カラクリピエロ

P4A夢


 


――明日は小春日和になりそうです。
テレビの中から聞こえたお天気お姉さんの台詞に、もうすぐ卒業式だなぁとぼんやり思う。
まあ私には全然関係ないし、最近の退屈な式の練習がやっと終わるのかくらいの感想しかないけど。

ソファで寛いでテレビを見ていたら、珍しく早く帰ってきていた父が私の隣に腰を下ろした。
毎日仕事で忙しい父と会うことは滅多になくて、家族なのに変に緊張してしまう。


「なに?」


気付かれないようにわざとぶっきら棒にと先に声をかけたら、父さんは「うん」と頷いて突拍子もないことを口にした。


名前は海外留学と田舎に転校だったらどっちがいい?」
「なにそれ…心理テスト?」
「いいや違う。春からな、お父さん海外に転勤なんだ」
「……………………え!?は?か、海外?って、外国?嘘でしょ!?」
「嘘じゃないさ。それが二年か三年くらいかかりそうでな」
「にねん!?おか、お母さんは!?」


思わず立ち上がりながら捲くし立てれば、父さんではなくキッチンの方にいた母さんが「もちろんお父さんと一緒にいくつもり」とどこか楽しそうに答えた。


「それで、どっちがいいんだ?」
「え、どっちって、外国なんてやだよ!英語できないし!」
「残念だが英語じゃなくて」
「日本語以外は無理!!」


何語だろうが関係ない。
春になったら進級で、クラス替えがあって新しい友達つくってバイトなんかもしてみたい……って思ってたのに。旅行ならともかく年単位なんて嫌だ。

わかった、と頷いた父さんは廊下へ出て行ったけど、私はその行方を気にするどころじゃない。
母さんに駆け寄って今の話の真偽と、本当に外国へ行くのか、私はどうなるのかを聞きまくっていた。


「――おい。いいってさ。一人も二人も同じだと」
「あら、よかったねー名前。遼太郎くんに迷惑かけちゃ駄目だからね」
「りょうたろうくんて誰よ」
「お父さんの弟であんたの叔父さんでしょ」


明日にでも手続きがどうとか生活費と学費が云々、私のことのはずなのに私は蚊帳の外状態で話が進む。

実感が伴わないまま卒業式典に参加し、八十神高校とやらの編入試験を受け、転校が決まった。
友達への報告も修了式での別れの挨拶も、気付けばあっという間に終わっていて、私は四月から叔父の家に居候しながら八十神高校の二年生になる予定だ。


「…信じられない」
「まだ言ってるのか」


駅のホーム。傍らに立つ父さんが笑いながら私の頭に手を置く。
いつもならやめてって振り払うのに、急に寂しくなってキャリーバッグを握る力を強めた。


「電話するからね」
「…うん」
「ちゃんと家のこと手伝いなさいよ、菜々子ちゃんもいるんだから」
「うん」
「それから悠くんとも仲良くして」
「…………うん?」
「母さん、そろそろ時間だ」
「あらほんと。名前、到着時間わかったら遼太郎くんに連絡忘れないでね」


母さんとのやりとりもしばらく出来なんだなと思ったから大人しくしていたのに、最後の最後で“ゆうくん”なる謎の人物が出てきた。
聞き返そうと思ったのに「気をつけてね」と笑顔で送り出してくれる両親の雰囲気に泣きそうになって、頷きながら誤魔化す。
もう今度から高校二年生になるのに、小さい子みたいで恥ずかしい。

気を取り直して目の前で閉じる扉のガラス越しに手を振る。
またね、と口を動かしたら通じたのか笑みが深まった。





電車を乗り継いで目的地に近づくにつれ、人の数が減っていく。
車両の中もガラガラだからボックス席を独り占めなんて贅沢も余裕だ。

稲羽市はのどかで静かでいいところ。
父はそんな風に評していたし、私自身行ったことがあるらしいけど、覚えてない。
叔父さんと会うのは大体十年ぶりくらいだろうか。人見知りはしないほうだと思うけど、相手が大人の人となるとやっぱりドキドキしてしまう。


(そういえば……)


――“ゆうくん”って、結局誰だろう。
叔父さんにメールを送りながらふと思い出した名前。叔父さんに聞いてみようかと思ったけど、直接聞けばいいかと思いなおして結局携帯を閉じた。



「…信じられない」



閑散とした駅を見て、思わず口からこぼれた感想。
だって人がいない。駅員さんもいない。
本当にここでいいのかと何度も駅名の看板(錆びてる)を見てキャリーバッグを引きながら改札を出た。

携帯を開いて叔父さんからのメールを確認する。車の種類とナンバー。
あいにく車は詳しくないから種類なんて書かれてもわからない…と思ってたけど、車なんて一台しか停まってなかった。一応ナンバープレートを確認しようと近づいたらドアが開く音。


名前だな?」
「…………お父さんそっくり」
「ははっ、そりゃあ兄弟だからなぁ」


呆然と呟いたことが届いてしまったらしい。
ごめんなさいと反射的に謝って、それでも気になってじっと見てしまう。外見というよりは雰囲気と声と……笑い方が、そっくりだ。


「あー、まあとりあえず自己紹介しとくか。堂島遼太郎だ、覚えてるか?」
「な、なんとなくですけど…」
「無理もないな。最後に会ったのはお前が菜々子くらいのときだから…菜々子、」


叔父さんが呼びかけると、彼の脚裏に隠れるようにしていた女の子がおずおず前に出てきてくれた。


「どうじま、ななこです…」


きゅっとスカートを握って恥ずかしそうにしている彼女のフォローをするように、叔父さんが「人見知りでな」と言いながら笑う。
頭に乗せられた大きな手に益々俯いて両手に力が込められたのがわかった。
思わずしゃがんで下から見上げたら、びっくりしたのか両目が少し丸くなる。


「堂島名前です、よろしくね菜々子ちゃん」


可愛いなあと思いながら笑って返したら、ためらいがちに頷きながら「どうじま?」と呟くのが聞こえた。


「うん、そう。一緒だよ」
「それから…こいつのことも聞いてるよな?」


コンコンと車の窓をノックする叔父さんに首をかしげると、そのドアが開いて男の子が出てきた。誰。


「……鳴上悠、です」


よろしく、と挨拶を受けながらたった今聞いた名前を脳内で繰り返す。なるかみゆう。


「“ゆうくん”」
「知り合いか?」


叔父さんの問いに私と彼が同時に首を横に振る。なんだよ、と苦笑する叔父さんの表情はやっぱり父とそっくりだった。

私が彼のことを全く知らないと伝えると、叔父さんは困ったような顔で「兄貴のやつ…」とこぼしながらも説明してくれた。
鳴上悠くんは叔母さんの息子で(息子がいたという話にまず驚いた)つまり私の従兄弟。
叔父さんの家に居候することは私よりも先に決まってて、同じ高校に通うことになるらしい。


「私は2年1組だけど…」
「2組」
「同級生ってこと?」
「…みたいだな」


こくりと頷きながら返ってきた答えは短い。
仲良くして、と母の言っていた言葉がリフレインするけれど、正直不安だ。だってなんか無愛想だし。

なのに、後部座席の隣同士に座らされて気まずいことこの上ない。
菜々子ちゃんは「ジュネス寄りたい」とドライブを楽しんでいる雰囲気だけど、その楽しさちょっと分けてくれないでしょうか。

菜々子ちゃんのトイレ休憩に便乗して外の空気を吸う。
堂島、と呼びかけられて振り返ったら叔父さんまで「ん?」と言いながら同じほう――鳴上くんを見た。


「あ、いや…」
「ああ、そうか。名前だな」


戸惑う鳴上くんを見て叔父さんが頭を掻く。


「叔父さんは叔父さんて呼ばれてるんじゃない…ん、ですか?」
名前、無理しなくていいぞ」


ぎこちない敬語を思いっきり見抜かれて声を詰まらせる。
叔父さんがお父さんと似てるから、そう言い訳してみたら余計に笑われてますます恥ずかしい。


「俺は確かにお前より大人だが、叔父でもあるからな。そうガチガチに畏まらなくてもいい。悠もな」
「はい」


鳴上くんの返事にフッと笑って、叔父さんは車から離れて行く。
また二人きり。沈黙が重い。


(な、菜々子ちゃんはまだ戻ってこないのかな)


そわそわしながら無意味に車とスタンド内を見回す。
こうなったら私もトイレ行ってこよう、そうしよう。


「鳴上くん、私もトイレ!」


ぎょっと目を見開いたのを見て、さすがに直球過ぎたかと思ったけど「わかった」と短い返事があったから、私の呼びかけの方に驚いたのかもしれない。


「…………難しいなぁ」






戻ってみれば叔父さんだけが車から出ているのが見えて小走りに駆け寄る。
お待たせしました、と断るとかすかに笑われて(今のは別に無理してないのに!)わざわざドアを開けてくれた。当然、後部座席。鳴上くんの隣だ。


「――さて、帰るか」
「お父さん、ジュネス!」
「じゃあ夕飯買って帰るか」
「やったー!」


かわいいなぁ。
ジュネスってそんなに楽しいところなんだろうか。
菜々子ちゃんの嬉しそうな空気にあてられてほのぼのした気分を味わっていたら、隣から強力な視線を感じた。


「……なにかな鳴上くん」
名前
「ん?…って、え!?」
「今度から、そう呼ぶことにするから。いいよな?」
「ど、どうぞ…」


なに、この断れない雰囲気。
堂島だと紛らわしいからなんだろうけど、既に決定事項みたい。
いきなりの展開に鳴上くんを凝視していると彼は満足そうに頷いて微笑む。イケメンってずるいと思った。





+++




いよいよ転校初日。新学期の開始とほとんど変わらなかったのが幸いだ。
鳴上くんとはクラスが違うから知っている人は誰一人いない。進級してクラス替えとは全く違うドキドキ感で少しお腹が痛い…かもしれない…


名前、俺もう行くけど」
「わ、私も行く!!」


忘れてたけど、私まだ道覚えてないんだったよ…
菜々子ちゃんが「途中まで一緒に行こう」と誘ってくれたから、頷いて自分の手を出す。


「…え?」
「あ、あれ!?私が変なの!?な、鳴上くん?」
「…さあ」


――鳴上!!
せめてもう少し温かみのある言葉を返して!!


「手、つないでいいの…?」
「菜々子ちゃん!!」


おっかなびっくりって感じに伸びてきた手を緩く握る。
どこか照れているような従妹が可愛くて、気付けば緊張による腹痛がだいぶ和らいでいた。

小学校との分岐まで来たらしく、この先の道順を教えてくれる菜々子ちゃんは本当に優しい。
去って行く背中とぴょこぴょこ跳ねる髪を見送って、じゃあ行こうかと鳴上くんを促す。


「鳴上くんは緊張してないの?」
「…特には」
「はぁ……いいなぁ」


溜息をつくと腕をいきなり掴まれてものすごく驚いた。
直後に私の横を自転車がものすごいスピードで走り抜けて、ガシャンと派手な音を響かせていた。


「…ありがとう鳴上くん」
「ああ」
「大丈夫かなあの人」


ゴミ置場につっこんでる自転車と乗り手を見て、なんとなく問いかける。
鳴上くんは現場をちら見して「そっとしておこう」と言い切った。


「え、でも」
「初日から遅刻するぞ」
「それは困る!」
「だろ?」


頷いて結局そっとしておく私も私だけど、鳴上くんも案外イイ性格してるなぁと思った。

Powered by てがろぐ Ver 4.4.0.