カラクリピエロ

#04「接触」


2人は驚いたようにオレを見て会話を止めた。
「あの?」と伺ってくる青年に笑って返して、片手を謝罪する形で上げる。


「わりぃ、話聞こえちまった。ま、これも何かの縁ってやつだと思うんで、」


ポンポン、と獣人PCの小さめの背中を軽く叩く。
泣いていたせいか小さくしゃくり上げる声が漏れてたけど、それは聞こえなかったことにしてそのまま肩を組んだ。


「お前ら、オレに付き合わない?」







2人を引き連れて目指すはさっきの中央地区。
ぐるっと迂回していきゃ丁度いい具合に人が捌けてんじゃねーかな。


「あの~、名前、さん?」
「んー? つか名前でいいって。2人って始めたばっかだよな?」
「うん、まだ3日くらいかな…ガスパーもそれくらいだよね?」


緑のにーちゃん――シラバスに問われた獣人PCことガスパーは、かろうじてそれに頷いて尻尾を揺らした。
こりゃ重症っぽいなぁ…シラバスも言ってたけどこの“世界”は楽しんでなんぼなんだからもったいねぇよ。
なんとかしてやりたいなんてそんな大層なことは思ってねぇけど、浮上する切欠くらいになりゃいいな。
なんかちょい前にも同じようなことしてたような……オレっておせっかい焼くの好きなんだなぁ……


「ところでさ、どこ行くの?」
「お、よくぞ聞いてくれました。お前らみたいな初心者のためにーっつってギルド立ち上げた野郎がいるからさ、様子見に行こうと思って」
「それって…あのBBSの?」
「そうそうそれ。知ってるなら話早いな。あのスレ主、たぶんオレの知り合いだと思うんだ。サラっと読んだ感じで怪しむのはよくわかる、オレもあれはナンパだと思ったしな。まぁでも、内容聞いてよさそうなら試しに入ってみるのもいいんじゃねぇ?」


そう言ってみると、シラバスは歯切れ悪く曖昧に頷いた。そんな変な提案か?
オレが不思議そうにしてるのに気づいたのか、ガスパーに同意を得て(この辺シラバスは丁寧だよなぁ)理由を教えてくれた。

なんでも、ログインしたてのころに親切にしてくれたPCがいたけれど、そいつが実はPKで“いい人がいるものだ”と油断したところを……って、卑怯くせぇ。
聞いてるだけで相当ストレス溜まった。


「それがきっかけでガスパーと知り合ったから、悪いことばっかりじゃなかったんだけどね。……名前?」
「ん? ああ、聞いてる聞いてる、初心者狙いってとこがまた腹立つな」
「……白状するとさ、名前のことも…その、少し疑ってたんだ。エリア行こう、って言い出したら断るつもりだった」


シラバスは本当にすまなそうに謝るけど、そんな目にあってりゃ信じられないのも仕方ねぇと思う。
初心者のためと言ってたやつにPKされた後で初心者のためのギルドを無条件で信じろなんて言われても、相当お人良しのオレでも無理だって。


「うーん…どうせだからオレも白状するけど、あの募集内容に文句付けにいくってのが一番の目的で、お前ら誘ったのはついでくらいの軽い気持ちなんだ。だからさ、今ここで断ってくれても全然構わねぇよ。暇なら一緒に行かね? ってことで」


へらっと軽く笑って見せると、2人は顔を見合わせてからオレに向かって頷いた。





予想通り、人の群れの中心にいるのはスレ主のようだった。
本人がそこにいるって書いてたんだから居なきゃおかしいけど、この人の多さもおかしいだろ。
10分くらいで捌けるかと思ってたオレの予想は大いに外れたらしく、こうして広場が一望できる位置から見ても人が減る様子がない。

……しかしなぁ、あいつ、こんなにモテてたか?
群れを成すPCは全て女性型で隣にいるガスパーが絶句してるのがわかる。シラバスに至っては「アハハ」と乾いた笑いが漏れていた。
あの中に突っ込んでいくのはちょっと骨が折れそうだ。僅かに逡巡して、溜息を漏らす。
仕方ねぇ……覚悟決めるか。


「…ちょっと待っててもらっていいか?」


つい小さい子にするようにガスパーの頭を軽く撫でながら2人に了承を取り付けて、単身で目的地へ向かうことにした。






さすがにこの群れの中に一緒に飛び込んでくれとは言えなかった。
まるでエリアのボスに対峙するときと同じ心境だ。だが興奮する女性の力を甘く見てはいけない。
オレは頬を叩いて気合を入れると、団子状態になっている箇所――あいつは芸能人でもなんでも無いはずなんだけど――に向かって足を進めた。

一番外側にいる女性PCの肩を軽く叩く。
気づいて振り向いた相手に向かって、なるべく優しげに、と自分に暗示をかけながら微笑んだ。


「悪いね。ちょっと通してもらってもいい?」
「え、うそ、名前!?」
「お? 何、おねーさんオレの事知ってんの?」


予想以上にでかい声で自分の名前を呼ばれて、オレのほうがビックリする。
すばやく目を瞬かせた相手は何度も首を縦に振って、オレの問いに肯定した。
オレの方は彼女を知らないけど、綺麗な女性に名前を覚えてもらってるってのは光栄だね。
だから素直に喜びを口にすると、彼女は両手を自分の頬に当てながら俯いて――女性と子供だけに許された可愛い仕草だ――小走りにどこかへ行ってしまった。


名前だって」
「マジ? ちょっと私にも見せて」
「キャ、やだ押さないでよ」


逃げた人を見送って、塊の方へ視線を戻すとやたらと視線が突き刺さる。なんだ、なんかしたか?
ザリ、と足を踏み出せばその分勝手に道が開いたもんだから(言っとくがオレは睨んだりとかして無いぞ)、昔何かで読んだ海が割れる話を思い出した。
さすがにここまで周囲に動きがあれば気づくだろう。中心にいた男はオレの方を見て、目を丸く見開いていた。



「よ、クーン。やっぱお前か」



片手を上げて挨拶すると、ヤツはゆっくり立ち上がったかと思うと、そのままオレの方へ突進してきた。
避ける暇もなくぶつかってよろける。
皆が見てる前で無様にひっくり返って堪るか!
その意気込みが効いたのか、しがみ付いてきたクーンの勢いに負けることなく踏みとどまることができた。だからってこの怒りが収まるわけじゃない。


「何すんだいきなり! ウゼェから離れろ!」
「そんなつれない事言うなよ、名前~」
「キメェ」


周囲から上がる悲鳴ももっともだと思う。
どうみてもキモいしな、うん。オレもこうやってくっつくなら断・然! 女を選ぶに決まってる!


「何だよ名前、俺に会いに来てくれたんじゃないのか?」
「うるせぇ。お前のせいで変な噂が立ったらどうしてくれんだコラ」


べったりくっついて離れなかったクーンを殴る蹴るしてようやく引き剥がすと、噴水の淵に並んで座り込んだ。


「お前に会いに来たっつーのは間違ってねぇけど、なんだよあのふざけた勧誘は。本気でメンバー集める気あんのか?」
「……俺の事心配してくれたのか?」
「違ぇよ。誰が好き好んで男の心配なんかしなきゃなんねーんだ。クーンじゃなくて騙される初心者を心配してんの。現にワラワラ引っかかってまぁ、気の毒で見てらんねぇよ」
「あの子たちはBBSを見て来てくれた俺のファン」


上機嫌に笑いがならモテるアピールをしてくるクーンを呆れた目で見て、ついでに「馬鹿じゃねぇの」と言葉も添えておいた。


「うーん、ふざけてるか……やっぱ軽いノリじゃ駄目かぁ……」
「……何、あれって本気の勧誘だったわけ?」


眉を寄せてあごに手を当てて考え込む横顔は真剣で、ギルドを立ち上げたのは遊びというわけでは無いらしい。
ならなんであんな内容になるんだかオレには理解できない。
どういう思考回路なんだろうと凝視していると、クーンは照れくさそうに頬をかいて理由を教えてくれた。


「こないださ、ちょっと初心者のサポする機会があって……なんか“こういうのいいな”って思ったんだ。始めたばっかでも“世界”を楽しんでもらえたら――ってな。逆に教える立場ってのも結構おもしろいもんだし」
「………………なんでそれを素直に書かねぇんだよ。そんな立派な理由があるんだったらそっち優先させるだろ普通」


大いに脱力してうな垂れると、俺のキャラじゃないっしょ、との返答。
だからって勧誘をナンパに変更するな。


「で、メンバーは?」


クーンは口を噤み、視線を逸らしながら右手の親指と人差し指をくっつけてオレに見せた。零か。
ファンとやらは入ってくれないって?


「あの子たちは初心者じゃないし、俺が集めたいタイプとは違うんだよね」
「ふーん……よし、ちょっと待ってろ」


「どうしたんだ?」と問いかけてくるクーンを無視して、さっきから待たせっぱなしの2人に向かって手を振った。
気づくよな? これで気づかなかったらオレちょっと恥ずい。

ガスパーが先に気づいてくれたらしい。
小さく丸みを帯びた身体が上下に軽く揺れ(跳ねてるのか?)、次いでシラバスが手を振り返してくれるのが見えた。

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