カラクリピエロ

最初の一歩はまだ遠く Phase-2


バン、と大きな音を立てて扉を開けた名前は、寮内に入るなりへたりこんだ。
驚いたのはちょうど階下に降りてきたゆかりだ。座り込んだまま動かない名前に、何事かと駆け寄る。


「ちょ、大丈夫?」
「…さ、さな…せ、んぱいが、熱ある」
「は?」


見上げてくる名前は息切れを起こしている上に彼女自身も混乱しているのか、内容が全くわからない。
がしりと腕を掴まれて名を呼ばれたゆかりは、「…わかった、聞いてあげる」と返すしかなかった。

とりあえずソファに座らせて持っていたペットボトル飲料を渡す。それを二口ほど飲んだところで、名前は落ち着いたようだった。


「ありがとう」
「どういたしまして。で、何があったの?まさか通り魔とかじゃないでしょ?」
「ないない!…ある意味通り魔より怖かったけど」


通り魔なら遠慮しなくていいし、といささか不穏な言葉を呟いた名前は、真田や親衛隊とのやりとりを話し出した。
最後まで黙って聞いていたゆかりが呆れたように息をつく。


「いるよねー、そういう鬱陶しいの。私もさ、同じ寮だからってだけでちょくちょく言われる。調子のんなって文句とか、真田先輩のこと教えてとか。知るかっつーの。そういうのあるから学校じゃ先輩に近づかないようにしてるもん」
「そ、そうなんだ…」
「…こういうこと言うのアレだけど…これからそういうの増えると思う。今はたぶん、名前の顔知らない人ばっかだけど、生徒会手伝ったり成績上位だったりで名前はもう広まってると思うし」
「……心配?」


つい聞くと、ゆかりは顔を赤くして視線を泳がせた。


「あ、あたりまえでしょ、悪い!?」
「嬉しい」


にこにこしている名前を見て、ゆかりが脱力する。
これから目の敵にされるよ、と注意しているのにどうしてこんなに明るく笑えるのか。


「もー、そんなんだから心配なんだっての。実際さ真田先輩の親衛隊黙らすのってかなりキツいと思うよ?対策とかあるわけ?」
「名実共に校内の有名人を目指そうと思うんだ。ほ、ほんとは…美鶴先輩が目標だったんだけど、そこまではちょっと無理かなって」
「や、大して変わんないって。桐条先輩の場合校外でも結構有名だけどさ」
「とにかく、頑張る。もう決めたの。やられっぱなしって好きじゃないし、遊ぶ約束もしてるから」
「ハァ……わかった。でも、何かあったら絶対言ってよね。できることあれば協力するからさ」
「ありがとう」


近いうちに可愛らしさの秘訣でも教えてもらおうと思っていると、ゆかりが急に話題を変えた。
内緒話でもするように肩を寄せ、声を潜める。


「でさ。さっきの話に出てこなかったけど、“熱ある”ってなに?」
「!!な、ななななんのこと?」
「動揺しすぎ。帰ってきたとき真田先輩に熱がどうのって」


ゆかりの記憶力を恨みたい。
途切れ途切れにしか伝えてないはずなのに、正確に汲み取ってくれてる理解力が憎い。


「言えないことされた?でも真田先輩だしな~」
「ち、違!あれは先輩が変なんだよ!だって普通熱測るとき首触るとかないでしょ!?」
「……触られたんだ」
「直前で逃げたよ。もーすっごい恥ずかしかった…ってことでこの話終わり、忘れたいんだから」


思い出したのか真っ赤になっている名前が手で顔を扇ぐ。
それを見ながら、ゆかりはぼんやりと『真田先輩は名前に対して距離が近い気がするなぁ』と思った。同じ後輩であっても同姓の順平や、まとわりついている親衛隊、そして意図的に距離を保っている自分とは明らかに扱いが違う。


(リーダーやってるせいもあるんだろうけど……可愛い妹分って感じ?)

「ね、ゆかり。アイドルってどうすればなれると思う?輝くオーラとか無理だしなー…やっぱあふれ出る魅力?」
「……シャガールのコーヒーがいいって聞いたことあるけど」
「ああ、それ私も聞いたことある!ほんとに効くのかなー、今度一緒にいかない?」


段々逸れていく話題をそのままに、2人は街灯に明かりが灯る時間まで談笑を続けた。

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