01.はじまり
――出ていけ!近づくな!お前は――
「っ、」
勢い良くベッドを鳴らして起き上がったナマエは、荒く息を吐き出しながら瞼を下ろす。
目を閉じればすぐにでも思い出される光景。
傷を負った両親と弟、自分を映す怯えた目、突き飛ばされた腕と…投げつけられた言葉。
ゆるりと目を開けて自分の両手を見れば、かすかに震えている。
こんな風に傷つく資格なんてないのに。自分が先に――
「ナマエ」
声をかけられてハッとする。
優しく自分の手に触れてきた相手を見て、ナマエは反射的に「せんせい」と口にした。
その音は掠れて聞き取りづらい。散々泣いたせいか、叫んだせいか…妙に冷静に考えている自分がなんだかおかしかった。
この街――ミナール一の名医である彼女をナマエは良く知っている。
病気がちな弟がよく世話になっているせいもあるし、様々なアルバイトをこなすのが日課であるナマエ自身も会う機会が多い。
キュリアは眼鏡を外し、軽く首を振って「駄目よ」と短く告げる。
その声が小さいのは隣のベッドで眠っている幼いガジュマを起こさないためだろう。
「あなたはフォルスを暴走させて……覚えてる?衰弱しきって危険な状態だったの」
眼鏡をかけなおしたキュリアが告げるのを黙って聞きながら、ナマエはゆっくり頷いた。
その瞳に生気はなく、動きもどこかぎこちない。今のナマエはまるで人形のようだと思いながら、キュリアは彼女の家族について話していいものか迷っていた。
『――誰ですかそれは』
今診療所にあなたの娘さんが、と口にしたときの反応。
怒鳴りつけないよう自制するのが精一杯だった。
「……先生、ここに弟は来ませんでしたか?怪我をしてるはずなんです、わたしが、怪我をさせて…」
「ナマエ、それはあなたのせいじゃないわ。不可抗力でしかない、あなたが自分を責める必要なんて」
キュリアの言葉を遮るように首を振るナマエは、もう一度弟の安否を問いかける。
これ以上興奮させないほうがいいと判断したキュリアは、宥めるようにナマエの肩に手を置いて安心させるために微笑んで見せた。
「大丈夫、無事よ」
「…………よかった」
ぽつりと呟いたときのナマエの目からパタパタと涙が落ちる。
ナマエは堰を切ったように止まらないそれを拭うこともせず、またキュリアもそれを止めなかった。
ただナマエの背中を優しくさすり、落ち着くのを待つ。
ミーシャの他にもう一人、養い子が増えたって構わない。
それを彼女に告げるつもりだった。
なのに――
「キュリア先生…わたし、ミナールを出ようと思うんです」
「ナマエ、あなたとミーシャくらいなら私が」
「先生……ありがとうございます、すごく嬉しい。でも…ごめんなさい、わたし、この街にいるのが辛いんです…」
「ナマエ……」
この街にいたら家族に、弟に会いに行きたくなってしまう。
だけど近づくなと言われたときの目が怖い。怯えきった目で見られるのが悲しい。
ナマエは考えを振り払うように首を振り、両の手をぐっと握り締めた。
「だ、大丈夫です、先生!これでも山を越えるくらいの体力はありますし、根性にも自信ありです!バイラスだって――」
伊達にバイトこなしてません、と笑顔を作るナマエは誰が見ても空元気だったけれど、キュリアは黙ってそれを見送ることに決めた。
TOR
1423文字 / 2008.04.07up
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