貸します」


拳をつくってドンと胸をたたいたサキちゃんが、今度はあたしの頭を軽くなでる。
なでながら、どうしました?って聞いてくれる声がとっても優しくて、本当に泣きそうだなって思った。


「サキちゃん……ありがとう」
「いいえ、それくらいお安い御用です!」


にこにこ笑顔のサキちゃんにつられてちょっと笑うと、サキちゃんはもっと嬉しそうに笑った。
うん、大丈夫。
なんとなく後押しされた気分で、あたしは口を開いた。


「…あのね、“好き”って言うときどんな気持ち?」
「へ?」


予想外の質問に驚いたのか、サキちゃんの髪飾りがパカッと開いた。
…どういう仕組みなんだろうってときどき不思議。


「好き…ですか?」
「うん。あ、で、でも、ただの“好き”じゃないっていうか…えっと、その、好きな人に言う…“好き”」
「好きな人に…」


繰り返されると無性に恥ずかしいんだけど、ここは我慢。
サキちゃんは「少し待ってください」と言って目を閉じるとゆっくり呼吸を繰り返していた。


「サキは…とっても幸せな気分になります」


その言葉と同じように笑って、サキちゃんは胸に手をあてた。


「この辺があったかくなる感じです」


見よう見まねで同じ場所に手をあてる。
しあわせ、と呟いたあたしを見てサキちゃんは慌てたように両手を動かした。


「あの、でもでも、すっごくドキドキしたりもしますから…その…あまり、頻繁には言えないです」


段々小さくなっていく声を聞いて、あたしは思わず身を乗り出した。
そう、それが聞きたかったの!


「そうだよね!?」
「わっ、フィルちゃん!?」
「あ、ごめん。サキちゃんもドキドキするんだなって」
「もちろんですよ!言うまでと、言ったあとと…お返事を聞くまで、ずっとです」


サキちゃんもあたしと同じだってわかって安心した。
次の日、先生にもココナにもアオトにも同じことを聞いてみたら、大体似たような答えが返ってきた。

――ストレートには言いにくい。

それも共通していることだった。
アオトに至っては『ばか、す、好きとか、んなほいほい言えるわけねぇだろ!』って何故か怒られるはめになるし…なんでよ。



◆◆◆



「フィンネル!」
「わあ!?」


後ろから突撃されて、考え事をしていたあたしはものすごくびっくりした。
しかも考え事の中心っていうか…本人だったから余計驚いた。


「ごめん、そんなに驚くと思わなかった」
「考え事してたから…それよりどうしたのナマエ
「用がないとフィンネルに話しかけちゃだめなの?」
「う、ううん!そんなことないよ」


嬉しいよ、って言葉はのみこんで、あたしはこのチャンスを活かすことにした。
このタイミングできてくれるなんて丁度良すぎて怖いくらいだ。


「ねえ、ナマエ
「ん?」
「あのね…あたしのこと、どう思ってる?」
「好きだよ」


…………。
笑顔であっさり言われた言葉につい黙ってしまった。

みんなが“言いにくい”って言ってた言葉だよ?ナマエは違うの?
それともあたしへの“好き”は食べ物とか動物とか、そういうのと一緒?


「あれ、不満?」
「だって…なんか、軽いもん」


もっと照れたり躊躇ったりしてほしい。
だからつい、言ってしまった。


「…………なにそれ」
ナマエ…?」


いつも聞くのと全然違う声。
――傷つけた。
あたしの言葉はナマエを傷つけた。

謝ろうと一歩近づくと、ナマエはあたしと同じ距離を移動して離れる。
傷ついた表情が一瞬ナマエの前髪に隠されて、戻ってきたときには薄く笑いを浮かべていた。


「――それで?」


怖い。
心臓が段々速くなる。ドクドクと鳴る音も大きくなっている気がした。


「君はなにが不満?」
「ふ、普通はさ、もっと…大事にする言葉でしょ?」


あたしは心臓を押さえながら、なんとかわかってもらいたくて続ける。顔が上げられない。
これじゃだめだってわかるのに、怖い。


「ははっ…大事、ね。ぼくだってそう思ってるよ。でもぼくはね、大事だから伝えたいんだ。恥ずかしいとか面と向かって言いにくいって気持ちもわかるつもりだし、現に君はそういうタイプでしょ」
ナマエ
「……ねえ、ぼくが“好き”って言ったとき、君はどんな気持ちだった?どんな言い方なら満足した?まあ、ぼくの“軽い”言葉じゃ何をどう言っても価値なしだろうけど」
「ちょっ」


全然伝わってない。
言いたい事が伝えられない。

ナマエに“好き”って言ってもらうの嬉しいよ。でも言われる回数が積み重なって、多くなってくると不安なの。
あたし、そうやっていっぱい言ってもらったことなかったから――物と同じ“好き”じゃないって確かめたかっただけなのに。


「――そんな、つもり、じゃ…ごめ、ん…」
「許さない」
ナマエ!ごめんなさ…やだ、待って、いかないで…!」


急いでナマエに駆け寄って、必死で服を掴む。
仕方ないって、あたしが悪いんだからって…いつもみたいに思えなかった。諦めたくなかった。だって、まだちゃんと伝えてない。傷つけたままなんてイヤだ。

ぎゅうと思い切りナマエの服を握り締めると、小さく溜息が聞こえた。
あたしはそれについビクッとしちゃったけど唇を噛んで耐えた。

ナマエがあたしの手を振り払っても諦めてやらないんだからね!

そう気合を入れた途端、視界がかげって顔がナマエの胸に押し付けられていた。
戸惑ってナマエを呼ぶあたしの腰にはゆるく腕が回されて、いつの間にかナマエに包囲される形になっている。

またビクついたあたしを落ち着かせるためか、ナマエが少し距離をあけてあたしの肩に頭を乗せる。

――君はずるい。

そう呟いたのがわかった。


ナマエ……」
「ぼくが君に泣かれると弱いの知ってるくせに」


いつもの調子にもどっている声音に安心して、我慢していた涙がついに目からこぼれてしまった。
ひとつこぼれると堰を切ったように次から次へ溢れてくる。
ナマエはあたしが泣いてるのをなぜか嬉しそうに見て、目尻にキスをした。


「……ぼく、君が泣くのを見るのは結構好きみたい。ぼくが原因のとき限定でね」


くすくす笑いながらあたしが泣くのをそのまま見守るナマエ
見られ続けるのが恥ずかしくなってきたころ、あたしはひとつ気づいてしまった。


「泣きやんだ?」
「なま、え……あたしの……」
「あ、気づいてたんだ」


また嬉しそうに笑う。
やっぱり、呼んでくれなかったのはわざとだったんだ。

今日のナマエはいじわるだ。
全面的にあたしが悪いってわかってるけど、どうしても悔しくて、せめてもの仕返しにナマエの胸で涙を拭いた。


「フィンネル」


あたしの頭を優しくなでながら苦笑を洩らしたナマエは、あたしの耳元で名前を呼んでくれた。
まるで大切なものを呼ぶみたいに。


ナマエ、ごめんね……」
「いいよ、さっきのすっごい嬉しかったから」
「さっき?」
「うん。フィンネルはぼくが大好きってよーくわかった」
「なっ!?」
「泣いてひき止めるほど、ぼくが好きでしょ?」
「…!……ッッ!」


うまく言葉にできなくて口をパクパクさせるあたしに向かって、ナマエはにっこり笑顔をくれながら額をつきあわせる。


「好きだよ、君が。大好き。……君への“好き”はね、特別なんだ。口に出すと嬉しくなる…わかるかなぁこの感覚」


ナマエの言葉は昨日サキちゃんに聞いた話と似ていた。
でも、どうしてあたしはわかってないみたいな言い方するのかな。


「ちゃんとわかるよ!」
「……ふーん、じゃあ言われるのは?」
「…う、うれしいよ」
「だよね」


ふふ、とナマエが笑う。
今度こそちゃんと伝えられて安心したけど、この流れって…


「フィンネルばっかりずるいと思わない?」
「で、でもそれは、ナマエが」
「うん、ぼくが言いたくて言ってることだけどさ。たまにはぼくを幸せにしてくれてもいいじゃない」


ナマエにとっては緊張よりも嬉しさのほうが大きいのかもしれないけど、あたしは逆なのに!
そうやって言われると断りづらいし、誰かを幸せにできるっていいなって思ったりもする。
…なんか、ナマエに上手いこと誘導されてる気がしないでもないんだけど。


「…どうかな」
「い、一回だけだからね!」
「じゅうぶん!」
「…………き、です」
「はい、聞こえません」




「あたしは、ナマエが――」

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