あたりまえのこと
キキキキキーーーッ!
耳をつんざくような金属音と激しく揺れる車体。重力に抵抗しきれずに通路に転がった順平は、何の音もしなくなった車内でそろりと目を開けた。生きている。
若干ふらつきながら立ち上がると、前方に小さくモノレールが見えた。
(ははぁ、あれが桐条先輩の言ってた……)
「――ってギリじゃん!超ギリじゃん!!うわ怖ッ!よく生きてんなオレら……」
「順平うるさい……あー、でもよかった~!ほんっともう駄目かと…」
ゆかりの声に遠くへやっていた視線を車内に戻すと、操縦板に向かったまま微動だにしない少女が目に入った。
騒ぐだけだった自分たちとは違い、冷静に動いた少女――我らがリーダーを見て、順平は盛大な感謝と共に僅かな悔しさを覚えた。仮にも自分は男なのに情けない。
ふいに「さすがはリーダー様」と嫌み混じりの言葉をこぼしそうになって慌てて口をつぐんだ。
(あいつはオレらの恩人だっつの)
頭を降って思考を切り替える。
大股で彼女に近づいた順平は、感謝とねぎらいのつもりで軽く肩をたたいた。
途端、ガクンと崩れた彼女の腕をとっさに掴む。
「あぇえ!?ちょ、名前っチ?」
ありがとう、と言おうとしていたせいで、変な声を上げてしまった。
順平の奇声に笑顔を返した名前は、支えたことへ対してか小さく礼を言った。
掴んだままの腕は細く、順平の手が一周しても僅かに余るほどだ。こんな細腕で勇敢に敵に立ち向かう少女。
「…あ、はは……怖かっ、」
聞き逃してしまいそうな声量で呟かれた言葉に、思わず彼女を凝視する。俯いてしまった彼女の表情はわからないが触れている腕は僅かに震えているようで、驚いた順平は床に座り込んでしまっている彼女に合わせてしゃがんだ。
どう声をかけたものか。
目の前にいるのは冷静もなにもない、気を張っていただけの同い年の女の子だということを改めて認識した。
「……順平?」
「あ、わり」
「なに謝ってるの?変なの」
「やー、なんとなく?つか、もー死んだかと思ったね。オレっちの人生ここで終了みたいな!?伊織順平の一生ダイジェストが頭の中に浮かんでは消え浮かんでは消え」
軽く言うと、名前が声を上げて笑った。震えは止まっているようだった。なんとなく直視できずに帽子を被りなおすと、背後からゆかりが近寄ってきた。
「順平ってほんとお気楽だよね」
「ゆかり! 怪我ない?」
「うん、大丈夫。ひざガクガク言ってるけどね」
「あはは、わかるわかる。順平も変な汗かいたって言ってた」
「名前こそ、気づかないうちに怪我してたとかやめてよ?」
よくブレーキわかったね。
感心するゆかりの問いに頭をかいて曖昧に返事をする名前を見るに、自分たちが助かったのは奇跡に近いのかもしれない。
+++
「それじゃ、帰るとしますか」
ひと段落して真っ先に立ち上がったゆかりは、腰に手を置いて言った。
そのまま名前に自分の右手を差し出して支え起こそうとしたものの、彼女が動いてくれない。
「どうしたの?」
「……え、えへ」
「…………どうしたの?」
「ゆ、ゆかり、顔怖いよ、笑顔笑顔」
引きつった笑みで言う名前の希望にこたえるべく、にっこりと笑顔を作ったゆかりは再度彼女へと問いかけた。
「…………腰、…した」
「え?」
「腰が抜けました立てません!」
「ぶはっ」
名前は噴出した順平を軽く睨み、次いでゆかりに申し訳無さそうな視線を投げる。
(しょうがない…)
溜息を吐くと「ごめん」と謝られてしまった。
「名前は悪くないって。そうじゃなくて……順平」
「ん?」
「この子、お願い」
「「え!?」」
二重になった音声に、ゆかりは軽くこめかみを押さえる。順平に任せるというのはものすごく不安だ。
「私じゃ名前を運んであげられないから…肩貸すんでもいいんだけど、それだと逆にあなたが怪我しちゃうかもしれないし。その点順平は一応男だからさ、名前一人くらいは余裕かなって」
「えぇ……」
「ちょ、何その反応!オレっち超紳士だっつーの。ゆかりっチも“一応”とかつけなくてもいいっしょ!」
「…あの~、私があとから行くっていうのは駄目?」
「そんなにオレっちに運ばれるのいやってか!ちょっち傷つくー…」
「違…、もー!微妙で複雑な乙女心なの!わかってよ!」
今にも駄々を捏ねそうになっている名前の言うこともわかるが、もうすぐ影時間が終わってしまう。
正常な時間においてこの場に名前たち3人は居ないはずで、しかも操縦室にただの学生が入り込んでるうえに今にも事故を起こしそうなモノレールというのは大問題だ。
美鶴からの通信でも同じことを言われ――埒が明かないと判断したゆかりが美鶴に連絡した――名前は渋々順平の手を取った。
「うわっ!ちょ、順平!!」
「はいはい、なんでしょうかプリンセス?」
「寒…」
「ゆかりっチもご希望なら後で」
「全力でお断り。ってか、普通そういうときっておんぶじゃないの?」
ひょい、と姫抱きに抱えられ軽くパニックになった名前が足をばたつかせ抗議している。
この体勢よりはよほどマシだと言いたげに、ゆかりの提案に何度も首を縦に振った。
「へへ、真っ赤だぜー、名前っチ。かわいーとこあんじゃん?」
「うっさい!」
「イタッ」
ペシ、と軽く順平の頭を叩いて、ついでとばかりに帽子を下げると順平はようやく名前を降ろした。
名前自身は足腰が復活していないかと期待していたのだが、それも虚しく名前はずるずると床に座り込んでしまった。
悔しそうに眉を潜めた名前を見下ろしながら帽子を直した順平は、彼女に背を向けてしゃがむ。
(…なんつーか、この待ち状態恥ずかしくね?)
なんといっても彼女から行動を起こしてもらわない限り順平はずっとこの状態である。これで“やっぱりやだ”とでも言われたら色々悲しい。
ゆかりはこちらの様子に興味がないのか――当然ではあるが――「先行ってるね」とにこやかに言いながらあっさりいなくなった。沈黙が重い。
「……あー、名前サン、そんなヤなら別に」
腕につかまるって手もあるよ。
提案しようとした言葉は、控えめに聞こえた「お願いします」にかき消された。
気配もなく近づかれて背中に体温が触れたと思ったら耳元で声が――
「順平?さっき何か」
「や、やー、やー違うよ?なんも言ってないし、ってか早くゆかりっチと合流しないとっしょ」
「ん」
双方ぎこちない状態で静まり返った車内を進む。
影時間特有の景色が今日はやけに鮮やかに見える。名前はふと外へ目をやり、いつもより大きく見える月を視界に入れた。
――近すぎて怖い。
不安が伝わったのか、順平が心配そうに名前を呼んだ。
「なんでもないよ」
「ふーん?…………なあ」
「ん?」
「今日、ごめんな」
「何が?」
「…その、お前が現場リーダーっての無視したことだよ。認めてねーわけじゃねぇ…と、思う。ただ気持ち的に、なんつーか、アレだよ。男としてのプライドっつーか?」
「あー…うん。いいよ、びっくりはしたけど、最後は一緒に頑張ったし。それに、順平いなかったらこうやって運んでもらうことできなかったしね」
名前の笑う気配に安堵して彼女を抱えなおす。すると、笑いがピタリと止んで肩を掴む手に力がこめられた。
「名前?」
「……あの、やっぱ、恥ずかしいんですけど」
「オレっちもだから気にすんなって」
「気になるよ!…その、重くない、デスカ」
「ぜーんぜん。つか軽すぎ。もっと食ったほうがいいんじゃねぇ?」
「セクハラ!」
「どの辺が!?」
降りる、と騒ぎ出した名前を無視して車内を進む。
順平が聞き入れないとわかったのか、名前はしばし静かになった。かと思いきや肩に置いていた手を離し、前方――順平の方へ体重を預けると腕を彼の首に回し、緩く絞め始めた。
「ちょ、」
「降ろさないとさらにガルをお見舞いします」
(つか耳元でしゃべんなって!!)
片方の腕を順平の首に回したままゴソゴソやりだした背後から、カチリ、と不穏な音がしたため、順平はたまらず降参の意を伝えた。「わかればよろしい」といかにも偉そうに言った名前を降ろすと、軽くふらついたもののすぐに持ち直して嬉しそうに笑った。
「ほらね、だいじょうぶだった」
「オレっちとしてはもうちょいあのままでも……なーんて言うわけないじゃん?」
出したままだった召喚銃を回して見せた名前に急いで言うと、彼女はしたり顔で頷いてホルスターに銃を収めた。
「さって、早く行かないとゆかりが怒りそう」
両手をぐっと上げて伸びをした名前は、そうこぼしながら順平の背中を叩いて笑った。
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3647文字 / 2009.11.30up
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