カラクリピエロ

08.暴走


ティトレイに見送られ、無事サニイタウンに到着したナマエはこの街での滞在を余儀なくされていた。
予定していた納品を終え、サニイタウンの商人と交渉予定だったはずが、その商人が急な用事で会えないと言ってきた。
ならば日を改めますと提案すれば今度は商談自体をなかったことにされそうになる始末。


「おじさんの番ですよ」


手持ち無沙汰にカードを引いて、連れ合いのガジュマの男に話しかける。
彼は落ちつかな気に部屋を行ったり来たりした後、やや乱暴に椅子に腰掛けた。


ナマエちゃん、やっぱり一度俺が言ってくるよ」
「ここは我慢比べだと思って」
「でももう3日目だ!」
「わたしが一人で交渉できたらよかったんですけどね」


すみません、と言いながら苦笑するナマエに、男は苦い顔をして黙り込む。
自分はただの付き添いでしかないが、強引にこんな状態を作りだしている商人にヒューマの小娘一人で臨ませるのは気が引ける。
それに、多少なりとも抑止効果があるらしいから(これはナマエの弁で男にはよくわからなかったが)、とどまる意味はあるだろう。

頼りにしてます、と笑顔で言い放ったナマエに乗せられた感は否めない。
ヒューマの美醜についてはよくわからないが、気持ちの篭った笑顔に区別はない。


ナマエちゃんには敵わないよなぁ」
「ありがとうございます」
「……国からの仕事らしいけど……どこまで本当なんだか」


呟いて窓辺に立つ。
港には兵士が控えているのが見える。噂では航路は封鎖されているらしい。


「…ティトレイのご飯食べたいなぁ…」


ぽつりと聞こえた言葉にナマエを見ると、彼女はパッと口を押さえた。
自分が振り向いたことで声に出していたことに気づいたらしい。
ナマエはここのご飯も美味しいんですけど、と言って照れくさそうに頬を掻いた。


「帰ったらたっぷり作ってもらえばいいさ」
「はい!“バッチリだった!”って自慢できるような――は、はーい、居ます!」


ドアのノック音で話が中断される。
ナマエはごめんなさい、と男に小さく謝ったあと急いでドアを開けに向かった。


「あ、もしかして予定が立ったんですか?……え?」
ナマエちゃん?」


不穏な空気を感じ取り、男が割って入ろうとする。
ナマエは不安そうに男を見て、少し身体をずらした。

おかげで視界に入った客人は、自分とナマエが待っていた商人の男だった。


「ヒューマの女性が呼ばれてるって…」
「誰にだい?」
「――国に、ですよ」


ニヤリと狡猾に笑った商人に不快感を煽られた男は、それでも“国の命令”の手前強く出られない。


「おじさん、わたしちょっと行ってきます。別に危険はないんですよね?」
「もちろんですよ、お嬢さん」


男は自分も行くと頑なに言い、ナマエの後について行く。
商人を先頭に宿を出ると、その場にはヒューマの女が大勢集められていた。
ざわざわと騒がしい女たちを並べる兵士と――並べられた娘を品定めするかのようなヒューマの男。


「これで全部かい?」
「はっ、サレ様。現在この街に住むヒューマの娘はこれで全員です」


敬礼と共に報告する兵士とその隊長らしき男に呆然としていると、ナマエの前を歩いていた商人がもみ手で二人に近づいた。


「サレ様」
「おや。君は…一押しの子がいるんだっけ?」
「ええ、こちらです」
「ふぅん…いいんじゃないかな」


訝しげに眉を潜めるナマエは何が起こっているのか全くわからなかった。
少なくともいいことではない、それだけはは雰囲気でわかる。

尚ももみ手でペコペコ頭を下げている商人から徐々に距離を置く。
おじさん、と連れ合いに小さく声をかけたところで、突然ナマエを取り囲むように突風が巻き起こった。


「逃げようとしても無駄だよ。えーと、ナマエちゃん、だっけ?」
「あなたは…」
「僕?王国に仕える『王の盾』所属、四星のサレ。君はこれから僕たちと来るんだ」
「そんな、勝手な…!」
「残念だけど拒否権なんてないよ。女王陛下の命令だもの。なるべく大勢って話だし、候補をみすみす逃すわけないでしょ」


自分を睨みつけていたナマエにはもう興味がないとばかりに、サレはまた品定めに戻る。

静まる気配のない竜巻に包囲されているナマエを見て青ざめる女たちは、完全に怯えながら、その目をナマエに向けた。


「……や、めて」


集まる視線に身体が強張る。
ナマエは顔を伏せ、自身を抱き締めるように身を縮めながら小さく首を振った。


『――出ていけ!』


脳裏に響くのはあの日、父だった人に投げつけられた言葉。


「……その、目は…いや……」


母が抱きしめているのは傷だらけの弟。
突き飛ばされて無様に転ぶ自分を見る、怯えきった瞳。


『お前は――』


ナマエちゃん、とおじさんの声がする。
水の中で聞くような、どこか遠い声。


『――二度と、金輪際この家の敷居を跨ぐな!この化物め!!』


「いや…っ、いやああぁぁぁ!!」


ガシャン、ガシャン、と続けざまに鳴るのは足元の石畳が割れる音。
その割れ目から、生えてくるのは巨大で凶悪な剣――


「な…、能力者だって!?」


娘の一人を兵士に指名した直後だった。
この出来事に目を見開いたサレは、ナマエを取り囲む竜巻が剣によって強引に消されるのを見て、のどの奥でクツリと笑った。


「へぇ…やるじゃない。この場合って『王の盾』に勧誘すべきかな、どう思うトーマ」
「女王陛下に見せるのが最優先じゃないのか」
「ま、それが無難だね」


問われて面倒そうに返事をしたトーマに肩を竦め、サレはナマエを持ち上げてしまおうと竜巻を発生させる。
またもや石畳を割って生えてきた剣で無効化されて、サレは小さく舌打った。


「クッ…珍しいなサレ。お前が捕獲できないとは」
「ふん、相性が悪いだけでしょ。久々に君が活躍するいい機会じゃないか。くれぐれも傷つけないようにね、君は乱暴だからさぁ、心配だよ」
「ハッ、サレにだけは言われたくない台詞だな」


声音だけは明るいやりとりを交わしながら、トーマがサレよりも前に出る。
そのまま磁のフォルス能力を使ってナマエを強引に引き寄せ、彼女のフォルスを無理やり押さえ込んだ。

ぐったりと荒い息を吐き出して憔悴するナマエの顎を掴み、至極優しく話しかけるサレ。


「さあナマエちゃん、僕たちと一緒に来てくれるよね?」
「…………」
「返事はどうしたのかな。了承してくれないとあのおじさんが傷だらけになっちゃうかもね」


焦点の定まらないナマエが示されたほうをかろうじて見る。
ペトナジャンカから一緒に来た、ガジュマのおじさん。
短気で荒っぽいところもあるけれど、優しくて気のいいヒトだ。


「……めて……」
「聞こえないな」
「やめて!」
「おっと。トーマ、ちゃんと抑えててよ」


ナマエの怒声にあわせてサレの頭上に複数の剣が現れ、重力に逆らうことなく落下する。
攻撃対象を失くした剣は地面に叩きつけられ、ガラスが割れるような音と共に砕け散った。


「ふうん、そういう使い方もするのか……それはともかく、乱暴はよくないよね」
「うわああああ!?」
「おじさん!」


顕現する剣が再度竜巻を鎮める。
ガジュマの男を守るように、彼の周りには剣の柵ができていた。


「はっ…、はぁ……やめ、て、ください……、一緒、に……行、」
「あらら。限界かな」


ナマエが言葉の途中でぐらりと傾いて倒れこむ。
片手でそれを支えたサレはトーマを見上げ、笑みを浮かべた。


「こういう力仕事は君の仕事じゃないかい?」
「生憎だが俺はこれから行くところがあるんでな」
「…ああ、そうだったね。道中精々気をつけて」


白々しく言うと、答えも待たずに背を向ける。
サレは小さな竜巻を発生させ、その上に気絶したナマエを乗せて運ぶことにした。



+++



目を開けて最初に見えたのは、安堵の微笑み。


「セレーナ、さん…」


――これは夢か。
それでもいい。こうして姿を見られただけで。
ナマエはセレーナに微笑みながら自分が随分安心していることに気づいた。
一年程前も身元が怪しいナマエを見守ることで癒してくれた、温かい人。


「ティト、レ……」


会いたい。あの太陽のような笑顔が見たいと思った。
これが夢なら出てきてくれてもいいのに。


ナマエ、気分はどう?」
「…………あれ、夢、じゃない?」


ぎゅ、っとセレーナに手を握られ、優しく前髪に触れられたことでようやく覚醒する。
何度も瞬きを繰り返し、身体を起こすとクラリと眩暈がした。


「っ、」
「無理しないで横になってなさい。準備に時間がかかるとかで、しばらく移動はないらしいから」
「ほん、もの…?どうして?」
「どうして、は私も聞かせて欲しいわね」


くす、と苦笑したセレーナが「ちょっと待ってて」と言い置いて立ち上がる。
ナマエは咄嗟にその腕を取ってセレーナを引き止めてしまった。
驚いた顔で振り返る彼女に急いで手を離す。
セレーナは目を細めるとそっとナマエの頭を撫で、傍に座りなおした。


「クレア、申し訳ないんだけど水をもらってきてくれないかしら」
「あ、起きられたんですね、よかった!すぐもらってきますから待っててください」


クレアと呼ばれた女性が嬉しそうに笑顔を見せ、急ぎ足で場を後にする。
ここはどこで、自分は今どういう状況に置かれているのか。
ナマエは混乱する頭を整理するために深呼吸して、一度目を閉じた。


「わたし…サニイタウンで…」


王の盾とのやりとりや、フォルスを暴走させてしまったことが脳裏をよぎる。胸元をきつく握ると、その手をセレーナが上からそっと押さえた。


「サレがあなたを連れてきたのよ。サニイタウンで何があったの?」


言葉を詰まらせるナマエを見つめると、彼女はポツリポツリとあの街であったことを話し出した。
引き止められて数日間滞在していたこと、ようやく顔を見せた商人について宿を出たときには王の盾が街を掌握していたこと――そして、フォルスの暴走。


「……また、わたしは……」


小さく震えて泣き出すナマエに対して、大丈夫とも、気にするなとも口にできない。
フォルスの暴走は恐ろしいものだと身をもって知っていたからこそ、何も言えなかった。
セレーナはもどかしさを感じながらナマエを抱き締めて背中を撫で続ける。


「強くなりたい…」


かすかに聞こえた声に耳を傾けると、ナマエは顔を伏せたまま「ごめんなさい」と呟いた。


「どうして謝るの?」
「……わたしはペトナジャンカのヒトたちを…ティトレイや、セレーナさんを利用してたの」
「…………」
「フォルスで弟や家族を傷つけて、ミナールから逃げ出したのに…迷いの森でティトレイに会ってから、続いてた幸運を手放したくなかった。あの街で過ごすのは楽しくて、幸せで……自分が化物だって、逃げ出した卑怯者だって…知られたくなかった。知られたら、わたし――」


捲くし立てるように続いていた言葉が途切れる。
ナマエの震える声と唇を見てゆっくり息を吐き出す。そうしてからセレーナは彼女の頭を抱き寄せて、胸に押し付けた。


「嫌いになんてならないわよ」


ビク、とナマエの肩が跳ねる。
セレーナはわざと呆れたように「まったく」と呟いて、ナマエの頭を撫でた。

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