03.食事
その日の夜、ナマエはティトレイに招待を受け、彼の家で、彼の手料理を振舞われていた。
「今日の料理は自信満々の五つ星だぜ!」
と満面の笑顔で出された料理は種類も量も多かった。
あまりの接待っぷりに目を白黒させるナマエに、セレーナは「ティトレイが好きでやってることだから気を使わなくていいのよ」と優しく笑いかけてくれた。
進められた料理を前に、どうしてこんなことになったんだっけ、と思考をめぐらせる。
宿も確かにあったし部屋も空いてた。にも関わらず――
「ティトレイが女の子連れ込むなんてね」
「おいおい姉貴ぃ、変な言い方しないでくれよ」
「? 普段からこうじゃないんですか?」
「そうねぇ…そもそもあなたみたいなケースが稀だから…」
軽く首を傾げるセレーナがティトレイを見やりながら、実際どうなの、と問いかけている。
ティトレイは最後の皿をテーブルにのせ、わかんねぇと溢して席についた。
「よくわかんねぇけど、ナマエは…うーん…ほっといたら駄目な気がしたんだ」
「……あんたってほんと直感で生きてるわよねぇ」
あんたらしいけど、と付け足して笑うセレーナはどことなく嬉しそうに見える。
仲がいいんだということが伝わってきて、胸が温かくなった。
『姉さん』
にこにこ笑いながら、懸命に自分の後ろをついてくる弟を思い出す。
ナマエが駄目だと言っても小走りにかけてくる弟が、可愛くて愛しくてしかたなかった。
――なによりも大切で、大好きで、あんなに可愛がっていたのに……
『姉さん、どうして…?どうしてぼくを……』
「――ナマエ!」
ティトレイに肩を力強くつかまれて現実に引き戻される。
心配そうにナマエを見やるセレーナが、そっと水を手渡してくれた。
「大丈夫か?顔色すげぇ悪いけど…」
「だい、じょうぶ……」
「でもさ、」
「ティトレイ、おかわりよ」
「あ、姉貴!?」
「聞こえなかった?お、か、わ、り」
ブツブツ文句らしきものを溢すティトレイがセレーナから皿を受け取って席を立つ。
ナマエは先ほどセレーナからもらった水を一口飲んで、彼女に礼を言った。
「あなたが言いたくなったときに、いつでも聞くわ。ティトレイには後でよーく言っておくから」
にっこり笑ったセレーナはそう言うと、改めてテーブルに並んだ料理を示した。
「ナマエは好き嫌いある?姉の私が言うのもなんだけど、ティトレイの料理は本当に美味しいからどれもお勧めよ」
+++
ティトレイの五つ星料理は本当においしかった。
あれに慣れてしまったら、ミナールの食堂や酒場では満足できなくなるだろなと考えて、直後自嘲気味に首を振った。
もう帰らないと決めたはずなのに、すぐにミナールを思い出してしまう。
「ナマエ~、お前は客なんだからそんなことしなくてもいいんだぜ?」
「あんなに美味しい料理食べさせてもらって、何もしないでさようなら、なんてできません」
「へへっ、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!」
食事の後片付けを買って出たナマエの元に食器を運んできたティトレイは、照れくさそうに鼻の下をこすった。
そのままナマエの隣に居座り、洗い終わった皿を渡すように言ってくる。
「…お前やけに手際いいなぁ…前の仕事は…っと、聞いたら駄目なんだったっけ」
「セレーナさんに言われたの?」
「まぁな。姉貴に逆らうと後が怖ぇ」
皿を拭きながら肩を竦めるティトレイに、つい笑いが漏れる。
彼と居るときはやけに気分が穏やかになると思いながら、ナマエは少し考えて口を開いた。
「……わたし、バイトの鬼だったから」
「バイトの鬼ぃ!?」
「食堂とか酒場とか、図書館に役場、港の荷運び、宿屋の手伝いもしたかな…」
「へ~、そりゃすげぇな!そんだけこなせるなら工場長にも薦めがいがあるってもんだ」
笑顔で言い放つティトレイは本当に工場に掛け合ってくれるつもりらしい。
こんなに至れり尽くせりでいいんだろうかと落ち着かなくなるナマエに、ティトレイは追い討ちをかけるような提案をした。
「――家?」
「すぐそこにさ、空き家になって大分経つとこがあんだよ。近々取り壊そうかって話が出てたからそこ使ったらどうだ?」
「さ、さすがにそれは…」
「まあその辺まとめて工場長が管理してっから、明日でいっか!」
TOR
1840文字 / 2008.04.07up
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