カラクリピエロ

#01「瑣末」


2017.02.xx――いくら都会とはいえ、冬はそれなりに寒い。
そりゃもう(北国の方々には怒られそうだが)都会っこには堪える寒さになるものだ。

それなのに、我が友人殿は冷たい風が吹きすさぶ屋上で――ちなみに立ち入り禁止だ――ぼんやりと空を見上げていた。
身体の後ろに両手をついてコンクリートの床に座り込んで。口から吐き出される息は白く空気へ溶けていく。

ギィ、と大きな声で鳴く扉を開いて空間に割り込んだのだから、オレには気づいているはずなのに、ヤツは空を見上げたまま身じろぎひとつしやしない。


「三崎!んなとこに居たら凍っちまうぞ」
「……お前には関係無い」


ゆっくりこちらに顔を向けて、友人・三崎亮は抑揚の無い声で言った。


「言うと思った。ったく、せめてこれ巻いとけ。はずしたら泣くからな」


持参してきた黒いマフラーを強引に首に巻きつける。
ちなみにこれは三崎本人の持ち物だったりする。オレのは情熱の紅。やったら長くて、着けると特撮ヒーローみたいにはためくんだぜ……って、んなことはどうでもいいな。
とにかく三崎は眉をひそめてオレを見上げると、呆れたように溜息を吐き出した。


「お節介野郎……っつーか泣くとか嘘だろ」
「まぁな。ところで今はお昼休みなわけですが、三崎クンご飯は?」
「いらねぇ」
「はい、でた三崎の無気力っぷりー」


益々表情を険しくさせる三崎を無視して、これまた持参してきた重箱をドンと彼の前に置いた。
蓋を開けるとふわりと湯気が立ち上り、美味しそうな匂いが広がる。うん、やっぱ母さんの弁当は最高だね。
傍には玄米茶入りの魔法瓶まで常備、オレって準備いい。


「少しでも食べねぇと午後持たないからな。っつーか食わせる。ほれ、あーん」
「馬鹿か」


親切にしてやろうというオレの行為をたった一言で切り落とし、三崎は重箱をジロジロ観察し始めた。
好きなおかずでもあったのだろうか。


「作ったのは母親だから安心しろよ。それより家庭科室忍び込んで温めてきたんだから食えって」
「……あぁ、なるほど」


作り手が母親である点か、それとも湯気の原因か、いずれにしても三崎は自身の疑問に答えを見つけたらしい。
再度押し付けるように割り箸を差し出すと、存外素直に受け取った。

パキリ。


「…………いただきます」
「はい、どーぞ」


行儀良く手を合わせて食事の挨拶をする三崎は意外で、初めて見たときは吃驚したものだ。
きっと育ちがいいんだろうなぁ。
詮索屋は嫌われるから(これは誰の言葉だったかな)、オレはこいつに関することをほとんど知らない。まぁ機会があれば知ることもあるだろう。


「なぁ、一之瀬」
「んー?あ、三崎それ避けんな!食え!」


寒空の下で同じ弁当を分け合うって傍から見たら変な光景なんだろうな。
教室入れば?ってツッコミがきそうだ。
タマネギをさりげなく避けている三崎に激を飛ばすと、うんざりした顔で――そりゃもう嫌そーな顔で――それを口に運んだ。


「よし、偉い偉い」
「ヤメロ」


撫でようと思って伸ばした手は、触れる直前で本人に払われた。
この短い時間で何度聞いたかわからない溜息をもう一度吐き出して、三崎は「なんでだ」と呟いた。


「何が“なんで”?」
「お前がウザいくらい世話焼いてくる理由だよ」
「ウザ……ッ、ひでぇ!おっ前酷いヤツだな!オレの好意をウザいで片付けるんじゃねぇよ!大体なぁ、友達のこと気にすんのに理由なんかいるか!」


喚くオレをよそに、三崎は湯気の立つ茶を傾けて――咽た。


「……おいおい三崎ぃ、それはいくらオレでも傷つくぜ?友情の一方通行って相当寂しいじゃねーか……」
「いや、違、悪ぃ……」


ゲホゲホと咽ながら、途切れがちに寄越した謝罪があまりにも苦しそうだったから、見かねたオレは三崎の背中を叩いてやった。



ようやく落ち着いてくると、大声で啖呵を切ったオレのほうがなんだか恥ずかしくなってくる。沈黙が重い。
なんか言えよ、と念を送ってみるものの、受信された様子はない。
寒いはずなのに変な汗がでてきそうだ。――結局、折れたのはオレのほうが早かった。


「なぁ、さっきの続きだけどさ……」
「…………」
「お前ってさ、なんか放って置けないんだよね。世話焼きたくなんの。見てて危なっかしいっつーかさ……」


なるべく対象の方を見ないようにして一息に言い放つ。
すると、三崎はフ、と笑ったような気がした。……こいつが笑ったのって久しぶりじゃないか?
何があったかは話してくれないからわからないけど、ここんとこずーっと塞ぎこんでたからな。ウザいって言われるほど構ってたのもそのせいだ。


「……のも」
「ん?」


ポツリと零した言葉を拾い逃して、慌てて意識を集中させる。
三崎は口元を自嘲的に歪めて「志乃も、似たようなこと言ってた」と、呟いた。


「…………まぁ、お前は世話やかれタイプってことだ」


彼女か、なんて軽くつっこめるような雰囲気じゃなかった。
目の前の顔があまりにも痛そうな表情を作るものだから、どう反応したらいいかわからなくなる。
ぶっちゃけこういうときの対応なんてわかんねぇよ。マニュアルがあるなら教えてほしい。
三崎の傍に移動したオレは、ヤツの肩をポンと軽く叩いてから背中に回ると、体重をかけて寄りかかった。
何か言いたげに背中が動いたけれど、それを強引に止める。


「三崎ぃ……あんま一人で溜め込むなよー?聞くだけならオレがいつだって付き合ってやるからさぁ……その、なんだ……泣くなら背中を貸してやるし?」


胸は女の子に貸すと決めてるからその辺は妥協してくれ。


「……クッ、」


聞こえてきたのは笑い声と、直接身体に伝わってくる背中の震え。
慣れない台詞を吐いているとわかっているから仕方ないものの、いざ笑われると複雑だ。やっぱ言うんじゃなかったな。
三崎から身体を離して立ち上がろうとした瞬間、逆に背中に体重が思いっきり――ってか、三崎のほうがでかいんだからちっとは遠慮しろっての!


「三崎!重いって!」
「サンキュ、――名前
「……………………は?」


硬直したオレのことなどお構いなしに、三崎は広げられた弁当箱を片付けている。そういやそろそろ昼休み終わり?や、てか、それどころじゃなくて……
いつも“おい”とか“お前”としか呼んだことないくせに。呼んでも“一之瀬”って苗字だったくせに、なんだよそれ。


「何赤くなってんだよ、たかが名前だろ」
「ばっかお前。たかが名前、されど名前だよこの野郎」


自分でも混乱しているとわかる。大体“The World”では呼ばれなれてるはずなのに、どうしてこんなに混乱してるんだ。
でもさ、リアルでは苗字で呼び合う機会が多いわけよ。名前なんて親類縁者くらいしか呼ばないもんじゃねぇ?…………誰に言い訳してるんだオレは。


名前、ゴミ袋」
「ん。こっち」
「なぁ名前、次の授業なんだ?」
「が……外国語じゃなかったかね?」
「クク……、かね、ってなんだよ、校長の真似か」


うぉぉおおおい!!遊んでやがるな三崎ぃぃいい!!

……ふ。そっちがその気ならオレにだって考えがある。

目には目を、歯には歯を、だ!


「――亮、帰り時間あるか?マック寄って……か……ね……?」


おい。

三崎くんよ、君はヒトのことからかえる立場か?お前そりゃ照れすぎだろ、耳まで赤いじゃんかよ。


「なぁ三崎……じゃなかった、亮」
「ッ、言い直さなくていいっつーの」
「こうして名前を呼び合って照れる男子高校生ってキモくね?」
「………………お前はそうでもない」



ワンモアプリーズ。

オレはそうでもないだと?



「はぁ!?何言ってんのお前、はぁあ!!?」
「ウゼぇ」
「ウザい言うな!キモいに決まってんだろーが!現実を見ろ!あぁこれで亮が女の子だったら『い、いきなり名前で呼ばれるのは恥ずかしいよ……』とかってシチュエーションが期待できたかもしれないのに」
「ウラ声使うんじゃねぇよ」
「ツッコミどころはそこじゃねぇんだよ馬鹿!!!!」


二人して騒ぐうちに、暗い空気はどこかへ飛んでいってしまったようだ。
三崎――亮も、いくらか明るい表情になっていることに安心した。
これでちっとはテンション戻るといいんだけど。


ちなみに。
いつの間にか予鈴はおろか本鈴もとっくに鳴り終わっていて、二人そろって授業に遅刻した。





亮の気分が上に向かってるといいなと思った数日後、ヤツは学校を休みがちになった。
学校に来ても授業中は寝てるし(それでも成績上位だからってセンセイは何も言わない。ずりぃよな)、休み時間はジッと何かを考え込んでいるようで、話しかけるなと全身が言っている。

なぁ、お前が何抱えてるかは知らねぇけどさ。
拠り所のひとつとしてオレも居るってこと、思い出してくれねぇかな。

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